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秘密結社ウタヨミ タンカ少女はマチを行く

秘密結社ウタヨミ タンカ少女はマチを行く

 みんな、長い言葉を使わなくなっている。
 友人とのやりとりだって、短い、短い短い言葉の切れ端で、絵や写真に添えて突き返すだけ。
 それでも、私の言葉は、思いがこもっているとのことで、ワールドワイドウェブ上の一部界隈ではちょっとした人気らしい。何十人も、見る人がいない中での人気なんて、変な話だけれど。
「君には、情を揺さぶる力がある」
 スカウトに来たと自称する男が、通学途中の私の目の前でそう言った。
「うちで、魔法少女をやってほしいな!」
「高校生にもなって、魔法少女ごっこ?」
 反射的に言い返してしまった。男が嬉しそうな顔をする。しまった、変態には応えてはいけないのだ。
 歩き去ろうとすると、
「我々は秘密結社ウタヨミ。カミにタンカを献上するのが専門事業です」
 たとえば、と男が口ずさむ。
 古くさい言葉は、古典の授業動画で見たことがあるような、ないような。
「あっ」
 近くの橋から飛び降りようとしていた人が、胸を押さえてうずくまる。
「今の歌は何? 私の言葉を代弁してくれた!」
 そんな叫びとともに、恋みたいに熱狂的な目で、私の目の前の男を見ている。
「どうです?」
「何これ気持ち悪い」
「ははは! 正直でよろしい。心を表すのが、我々ウタヨミです。マガツカミのついた人の心を、気を、変えて、救うのが仕事」
 ばかみたい。
 私はすぐに立ち去った。
 さっきのは、たまたまでしょう。もしかしたら、やらせだったのかもしれない。その証拠に、飛び降りそうだったのに誰も助けに行かなかったし。

 でも、親も、友人も、次々にマガツカミにとりつかれた。
「あんたたちがやってるんじゃないでしょうね?」
「いえいえそんな、滅相もない」
 でも、と男はうさんくさい笑みで続ける。
「こんなふうに、難局を切り抜ける力を、貴方もほしくはないですか?」
「力なんて」
 ろくでもない、と言い返したくて、できなかった。
 何しろ、親も友人も同級生も、見知らぬ商店街の人も、私の前でおかしくなって、この男が駆けつけてウタを詠まなければ大変なことになっていたかもしれないのだ。
 結局、大事な人たちを助けるために、何度も、男の与えてくる教本やヒントをむさぼり読んで考える羽目になった。力って、もっと簡単にもらえるものじゃなかったのか。

「で?」
 大事な幼なじみが、真っ黒な笑顔で私を見やる。その狭い私室の窓は吹き飛び、ゆらゆらと辺りに黒い靄が漂っていた。
「お前のウタって、それだけなの?」
 幼なじみに煽られて、私は歯がみした。声はかすれてぼろぼろの私。それに対して、幼なじみは傷一つついていない。
 その情を、動かすことなんて、私にはできなかった。
 指一本触れられず、幼なじみが他の人たちを陥れていくのを、ただ見ているだけ。
 他の、普段はウタヨミとは仲の悪い秘密結社ハイクの連中も、タンカより短い言葉を切り出しもできず、うずくまっている。
 こんなの間違ってる。ウタは、心を表すものなんだから。もう何にも出てこないなんて。
「間違ってないよ。言葉だって、つっかえることはあるもの。言葉が心をのせるから。歌も、うたも、ウタも、みんな同じ」
 前に進み出たのは、ウタヨミの最年少。結社のボスの、幼い娘。いつも、パーカーのフードを目深にかぶって、口もきかないでいるのに。
「みんなの気持ちは、悪くないよ。でも」
「ほら、また。でも、だって、そうやって人を否定する!」
 幼なじみが怒鳴る。
 娘は首をすくめてから、
「そんなの知らない。貴方が貴方を否定してるだけでしょ!」
 顔を勢いよくあげる。フードが落ちた。涙をためた目、この子は私にそっくりな……。
「何度だってやり直すよ! 私は、前はここで負けたけれど、だったら、あらゆる時代の私を集めるよ、私たちが貴方を止めるの!」
 娘の周りに、ワタシタチが集まっていく。もっと幼い頃、もっと年を取ってから、あるいはつい最近の。私、私、私。
「うるさい!」
 不気味に重なり合った叫びが、辺りを押しつぶして、そして。

 マガツカミとワタシタチは、一斉に消えてしまった。
「行っちゃったの?」
 もう、ウタを詠んでも、きらきらも、どす黒いものも目には見えない。
「それでも、まだ、歌は、私たちの心を打ちますよ」
 まったく、懲りない男が、ウタヨミの手先らしく最初と同じ顔で笑う。嘘みたいな、本当みたいな笑いで。
 彼は、ほうけている、私の幼なじみを引っ張って、
「さぁて、ずらかりますよ!」

 今日も私は歌を詠む。
 短くて、でもずいぶんと長い言葉。
 おはよう、でも、おやすみ、でもある、私の言葉。
 誰の心も打たなくていい。
 私のための言葉だ。
 それでいて、きっと誰かのための言葉。
「いってきます」
 さぁ、次の未来へ。

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