2024/04/06  Sat.

──今日はどうかしましたか？　

　いや、大したことではないんですが、ここ数日、自分の人間関係を振り返っていてふと感じたんです。自分はあまり人と別れるのに不安がないというか、いや違うな。そのパターンが独特なのかもしれないなと思って。

──別れのパターンが独特？　たとえば？

　はい。たとえば、大学時代にかなり親しくしていた女の子がいたんですが、親しくというのは恋愛感情も含めて、実際にそういった関係もあったということですが、たとえばその子に恋人ができたとき、または結婚したことを聞いたときなど、相手が自分から離れていくことに、そういえば全然不安を感じなかったなと思いまして。

──相手が離れていくことに不安がなかった。　

　ああちょっと待ってください。そもそも相手は離れていってなかったかもしれない…。いや違いますね。相手が離れていく前に、すでに自分の心が相手から距離を置いていた。だから、不安がなかった。

──すでに愛着がなくなっていた？　

　ゼロイチでゼロだったわけではないと思いますが、そこまで近い存在ではなくなっていた感覚です。そうだ。思い出しました。彼女に恋人ができたりする前、僕はかなり彼女の要求というか、たとえば自分が連日深夜まで苦手なバイトで消耗しているあと、突然電話で「家に来て」と毎日のように言われたり、そういった理不尽なわがままに付き合い続けていたんですが、それで限界が来て、このままの状態は彼女にも自分にも良くないと感じて自分から距離を置いたんでした。

──つまり親しくはしていたが、別れの前にすでに距離があった？

　そうですね。少なくとも自分の中ではすでに、いわば心理的な喪とでも言うべきものをあるレベルで済ませていた。おそらく、だからその後の物理的な別れにも、それほど不安や動揺を感じることがなかったんだと思います。あとは、彼女と自分の間に、恋人かどうかとか、相手に恋人がいるかどうかと関係のない絆を感じていた、というのもあるかもしれません。

──絆。

　はい。彼女と自分が異性として親密な関係になったとき、彼女には彼氏がいたんですが、彼女は相手より自分の方を頼ってくれていたんです。まあ実際のところは分かりませんが、少なくとも自分にはそう感じられていました。彼女にとって、自分は恋人よりも特別な存在という、優越感といったらちょっと違いますけど。なんだろうな。ほかに恋人がいるかどうかとか、そういったことでは揺らがない。もっとお互いの深い部分で繋がって、結ばれている感覚というか。そういう安心感ですね。相手がどうだったかは分からないですけどね。彼女といるとき、自分が別の恋人との指輪をそのままつけていたら、「ねえ、私といるときはそれ外して」とよく言われたりしていたので(笑)

──だから離れるときも不安はなかった？

　そうかもしれません。大学時代は、彼女と物理的な距離というか、連絡を取る頻度などはお互いに恋人がいるかどうかなどで結構違ったんですが、心理的な距離はずっと変わらなかった気がします。ああ、それは最初にものすごく近づいて、それからすこし距離を置いたあとはってことです。お互いに、それがちょうどよい距離だったんだと思います。彼女と物理的な距離が離れたのは自分が大学院へ進んだあとですが、そのときも一度、確か彼女から連絡が来たことがありましたね。あれは彼女にとって一種の心理的なクライシスだったように思います。詳しい内容までは覚えていませんが、確か彼女がもともと交際していたけど遠くに住んだ男の人から「会おう」と連絡が来て、実際に会ったかどうかは分かりませんが、相手から体の関係だけを求められたことに酷く傷ついていたようでした。彼女は性的に奔放なところが多分にあったので、異性からそういう風に見られることがおそらく多かったのですが、過去に交際した相手からもそういう対象として扱われたことに悲しんでいました。「相手にとって、自分はそんなものだったんだなあって…」と自分にこぼしていた気がします。

──すこし話がそれてしまっているようですので、元に戻しましょうか。

　ああ、すみません。いつもの癖ですね。えっと、別れの不安についてでしたね。それで、そのときも彼女にとっては辛い話だったとは思うんですが、自分としては頼られたことが嬉しくはあったんです。やはり、自分は彼女にとって特別な存在なんだと、そういう実感がありました。

──だから、やはり離れるときも不安がなかった？

　そうですね。そうかもしれません。彼女に会ったのはそのあと一度だけで、そのときに新しい恋人ができたことを聞きました。それ自体は特に大したことではありませんが、なんとなく、そのとき彼女が自分から離れているような感覚がありました。それには少し寂しい感じもしましたが、一方で「ああ、彼女はもう大丈夫なんだな」とも思いました。大学時代にあった、ものすごい不安定さ。彼女は親からの性的虐待を受けた経験を自分に打ち明けてくれているのですが、だからか実際に精神的な病気も患っていて、その症状が出ることもありましたが、そういった不安定さや危なっかしさが減っているように感じられたんです。

──だから、あなたは安心して彼女から離れることができた？

　ああ、そうです。そういった感じだったのかもしれません。そのあと、お互い連絡を取ることはなく、自分が共通の知人を介してSNSで彼女の近況を知るくらいで、それを見てもやはり同じような安心感はありました。それで、なにかで彼女が結婚したことを知りました。そこで「ああ、良かったね。大丈夫になったんだね」と思いました。だから、そのあと彼女に自分からも連絡していません。

──（涙を流すのを見て）涙が流れるくらい嬉しかった？

　ああ、いや、そのときは泣かなかったと思いますが、なんでだろうな。これは嬉しいのかな、悲しいのかな。違うな、たぶんこれは自分への憐憫だと思います。

──自分への憐憫？