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ドクターの魔法の杖

先週水曜日から夫が何も食べられなくなってしまっていました。突然、なんの前触れもなく、食べ物を口に入れると、右顎に痛みが走るというのです。最初は虫歯かと思ったので、急いで翌日木曜日にかかりつけの歯科医院に行ってきましたが、異常なし、で帰ってきました。

そのうちに右顎下から耳下にかけて腫れが出現。触ると痛いのは顎下。google先生と話し合い、顎下腺=submandibular glandが腫れているのだと確信しました。急激だった経過からも、まず顎下腺唾石症、つまり、唾液排出管の中に結石が生じ、詰まって腫れて痛いのだと判断。

ここが腫れて痛い

ご存じの方も多いかと思いますが、イギリスの医療はNHSという国立医療サービス=国営なのですが、「臨床的必要性に応じて利用可能」に設定されているため、誰でも好きなようにどの病院のどのドクターにもかかれるという日本の医療制度とは全く異なります。かかりつけ医にまず予約を取り、かかりつけ医の判断で専門医へ紹介してもらえるかどうかが決まります。この場合は自分達の判断で「じゃあ、耳鼻科に行こう」というわけにはいかないのです。

NHSではかかりつけ医の予約を取るのにも2〜3日はかかります。もし本当に緊急事態(命に関わるなど)の場合は、NHS救急サービスを利用することができるようにはなっていますが、命にかかわらない病気の救急室での待ち時間は>4時間、コロナ後の最近では8〜9時間は当たり前。しかも診てもらったとしても、耳鼻科医に診てもらえるわけではなく、救急医に痛み止め(と抗生剤?)だけをもらえるかどうかという状況な訳で、こういう顎下腺が腫れて痛いだけ、命にはかかわらないという状況では救急サービスを利用する意味がないのです。その間、(唾液が出ないし歯磨きも痛い)口臭も気になるし腫れもひどいし、私の判断で自分の勤めている病院から抗生剤を処方してもらい、夫に服用させていました*。

かかりつけ医の予約が取れたのは次の週の火曜日。土日を挟んだので、痛くなってから6日間待ちました。この間、warm compress (温める=湯たんぽを使いました)、痛み止め、抗生剤を使うも全くよくならず。そして、水(とコーヒー)以外、何も食べられないのです。トマトスープを作ったのですが、酸味のせいなのか、痛くて食べられない。トマトスープをゼリー状に加工し直して、唾液が出ないようにして飲み込むようにと言ったのですが、一口食べるのが精一杯。ベジブロスを何時間もかけてやっと飲むぐらい。見る見るげっそり痩せていく(最終的には1週間で5キロ痩せたみたいです)のが心配だけども、痛いし、お腹空くし、なんかイライラしている夫に顎下腺マッサージしてみる?なんて声かけても、気が乗らない様子が続きました。

ようやく診てもらえたかかりつけ医が抗生剤は必要なかったとちょっとお怒り*なのは想定内。幸いなことにすぐ耳鼻科に緊急紹介してくれました→耳鼻科の予約は2日後でした。

車で夫を耳鼻科のある病院へ送り、私は仕事へ。夫からのメッセージで特に大きな処置(石を取り出す手術など)は必要なさそうだと分かりました。

帰宅後、夫に話を聞くと、病名はやはり顎下腺唾石症で、比較的よくある疾患、大抵の場合詰まりは自然に解消される、レモンなどの酸っぱいものでたくさん唾液を出し、水をたくさん飲み、Ibuprofen (抗炎症剤)を使ってもいい、自然に治ります、みたいな説明でした。特に決定的にgoogle先生と違うことを言っているわけではない(しかも同じこと言ったじゃん?と心の中では思ったりした)のですが、なんていうんだろう、診察してもらい、病名をしっかり告げてもらい、悪いものではなくて、自然に良くなるという話をしてもらったという当たり前のその患者・ドクターのやり取りだけで、夫がとても安心している様子が一目瞭然だったのです。夫はその診てくれた耳鼻科の先生の説明がとても分かりやすかったと、嬉しそうだったのです(やっぱり妻に色々言われるのとは全く違う効果がある**)。そして、面白いことにその日からどんどん良くなって、ものの1〜2日で痛みが出なくなり、しっかりと食べることがまたできるようになりました。

多分、その耳鼻科の先生に診てもらっていなかったとしても時期的に良くなっていたのだと思います。また耳鼻科の先生に会えたのは発症から1週間と1日経っていましたので、明日にでも診てもらうことができるという日本の医療の状況とは全く違うことと比べて決して理想的と言える環境にはないのですが、つくづく、夫の目を通して、ドクターのありがたみを感じた出来事でした。

医師として働いているとついつい患者さんの目から見るということを忘れがちになります。医療には、魔法の杖なんかないんだからと、日々地道にチェックリストをこなしていく作業のみについつい追われるわけです。でも、実は「患者さんと向き合い、10〜15分の時間をとり、しっかりと診察し、説明をすること」という一見当たり前のことが、魔法の杖にも匹敵するほどの効果を持つということもありかもしれない。

写真は大好きなボスと撮ってもらった(北京)ものを引っ張り出してきた。
向かって左のドクターは弟分

私は決して頭のキレる最先端を走るドクターではないけれど、難しいことをなるべく分かりやすく簡単に説明できる能力はあるんじゃないかと、それが求められる技の一つであるならば、もっとそういうことを大切にしようと思った次第です。


余談1

統計によると、診察室でドクターが話を始めた患者さんを遮って質問を挟むまでの平均所要時間は11秒だそうです。日本で働いていた時のことを思い出すと11秒より短いこともありそう、そして外来で説明に5分以上費やす時間的余裕などあっただろうか。英国ではかかりつけ医がいるおかげで(病院に患者さんが押し寄せてこないブロック機能としては優秀!?)NHSの専門医にとっては一人一人の患者さんにかけられる時間はちゃんと10〜15分はある、という恵まれた状況です。ただし、専門医にかかるまでに非常に長く時間がかかる(例:緊急でない膝の痛みなどは9ヶ月)(waiting list) という困った状況が付随してきます。

書いた後で見直している今思ったのですがなかなか専門医にかかれないという「待っている時間」とようやく見てもらえた「嬉しさ」「安心感」も実はこのドクターの魔法の杖効果に貢献しているのかもしれません。そういう意味ではいつでもドクターに書かれてドクターショッピングをしてしまう日本のシステムへの疑問が生まれてきます。

余談2

数ヶ月前に医療の話を書いたときには日本のお医者さんの働く時間が長いことを指摘しました。このときには医療サービスの質は日本>>>英国と結論づけていましたが、日本ではドクターと患者さんに信頼関係の構築はできているだろうか。

余談3

英国ではNHSに勤務する医療者は身内を診察・治療することが禁じられています。そのため、夫に(妻に)薬を処方ということもしてはいけません。医師であっても身内の病気を診断、診察してはいけないのです(**本文中に書いた通り、その効果も否定的)。私は夫の血液検査結果を勤務先のコンピューターから見ただけで、NHSのHQから呼び出し、お叱り、2度としてはいけませんという注意を受けたという苦い過去があります。まあ確かに身内を治療するということは客観的な視点を失っている可能性が高いので、一理あると思いますが。
(*本文中、そういう背景もあるので、かかりつけ医に手元に処方記録もないのに、患者が抗生剤を飲んでいるということに、身内に医者がいること+抗生剤の耐性菌問題があることなどの理由から夫のかかりつけ医が怒っていたということの説明です。私的には結構切羽詰まっていたので、その時の対処法としては仕方なかったのですが、また呼び出し・お叱りという事態になりませんように . . .)

余談4
北京で勤務した病院は100%プライベート(私立)の病院だったので、またこの状況下では色々違って来ます。あらためていつか北京の病院事情も書きたいと思います。



いつもありがとうございます。このnoteまだまだ続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。