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生きていく上で理解しておいた方が良い真実とは

世の中、色々なデマや嘘が蔓延っています。
しかし、世の中には生きていく上で理解しておいた方が良い真実が有ります。
何だと思いますか?
分かっている人は、分かっているかもしれませんね。


生きていく上でのたった一つの真実。

それは、「いつかは分からないですが、人はいずれ必ず死ぬ」ということです。

これは避けられない真実です。

しかし、世の中の殆どの人は、命が延々であるかのように生きています。

そんな毎日の生活の中で、不安になったり、必要以上にお金を稼いだり、悲しんだりしている人が多いものです。

この世の中には永遠に続くというものは存在しません。

生きるものは死を迎え、物はいつか古びて動かなくなり、錆びついて、風化して・・・。全ては、いずれ形を失いますし、忘れられていくものです。

命が果てると、財産も名誉も人ともお別れしなければいけません。

例えば、あなたが先の未来(1週間後など)で何かしら心配していたり、不安になっていたとします。

そんな時、「あなたの余命は後1年」と言われたとします。

すると、先の未来のことで心配していたり、不安になっていたりしたことよりも、「自分の命が後1年だなんて・・・」ということで頭の中が一杯になると思います。

何が言いたいのかというと、人は殆どの人が、あと30年も20年先も生きているはずと思いつつ毎日、何かしら悩み不安になったり、心配したりしているのです。

しかし、死を間近に感じるとどうでしょう?

おそらくは、今まで悩んでいたことが全てが、小さなことや、もうどうでも良いように思えてくるのではないかと思います。

人はいつ死ぬかは分かりません。

死んでしまえば、今まで悩んでいたもの、財産、築いてきたきた物は無になってしまいます。

もし、あの世というものがあるならば、この世で得たもの全ては持っていくことはできませんし、また、「なんで、あんなことで悩んでたんだろう。どうせ死ぬのに。生きるのに必死だったんだね。」っていう風に思うかもしれません。

どうですか?

僕が伝えたいこと伝わっていますか?

結論として言えば、「人は、命が続くから、先が長いものだから、まだ死なないから、なんとかしなきゃ!」と言って悩むということです。

しかし、人はいつ死ぬかは分かりません。

明日、突然事故で亡くなってしまうかもしれないし、襲撃されて命を落とすかもしれないのです。

または、急に心筋梗塞や脳卒中を起こして亡くなってしまうかもしれないのです。

だから、あまり不安や心配事に深刻にならない方が良いということです。

言いたいこと伝わっているかな・・・心配です(笑) 

この心配もいずれ無意味になります。

もし僕が明日死んだとしたらね(笑)

➜(死ぬつもりはないですからご安心を)

僕は、以前というか、今でも、不安感や心配や悲しいことを感じると、

「どうせ、いつか死んだら、または、近いうちに自分が死ぬって分かっていたらそんなこと、どうでもいいんちゃう?って僕は言うかもな~。」って考えていたりします。

それに、不安なことは9割は起こらないっていう本も有りますが、それも本当かもしれません。

大概、悪いことっていうのは予期し過ぎるからそうなることも多いわけです。

どうしようもない時は、全力で頑張る!

それだけで良いと思います。

頑張ってどうしようもないことも多く有ります。

頑張るだけ頑張って、手を尽くしてダメだったら、もうそれはそれで、それ以上は、もうどうしようもないことなのです。

諦めたらいいわけです。

諦めることができないと、執着してしまって、メンタルをぶっ壊すことになります。

正しく、メンタルの自己破産状態です。

執着とは仏教では「とらわれ」と言うそうです。

一つのことに心がとらわれて離れられなくなっている状態で、その対象は名誉、恋愛、お金、食べ物などさまざまです。

こうした執着が悩みや苦しみを生むと仏教では考えるそうです。

心がとらわれてしまうと頭から離れなくなり、視野が狭くなって他の選択肢が考えられない状態になってしまいます。

心の柔軟性がなくなっている状態ともいえます。

これでは本当の幸せが見えなくなってしまいます。

あなたの不安や心配や悲しみも何かしらに執着が有るからかもしれません。

「人はいつかは死ぬもの。そうなった時、すべては無くなるもの。あなたが死んだときに、何一つあなたの物になるものはこの世には存在しないということ。」

これもまた真実なのです。

人は生まれて来る時には何も持っておらず、死ぬ時もまた何も持てず失うわけです。

今回は、仏教も交えた話でした。

お釈迦様は、ある意味、昔の心理学者だったかもしれません。

人生の生き方、幸せになる方法をたくさん説かれています。

仏教の教えを、心理学として学ぶのも僕自身は有意義なことだと思っています。

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