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医師の仕事は時には、車中泣き

クリスマス休暇でいつもよりぐ〜んと働く人数が減る年末になり、同僚の休みをカバーしていた今週です。

私の勤務先の病院では全ての脊椎の手術は脳外科の他の病院に転送し、手術が終わったら戻ってくるという仕組みになっているのですが、同僚の患者さんが手術後戻ってきた後、先火曜日から歩行が困難になっていることにPTが気がつきました。急いで翌日水曜日に再MRI画像検査をしてみると、手術になって良くなっている部分と、手術前とあまり変わっていないよくない部分が混在している状況。

同僚をカバーしている私への任務は他病院の脊椎外科チームとの交渉です。

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木曜日:脊椎外科チームのオンコールとのやり取り、全ての経過を1から10まで説明して、至急上司と話し合ってくれとお願いしました。このやり取り中、MRI画像のよくなっていない部分に触れた時に「不適切な表現」と電話先の相手から非難されましたが、まあ気にしない、一応謝っておきましたが . . .。

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金曜日:朝、再度念のため連絡を入れて”昨日の件”について至急連絡待っていると伝えると、別のオンコール医師は「忙しい」と切り捨て。午後まで待ってもまだ連絡がないので、再度コールを入れると「こちらから連絡する」とまた切り捨て。イライラしていると最終的に金曜日の勤務がそろそろ終わろうとする時間に電話がかかってきました。

まずは「全脊椎のMRI(画像検査)をやれ」と言われ、絶句。

「もうやってあるんですが、見ていないのですか?」

ここで相手オンコール医師への信頼度がダダ下がりです、真剣に検討してくれていればこんなひとこと目にはならないはずだからです。
そして私が繰り返しの病状説明をして悪化部分の説明をするも(やや強い口調になっていたかもしれない)
「良くなっているので何も他にする必要はない」と言われ
私、ここで、久々にキレて「上司を呼べ!」と言ってしまいました。出てきた上司は私が一言も発しないうちにひとこと、「君のことはGMC(=英国の医師の公式登録を管理する公的機関)に報告する」と。ここでブチンっと電話が切られてあっけなく撃沈終了。

結局自分の上司に相談をしてその場を仕切ってもらいました。

キレた自分を恥じると同時に、自分一人の力ではどうすることもできなかったという無力感、敗北感、脊椎外科チームへの不信感で帰り道トボトボと戻った自分の車の中で泣く=車中泣き(私の造語)

この車中泣きですが、最近も若手医師が忙しい救急オンコールの日、あまりにも全てが混乱続きの1日になり、
「帰りの車の中で泣きました . . .」
と言っていたのを思い出しました。そういう日ってあるよねなんて言ってたけど、ほんとこんな日もあるよね。私、もっとどこかでうまくやれなかったんだろうか、イタリア人みたいに交渉はチャーミングにうまいこと相手を怒らせることなく。

さて、医療業界で、最も成功率の高い(患者満足度が高く、安全性が高い)手術はなんだと思いますか?トップ1〜2を争うのは

• 眼科の白内障手術
• 整形外科の人工股関節置換術

です。

人工股関節手術のイメージ

この二つの手術は90%以上の成功率を維持し続け、患者さんからは”医師は神”に匹敵する(いや、言い過ぎか)満足度の高さ、ぼやけて見えなくなっていた視界が一気に鮮明になるミラクル手術白内障手術と、痛みと固さで歩けない股関節の痛みが2~3日で一気に痛みなしよく動く関節に変化するというミラクル人工股関節置換術。どちらも安全性は高く合併症・副作用などの問題例は2%以下です。他の手術、たとえば整形外科の手術の中でも数多い手根管症候群の手術や人工関節でも膝関節は約80%の成功率(満足度)ですから、脊椎手術の成功率、満足度はもっと低いはず、みんなみんな全員に間違いなく喜んでもらえるとは限りません。

患者さんの満足度が高く、合併症が少なく、安全性の高いルーチン的な手術に関わる場合は、日々医師も上機嫌、患者さんも上機嫌、みんなハッピーな1日になるわけです。できることがわかっているのでやらなければいけないことも前もってほぼわかっているので、その範囲でベストを尽くせばいい。無理に脳みそを絞って汗水流して悩む必要がありません。

逆にそれ以外手術の場合(脊椎を含め)、手技や技術的な難しさというよりもどんなに頑張って完璧な手術をしたとしても患者さんの満足度に直結せず、また出血や後遺症などの起こりやすい合併症も多い場合は、患者さんも不機嫌、医師も不機嫌(仮面様無表情)になりがちです。そしていつも自己防衛に走りがちになります。

今の医療技術では全ての手術を90%以上の成功率に持っていくことができないでいます。それだけでなく、もちろん、他様々な理由でいまだにどうしようもない状態ということがほとんどです。この時の無力感や敗北感に、医療従事者全員が多かれ少なかれどこかで折り合いをつけないといけない。

もう30年以上医師という仕事の関わっているのに、車中泣きの日々はこうやって時々訪れます。

でも、頑張れる。こうやって今年も、そろそろ終わろうとしています。


いつもありがとうございます。このnoteまだまだ続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。