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寂しいなら寂しいって言えばいいのに

この4月から中学2年生の奈月はお父さんと特急電車の中にいた。
ディズニーランドに行っての帰りだ。
荷台には、ミッキーやドナルドのグッズが一杯に入った袋が乗っている。
奈月はお父さんの子供のようなところが大好きだ。
こうして一日お父さんと遊んでいると、奈月はお父さんといると
言うよりも、ちょっと年上の彼氏といっしょにいるような感じがした。
そんな奈月に少しずつ寂しさが襲ってきた。
お父さんは、次の駅で降り、奈月は、そのまた次の駅で降りるから、
お父さんとは離ればなれになるからだ。
1年前から、奈月とお父さんは月に1回だけ月末の土曜日に会っている。
1年前、奈月のお父さんとお母さんは、離婚したからだ。
それから、奈月はお母さんと二人暮らしだ。
二人の離婚の原因は、お父さんが会社の若いOLと暮らし始めたからだ。
それを知った時のお母さんは泣きながら奈月に訴えた
「私だって、あなたのお父さんよりも好きな人がいたのよ。でも、何かのご縁で結婚したんだからって、一生懸命やってきたのに。あの人ったら、若い女と」
奈月は、お母さんを励ますつもりで、
「じゃあ、その好きな人と、また結婚すれば」
と言ったが、お母さんは
「バカア、もう遅いわよ」
と叫んで、また泣いた。
そんなお母さんでも、離婚が決まるとサバサバしたもので、サッサと就職も決めて、イキイキ働いている。
奈月から見れば、主婦だった頃より、10歳くらい若がえったお母さんだった。
お父さんも、結構明るいし、例の若い女とは別れたそうだが、気ままな一人暮らしを楽しんでいるようだ。
とうとう、お父さんが降りる駅に、もうすぐ電車は止まる。
お父さんはニッコリして、
「じゃあな」
と立ち上がり、隣の車両の方に歩いて行った。
「バイバイ」
とお父さんの背中に言った奈月は、さっきまでお父さんが座っていた席に
ZIPPOのライターを見つけた。
「あ、お父さんのだ・・」
奈月は、そのライターをつかみ、お父さんのあとを追った。電車が止まり、
今にも降りようとする乗客の中に、さっきまでと違う下を向いて元気のない
お父さんを見つけた。
どうしたんだろうと不思議に思いながらも、
「お父さん・・・」
と奈月が走り寄ってライターを手渡すと、お父さんは慌てて目の辺りを手で隠した。
「お父さん・・泣いてるの」
と言うと、お父さんは首を横に振って、電車を降りていった。
電車のドアの所に立ち、奈月は叫んだ、
「寂しいなら、寂しいって言えばいいのに」
そう叫ぶ奈月を乗せた電車はドアを閉じ、ゆっくりと走り出した。

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