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短歌 2021年の自選69首 <7月-12月編>

夏季メニューにレモンタルトを書き足した老店主の眼のしずかなひかり


ゆうぐれの車窓にうつる鉄橋ととおき叫びと硬質な海


今日だけは沈み込みたいまろやかなキリンラガーの金色の海



見ていられない現実があるために誰もがながい夢を見ている


虹ですら赤のほかには見もしない人が見上げる真っ赤な空だ


現実と願望をすり替えたのだ無人の街の怒れる怪盗


多面体としての他者に着かぬまま脳の迷路を点から点へ


話し合うほどに濃霧につつまれて果ては虚空と怒鳴り合ってた



絶滅の獣の角はアクリルの中で戦のゆめを見ている


強くなく美しくなく正しくもない獣らは都市を創った


ビルというアリの巣穴に類似した建築をするサルもいたとか



地球人ごっこをしてる 詩を綴るときにするっと自分に戻る


発泡酒片手に聴いたヒップホップ 夜は堰を切るイーハトーブ


どの星のどの生き物が描く我も一枚の絵で一つの角度


我の描く絵の中にいる描く我を肖像としてつよく抱える



自分だけ取り残されたような気がするのは自分だけじゃないはず


インスタに写りの悪い自撮りなどいったいだれが上げるだろうか


女優すら首を吊ったり旧友がユーチューバーになれずにいたり


老人が「君らは恵まれてるんだ」 (急になんすか)(ここは病院)


自殺したあの友達は冬の朝とつぜん消えたように感じた



刺して笑う狂信者のど真ん中にいつも茨のような絶望


囚われた電子回路の短絡が散らす火花の勇ましい夢


なまぬるいミルクの夢にお邪魔して沈めた鍵を見せたからだね



からまったコードのような道路でもやっと話が通じてる空


沈み込むようにまぶたは閉ざされてきょうとあしたは海と青空



ブルーハワイとジンジャーエール 空港のギギの瞳にうつるハサウェイ

ハサウェイをギギは(クェスは―)走り去るケネスの胸へ(クェスは――シャアへ)



コロナワクチンを予約したいが電話つながらなくて来たひとの二人目


せかせかとした青年は「予約なら来々月になる」と言われる


子を連れた母は書きまちがいをしてふふふと笑うナースも笑う


「先生と話がしたい」とおじいさん 健康だけでひと生きられぬ


それぞれの事情を告げてそれぞれのうなずき方で去る 受付を


「接種後の注意事項」を渡されて二度読んで待つ15分間



台風の去ったあとでも「運休」の赤いひかりをおぼえていたい


とくとくとく鳴る心臓と有線のサンボマスターだけの世界



界隈をグーグルマップひらきつつずんずん歩くピンを目指して


古めかしい趣のある貸しビルの211号室の秋


世界にはまだ美しい瞬間があると写真は教えてくれる


取り壊しされる校舎の洗い場に置かれたままの緑のじょうろ


もう子らの来ることのない教室の南京錠の深い沈黙


モノクロの田んぼにうつる青空は写真の中で笑っていない


多幸感あふれあふれる地球上のevery little thingの輪唱


くりかえす日々が下げてく視線上げるための刺激がときどきは要る



秋風のYouTubeにてサジェストに来た『美味しんぼ』観ていたら夜


山岡というぐうたらでひねくれた社員を描けた時代の空気


三十年前のアニメの食事でも飛沫気になるコロナの僕ら


令和なら炎上しそう「この豚バラは出来損ないだ。食べられないよ」


令和なら炎上しそう雄山も「ハンバーガーは下衆な食い物」



発電所で嬰児のようにねむりたい 密告をするステーキの味


塞がれた扉を避けて電話へと走る 犠牲になるモーフィアス


きみどりの数字がながれ世界ごと変わったような地下鉄の僕



顔のない人々の群れ ひらひらと灰によく似た雪の降る街


言えるわけない言葉たち残されて冬空剥がれ落ちてく二月


腸を引き抜かれるような別れだ だけど笑って戦わなきゃな


冬のよる空が重くて遠い灯があまりに遠く行くあてはない


楽園のイミテーションだ 地下室の少年がドア強く叩いた


折れている翼で空は飛べないね 当たり前だね 当たり前、だね


皆はもう行ってしまった進めないたったひとりの僕の戦争


錠剤と空缶だけの朝の無い部屋で覚めない悪夢がわらう


あの場面ばかりリピート 前の日や次の日などはほどけて消えた


燃えている閉ざされた部屋 何もかも受け入れられぬまま時が経つ


未知のものどれも刃に変わりそう知られたくないさせられたくない


どうせもう何にもないしどうでもいい割れた鏡に映る化け物


闇のなかもっと闇へと素潜りで衝動だけが暗示している



棚の奥の闇にしずまるこのジンは透明である 鞄へ入れる


冬の夜の「飲食物の持ち込み可」潜ませている合法ジンを


オレンジの液がしたたる 酒を割るドリンクバーの裏の表情


紙コップにジュースとジンをとくとくと注げば笑い出すディオニュソス


雪の降る『東京ゴッドファーザーズ』観つつ更けてく夜のネットカフェ






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