「仕事=辛い事をひたすら耐える」を疑う
大人になる前もなってからも「仕事はつまらないもの」「楽しくないのが仕事」「我慢賃が給料」という言葉を散々聞かされた。
もちろん楽しく仕事をされている人はたくさんいるだろうが、「仕事は耐え忍ぶもの」「楽しいという前提は捨て去るべき」と口にする人達は、みんなどんよりとした表情をしていた。
最初、僕は「そういうものなのか」と思っていたが、自分が働き出してから「仕事=面白くないものをひたすら耐えることなのか?」という強い疑問が生まれ始める。
恐らく根っこが子供っぽいので、常識や普通に染まらずに「そもそも世間の常識って、本当にそうなのか?」と根底から疑問を呈する性質が自分にはある。
世の中には「〇〇が当然」という価値基準がある。
多数派が多い意見は受け入れられやすく、少数派は変人と見なされやすい。
30代の頃、会社に勤めた2年間は我慢の連続で、僕の目は淀んで心身はみるみる疲弊していった。
会社を辞めた後、貯金が底を尽きかける中、「自分のやりたいことで生計を立ててみよう」という人生の実験を始めた。
テクノロジーが発達し、家でもできる仕事がどんどん増えていたという状況が追い風になり、なんとか自分のしたいことで生活できるようになった。
正直な部分、頑固な部分の双方があるのを自覚しているが、「やりたくないことは、どんなに報酬が良くてもやらない」というタイプなので、ライターを始めてから「この人のやり方は合わない」「この仕事ワクワクしない」と感じたクライアントや案件は、こちらからお断りをする姿勢を貫いた。
人生の主導権を自分で握ることは、自尊感情を高く保つ上でも重要だ。決して主導権を明け渡してはならない。
その結果、どんどん自由に広がっていき今がある。
「仕事はつまらないもの」「楽しくないのが仕事」「我慢賃が給料」という考えを受け入れなくてよかった。
日本人は他の国と比べても、群を抜いて我慢強い。
他国ならデモやストライキが起こりそうな状況でも、耐えて耐えて乗り切ってしまうほど、我慢強い。
良くも悪くも我慢強すぎる。
フリーランスになってから心がけているのは、
「楽しいことを自分から探す」
「好きなことに没頭する」
「意固地にならず、改善すべき点はどんどん改善していく」「合わないと思った人とは、早めにサヨナラする」
「よくしてくれた人への感謝を忘れない」
「好循環を起こすことを意識する」
「好循環が起こせそうな縁があれば、率先して人を紹介する」
「絶対クライアントの奴隷にならない」
「全ての責任は自分でとる」
などだ。
結構多い。
仕事は「自分がぴたっとハマるところを、いかに発見できるか?」だと感じている。
運も影響するので、ハマるところをすぐに見つけられる人もいれば、時間がかかる人もいる。
僕は結構、時間を費やした方だろう。
「仕事なんて面白くないのが当たり前」と決めてかかっていれば、面白くない仕事を選ぶだろうし「ワクワクが仕事になるのでは?」と瞳を輝かせていれば、面白い仕事にたどり着ける。
きっと人間は、イメージしたことを現実化するようにできているのだ。
自分で言うなと言われそうだが、四十路に突入しても、まだまだずっと子供みたいにまっすぐなところがある。
コロナ禍でも「今、多数派が正しいと信じていることは、きっと十年以上経過してから振り返ると、矛盾点が多数浮き彫りにされるに違いない」なんてことを考えていた。
「世間の常識って、本当に普遍的で揺るぎないものなんですか?」と、純粋に思えることは僕にとって重要だ。
世間がどのような価値観で動いていても、違和感があれば自分の感覚を信じた方がいい。
つい「王様の耳はロバの耳」と、言いたくなるような自分の性質を、これからも大事にしていきたい。
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