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審判が批判される最大の根本的要因は視力が進歩しないこと

おそらくほとんどのスポーツにおいて、審判が批判の的になることがあるはずです。そしてそれは誤審として大きな論議を呼び、ビデオやデジタル技術を用いる判定方法を使うべきかどうかの議論も巻き起こします。

しかし、根本的な問題として、なぜ誤審や誤審とおぼしきジャッジが増えたように思えるのかというと、審判の「見る」能力の進歩がパワーやスピードの進歩に比べて遅いからという理由があるはずです。

身体能力を向上させるトレーニングは長足の進歩を遂げました。これによってほとんどのスポーツでプレーにおけるスピードが速くなりました。例えばサッカーであれば、筋力の向上によってシュートしたボールのスピードは昔より明らかに速くなっています。筋力だけではなくボールそのものもサプライヤーの技術向上によっているところもありますが、皮革で作られていたボールを使っていた時代と今とではシュートが手に当たったか体に当たったかを見極める審判の苦労は格段に増しています。

だからこそのビデオ判定(VAR)なのです。

筋力はトレーニングで容易に増やせますが、視力(特に動体視力)を向上させるトレーニングもあるにはありますが、判定に寄与するところまでは行っていないですし、そもそも審判が動体視力を鍛えるための費用は誰も出してくれません。アマチュアとしてボランティアレベルの報酬しかもらっていない審判にしてみたら、自腹を切ってそんな動体視力トレーニングなど受けてられないでしょう。

審判の視力を補うためのデジタル技術を用いた判定方法であれば、採用すべきだと思います。テニスなんかは既に採用していますよね。

テニスも100年前と今とではボールスピードが全く異なるはずです。しかしルールはほぼ同じですから、審判のジャッジに必要な動体視力は現時点での人間の視力では不可能でしょう。

ビデオ判定に対しては機械の介入が嫌だ、という意見の他に、試合時間が長くなってしまう、という反対意見もあります。これは確かにそうです。となれば、審判に特殊なVRメガネのようなものを装着させて、それを使えば微妙な判定のところが大きく表示されるとかゆっくり再生されるとかするようになれば、試合時間には影響しないかも知れません。しかしそんな技術はまだまだ先ですね。当面は、誤審覚悟で人間のジャッジのみにするか、ビデオ判定に時間をかけて誤審を減らすか(ゼロにはならないでしょう)の二択しかなさそうです。

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