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褐色の女

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ノベルゲームの内容を、ゲームとして公開する前にこの場を借りて連載形式にしてしまおうという無茶ぶり。仮タイトルです。
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(3)前兆

目の前では彼女が寝ている。

私は、曲げた膝に額を置いて、脛のあたりで両手を組む姿勢で眠っていた。

体を内側に丸めて眠る姿勢では、熟睡する事も敵わずに、多分、私は短い時間で起きざるを得なかったのだろう。

なんだか胸のあたりがむかむかしてくる。

外の空気を吸いたい…。

中途半端に一部分だけ長い前髪が瞼にちくりと当たって、手で払いのけた。

こんなに髪を短くしたのはいつ振りだろう。

長い髪を

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(2)予感

朝が来た。

太陽が昇って、視界いっぱいに明るい色が広がる、という意味ではなくて。

あの人が、私を起こしに階段を上る音がするから、朝だと分かる。

こんこん、と律儀にノックを二回響かせて、ドア越しにくぐもった、ちょっと遠慮しているような声が私を呼ぶ。

「イエナ、起きてるか?」

この声が聞こえてから、私は寝台から身を起こす。

私が元々生活していた島では、到底味わえない寒さに、思わず布団を胸ま

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(2)前兆

(……喧嘩…?)

外からの声が車の中に響くが、その内容までは聞き取れない。

列後方で起こっているであろう争いのためか、隊の動きは止まっていた。

外から聞こえてくる騒動の中心から、なんとなくスズの怒号が混じって聞こえてくる。

胸の中がざわつく感覚に、なんだか居ても居られなくなってしまった。

「少し、外の様子を見てきてもよろしいですか」

「すぐに誰かが収めるでしょ?」

面倒くさい、という

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(1)予感

ここ最近、同じ夢を見る。

小さいころの夢。

私が住んでいた小さい島の事。

「オルカ、おはよう。朝よ」

優しい声で目を醒ます。

目を開いて、その瞳で外の明るさを確認して朝を確認している訳ではない。

母さんの「おはよう」という言葉から、活動が始まる時間帯になった、と意識している。

「おはよう、母さん」

母さんのすこしがさついた、ごつごつと骨ばった手が私の髪を梳いている。

「髪の毛、大

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(1)前兆

出発してから、太陽の位置がだいぶ上に上がってきた。

しかし、冷たい風が雲を押し流して、その僅かながらの温かさもどこかに行ってしまった。

冬が目前に迫る、枯れた寒い野原の中でも喋る奴は喋る。

俺だけど。

「で、なんでお前らは荷物放って集落まで出張してたわけ?」

ネイの特大の怒鳴り声を聞いていたのは極わずかだった。

女の機嫌が悪いのはいつもの事、もう無理に思い出す必要もないさ、と話題にも上

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(3)懐疑

塗れて重い衣服を外のあの人に渡す。

車の屋根に急ごしらえで取り付けられた棒に、布の擦れる音がする。

思いのほか広範囲に亘って濡れていたらしく、背中全体がじんわり冷たい。

車の中は人が二人座ったら、ちょうどそれで一杯になる程度の広さだった。

はっきり言って窮屈だ。

こんな所一日だって居たくはない。

露出した肌にぶつぶつと鳥肌が立っている。

いつまでも下着のままでは本気で体調を崩してしま

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(2)懐疑

きっちりと結い上げたまっすぐな髪が肩から胸にかけて纏わりついている。

白い接待用の衣服に、紅を引いた唇。

見目麗しい少女、と評価したいところだが、そう単純にはいかない。

「スズが、私の事をとても警戒しているみたいですけど」

「誰に対しても懐疑的な所があるやつです。気にする必要はありません」

「ふふ…鍵守様に何の用ですか。よろしければ、私が言伝しますが」

「個人的な内容ですので、少しだけ

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(1)懐疑

今の所、全行程の内の半分も進んでいない。

車に取り付けた急ごしらえの竿に、ビムの衣服がぶら下がっている。

「なぁ、ビム大丈夫なん?」

出発の準備で周りがざわざわしている中グンジに話しかけると、数人から痛い視線が飛んできた。

そんなの気にしちゃいられない。

グンジはそんなのどこ吹く風というように俺を軽くあしらう。

「ネイはお前の中で猛獣なのか?」

「確実にそれに近い何かだよ」

「近か

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(3)夢と現の獣

彼女と車の中で、と考えただけでもう嫌な予感しかしない。

「一日位休まないと、体保たないでしょう」

その白く滑らかな手が私のガサガサの手を撫でる。

細くて、華奢な指が、関節の一つ一つをしつこく探ってくる。

「いえ、貴女の車の中にお邪魔するわけには…」

「それにね、私鍵守様に…お話ししたい事があるの」

ぎゅ、と痛い位に手が握られる。

吐息が感じられるほど近寄せられた、その顔には、笑顔が張

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(2)夢と現の獣

「早く起きんと、飯無くなるぞ」

目の前に置かれている、香ばしく焼かれた肉の塊が、私の食欲を刺激している。

周りの話し声や咀嚼する音、荷物を整えたり、テントを畳んでいる音など、周りはそれなりに賑やかだった。

「どした、疲れたか?まだ寝てる?」

スズが私の顔を覗き込んでくる。

途中で、ジンと火の番を交代したはずだから、なんだか少し眠そうな顔だ。

「…ううん、大丈夫。川で顔洗ってくる」

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(1)夢と現の獣

「ゆっくり休めよー、もうそんなに若くねぇぞー」

むかつく事に、スズの呑気な声で眠りから覚めてしまった。

そういえば、グンジは今年でいくつになるんだっけ。

…私が今、13で、あと少しで14になるから…

……分からないや。

スズが今年で19歳になるのは、知ってる。

それは、知ってるの。

目を薄く開く。

霞み、歪んだ視界の中で、炎だけが温かく私を照らしている。

外は寒いけど、この明かり

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(3)秘め事

ごつん

石頭を靴先で軽く小突くも、スズは全く目を覚まさない。

どうしたもんかと思いつつ、そこまで考えるまでもなく、スズの包まっている寝袋の留め具を全開にした。

「んん…あぁああ…あああ…」

訳の分からない呻き声を上げて、スズの瞳がゆるゆると持ち上がっていく。

「寒ぃぃ…」

「だろうな。時間だ」

「ねみぃ…」

「起きろ」

仰向けになったスズが、寝袋の中で猫のように体を伸ばして、一つ

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(2)秘め事

たしか、あの娘はビムと年が二つしか違わなかったはずだ。

二年経ったら、あんな風に人を茶化したりしだすだろうか。

…ビムに二年も、こうして外を自由に動ける猶予があるのだろうか。

自由にと言っても、そこらの娘からしたら、よほど窮屈な事には違いないが。

ぱちぱちと燃えている火を眺めながら、その近くにぶっくりと膨れた腹を空に見せて死んでいる蛾が一匹転がっていた。

こんなでかい腹をしていて飛べるの

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(1)秘め事

満点の星空、というわけにはいかないが。

森に居てはお目に掛かれない、星空というものを見ている。

月が一定の角度まで傾くまでの火の番は、気を抜くと瞼が落ちそうになる厄介なものだった。

ちらちらと視界に揺れる炎の影で、読書どころではないし、はっきり言ってやることがない。

隣で寝ているビムの顔を見る。

よりによって、俺に良く似た…悪く言えば愛想など全く感じられない目がぴったりと合わさっている。

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