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人権問題の解決とは 〜「正しさ(正義)」から「責任」へ

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人権問題の解決は、どうすればできるのでしょうか。人権尊重という「正しさ(正義)」を相手に強制してもそれはむだです。「正しさ(正義)」から「責任」へと考え方を切り替えることで、初め… もっと読む
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記事一覧

「正しさ」についての思考実験が意味すること 〜「正義」をどう考えるか〜

「正しさ(正義)」についての思考実験というものがあります。たとえば、こんな話です。 「線…

vivant
4か月前
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「正しさ(正義)」と「よさ(倫理)」の違い 〜「正義」から「責任」へ(その1)〜

前回、「トロッコ問題」という思考実験を使って、普遍的な絶対的な「正しさ(正義)」というも…

vivant
4か月前
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あなたの「正しさ」は相手を動かせない 〜「正義」から「責任」へ(その2)〜

前回は、「正しさ(正義)」と切り離して、「よさ(倫理)」を考えることが必要だと述べました…

vivant
3か月前
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「正しさ」抜きの「よさ」を考える 〜「正義」から「責任」へ(その3)〜

前回、「毒親」に人権の尊重という「正しさ」にもとづいて、反省や謝罪を求めてもむだというこ…

vivant
3か月前
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自分の「責任」を無視して力をふるう人たち 〜「正義」から「責任」へ(その4)〜

われわれが生きている現代の世界が、こんなひどいものになってしまっている原因はなんでしょう…

vivant
3か月前
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なぜ、だれもわたしを助けてくれないのか 〜「正義」から「責任」へ(その5)〜

前回の最後に書いたように「困っていれば、だれかが必ず助けてくれる」のが、人の世界です。そ…

vivant
3か月前
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信じるということは危険な「賭け」なのか? 〜「正義」から「責任」へ(番外編)〜

前回、人に助けてもらうには、人を信じて率直に「助けて」と言うことが必要だと書きました。率直に「助けて」と言うことができなければ、だれも助けてくれないからです。しかし、一方で、実際にだれかから助けてもらったことがなければ、だれかを「信じる」ことはなかなかできません。これは、人を「信じる」ということにつきまとう根本的な矛盾です。 「相手にまかせる(ゆだねる)」ことのむずかしさ「相手を信じる」ということは、違う言い方をすれば、自分のこれからを「相手にまかせる(ゆだねる)」というこ

個人の「正しさ」と社会の「正しさ」〜「正義」から「責任」へ(その6)

「『正義』から『責任』へ」という副題で書き継いできた文章も、前回の「番外編」を入れるとこ…

vivant
2か月前
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加害者に自分の「責任」を実感させるには 〜「正義」から「責任」へ(その7)

前回、人権問題の解決は、加害者の心の中に「反省」ではなく、「責任」を感じさせることによっ…

vivant
2か月前
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「痛い、やめて」と言ったのに、なぜさらに親はたたくのか 〜「正義」から「責任」へ…

なにかで親がカッとなって小さな子どもをたたいてしまい、子どもが「痛い、やめて」と言ったの…

vivant
2か月前
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「本来の責任」が人権トラブルを解決する 〜「正義」から「責任」へ(その9)

前回、われわれの中に深く根づいている「権利ー義務」という「正義(正しさ)」の観点を、新た…

vivant
1か月前
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「本来の責任」が人権トラブルを解決する(その1)〜「正義」から「責任」へ(その1…

前回、人権トラブルを解決するためには、解決の観点を「正義(正しさ)」や「義務としての責任…

vivant
1か月前
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「本来の責任」が人権トラブルを解決する(その2)〜「正義」から「責任」へ(その1…

前回、考えやすく単純化したパワーハラスメントの例をあげて、どんな対処が問題の解決をむずか…

vivant
1か月前
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「本来の責任」が人権トラブルを解決する(その3)~「正義」から「責任」へ(その12)

前回、パワーハラスメントが深刻化して、加害者と被害者の両方が互いに「あの人はおかしい、あの人のせいでわたしはこんなに迷惑している。ゆるせない。」と思っている場合、つまり、双方が自分を「被害者」だと思っている場合は、第三者が関わっていくしかないと書きました。今回は、前々回にあげた例にもとづいて、パワーハラスメントを解決するために第三者がどのように関わっていくのがよいのか、また、そこで出てくる問題点、困難点について考えてみたいと思います。 第三者がパワーハラスメントを解決するに