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「この夏」を「あの夏」にするためのプレイリスト

「あの夏」と呼べば思い出めいてきてどの夏も襟をただしはじめる  

斉藤そよ『しんしんと メトロノームの音がきこえる』

 皆さん、今日も元気に美化してますか。何をって、もちろん思い出をです。
 私たちはやたら8月31日という日付にばかり気を取られますが、実際そんなものはただの数字でしかなく、自分が「夏はまだ終わってない」と思えばそれでいいはずなんです。
 それでも「夏が終わった」という感覚になってしまうのは、31日にまとめて宿題を終わらせようとするアニメのキャラクターとか、やたら「最後の日」を推してくるエモ曲とか、そういう染みついた固定観念のせいなんでしょうね。
 そういった作品は「夏が終わる」ことを人々に意識させたいのではなく、「夏が終わって欲しい」欲望を抱えた人のためにオーダーメイドされているはずで、皆が気にする必要なんてないはずです。
 ところで、大学生というのは世間的に見れば特殊な身分です。入学当初はあまりの課題の多さに「人生の夏休み」の意味するところが宿題がたくさん出る点においての比喩だと思っていましたが、早めに片付けたおかげで最近は余暇の時間が充分にあります。
 大学の夏休みは長く、おおかた8月上旬から9月下旬にかけて遊び呆けることができます。つまり、大学生にとっての夏休みは、8月が終わったところでまだ半分しか過ぎていない。昔に比べて自分の中での「夏終わりセンサー」が故障しているのは、だいたいこれが理由である気がします。
 結局、俺たちは、「この夏」を「あの夏」にすることでしか生きられないんだよなぁ。
 というわけで、僕が夏の終わりに聴いていたプレイリスト一覧です。俺たち、一緒に夏を終わらせような。


1.ピクニック/RADWIMPS

銀色のプールに 青い鼓動がふたつ重ねた唇に そっと思い出したよ

 初っぱなから「正解」を出してしまいました。もとより僕はRADIMPSの大ファンですが、初夏に聴く「夏のせい」と晩夏の「セプテンバーさん」とは違い、こちらは終始もの悲しい雰囲気が隠せず、毎夏聴いています。本来は『トイレのピエタ』という手塚治虫が亡くなる直前に書いていた最後の作品の構想を映画化したもので、ボーカルの野田洋次郎が主役を演じている関係で主題歌も担当しています。
 オタクの三大走馬灯であるところの、"深夜、同級生の女の子と学校のプールに忍び込み、足をつけながら夜明けを待つ"シチュエーションを想起させて良いですよね。このイデアみたいなシチュ、三秋縋『君が電話をかけていた場所』の萩上千草を思い出すから心臓に悪い。
 それからこの曲、冒頭に〈ナイフ〉という単語が出てくるからか、首筋に刃物を当てて美しく流血するイメージがずっとあるんですよね。『ビデオドローム』でマックスがニッキーの耳たぶを流血させるみたいなエロスすら感じて、最近はもうどういう感情で聴けばいいのか分からなくなっています。


2.歩く/ヨルシカ

夏の終わりだった 流れる雲を読んで
顔上げながら行く街は想い出の中

 前作『だから僕は音楽を辞めた』は、音楽の道を志していたものの最後は辞めてしまうエイミーを描いていましたが、そのエイミーから送られてきた手紙を読んだ少女エルマがエイミーと同じ道を辿るコンセプトのアルバム『エルマ』からの一曲です。おそらくヨルシカの中でもそれほどメジャーではない曲なんですが、「君の思い出」を亡霊のように追いかけながらも、どうすれば良いか分からず、ただひたすら「歩く」ことしかできないやるせなさが詰まった曲だと思います。
 ヨルシカはわりと意識的に「夏の終わり」を演出しますが、正直に言うとあからさますぎるやり方は好きではないので、これくらいの控えめさ(?)が自分には良い塩梅だったりします。良い塩梅というのは、例えばこのプレイリストに「secret base」を敢えて加えないでおく、みたいな心遣いのことです。


3.あの夏のいつかは/*Luna

もう何回の夏だ? これで何回目の夏だ?
やっと今 手をのばす あの約束に

 今し方「良い塩梅」の話をしたんですが、*Lunaさんの楽曲に関しても「8.32」を選ぶのではなく「あの夏いつかは」を選ぶ自意識が大切だなと思います。というのも、「8.32」は若者の曲なんですよね。つまり、夏は終わらずまだ続くんだと愚直に信じられる人間のためにあるのであって、意図的に終わらせようとしている人のための曲ではない。ではそういう人たちにとって*Lunaさんがどのように応えているかというと、やはり「あの夏いつかは」なんです。
 毎年ファンから夏の思い出ムービーを募ってMVに組み込むの、すごく良いですよね。投稿した人はMVに一生残って感傷的になれるし、夏の思い出が一切ない人はこれを見て架空の記憶を生成すれば良い。感傷のベーシックインカムですよ。今年の夏も、何も思い出なかったなぁ。


4.完璧な夏を過ごせなかった僕、あるいは文学少女の君に向けた原風景 feat.初音ミク&結月ゆかり/播馬シメ

1.廃れた遊園地に行こう
2.田舎の廃墟を巡り歩こう
3.夕焼けが綺麗な公園で
 互いの「秘密」を打ち明けましょう
4.日が暮れた頃に未来のことを
 叶わなかった「夢」を語りましょう

 夏の終わりと共に終末が訪れたとして、それは絶対に宿題が終わらない小学生のせいだと思うんですよね。だってエンドレスエイトもある意味では宿題を終わらせないキョンのせいって側面もあるわけで、その小学生には「あれ、俺またループさせちゃいました?笑」くらいの感じでヘラヘラしていて欲しい。案外、ノストラダムスもそんなノリで終末終末言ってたのかもしれませんから。
 その点、この曲は夏の終わりと終末を重ねながらも、それを〈君〉との関係性の上において肯定してみせる、いわば「滅びの美学」を徹底しているから美しいですよね。サムネの〈君〉が頭がないのも最高だと思います。思い出の中の〈君〉はいつだって顔が思い出せないことが条件で、その面影に少しでも近づきたい一心で僕らは田舎を旅行して欠片を拾うわけですが、パズルのピースみたいにそれが全部揃ったところで何が起きるのか、誰も分からない。もしかしたら、「めんまみーつけた!」と言われて透明化するのはこちら側かもしれませんからね。


5.Smolder feat. Yuzuki Yukari/regulus

変わらない癖 その仕草
少し笑い髪に触れる時の嘘
優しい声で泣いたまま呟く
別れの言葉

 まったく関係ないのですが、そろそろ祖父母の家が取り壊されるとかなんとかを小耳に挟み、少し落ち込んでいます。僕にとってのノスタルジーは実家よりも祖父母の家にあり、あの日縁側で食べたスイカの味も七輪の匂いとも忘れてしまうのかと思うと、何とも言えない気分になります。昔は祖父母の家に泊まるのが大好きだったのですが、二人とも高齢だし負担だろうということで最近はめっきり会っていません。小学生の夏休み、全てが永遠に続くと信じ込んでいたあの時期、祖母が使う洗濯機の音で目を覚ます朝6時の眩しさを、僕は一生忘れないでしょう。
 「Smolder」はサウンドが本当に好きで、奥底に眠っていた記憶を引っ張り上げてくれます。そこにヒロインはいませんが、いるかどうかというのは心理的な問題で、いたのだと信じることができればなんでもいいのです。

6.夏の悪夢/なるみや

季節変われど 君はもういないのに
今年も日本の夏は綺麗だ

 「若い才能ってこえ~」と、なるみやさんを見ていると思います。意外にも、和楽器を使った「日本の夏」曲って少ないんですよね。おそらくほぼ初使用でこのクオリティの曲が出てくるの、マジですごい。
 それはそうと今年の夏もエモさが吹き飛ぶくらい暑くてうんざりしました。気候変動で終わりつつある「日本の夏」を今後も愛せるかと問われたら自信がないです。こういう最悪な時代を後からエモく消費するのって、終末論的にやるか『天気の子』みたいな方向性でやるかしかないんですかね。それでも日本の夏が綺麗だと思えるのはある種の幻想で、フィクションの枷であることにみんな気付いていない。でも、それでいいと思います。
 「別れる男に花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」とは川端康成の言葉ですが、僕は〈君〉にとっての呪いになりたいので、花の名前どころか季節になりたい。すなわち、夏が来るたび思い出さざるを得ないほど強烈な思い出を残して死にたいな、といつも思います。


7.あのひふれたて/Uztama

最後に君に触れた日を思い出す
あの日の夜空は少しくらくてこわかった

 夏の終わりってやっぱり涼しげなイメージがあると思うんですが、その意味でUztamaはぴったりですよね。アルバムを通して初夏から晩夏まで対応できるポテンシャルがあるような気がしていて。「あのひふれたて」は晩夏用の曲です。なんというか、夏が始まるくらいの時期に夏の終わりを見据えている倒錯感が良いんですよ。
 余談ですが、このアルバムのジャケット、地元で見覚えがありまくりで、程よい田舎&郊外感が大好きです。さらに余談ですが、郊外夏映画といえば『サイダーのように言葉が湧き上がる』を観てくださいね。併せて『モールの想像力』を読むとさらに面白いはずです。


8.レモネード feat. 初音ミク/wotaku

紙芝居だった今日が鮮明になればいいのにな
透明な壁が無くて 君に触れたらいいのにな
願望は砂になって一つとして叶わないなら
そこに何があるの

 諸事情によりwotakuにめちゃくちゃハマっています。中でもこの曲は分かりやすくノベルゲーム文脈的な夏イデアを継承していて、wotaku節を全開に出しながらもいつもとは違うテイストで感傷を描ききっていて素晴らしいですね。
 wotakuの曲は全体的に「救済」がテーマになっているというのがあります。「福音」とか「DOGMA」は分かりやすいですが、ここで注意したいのが、サムネが暗くて退廃的なほど救済されるのに、逆はされないということです。明るくてポップな感じのサムネは結構珍しく、「レモネード」は彼の中でも異端な曲ですが、こんな曲に限って最後まで〈君〉には触れられず救済を拒むというのは、いくらなんでも捻くれすぎやろと思います。早く報われて欲しい。


9.ビードロ模様/やなぎなぎ

レンズ越しに眺めてた世界は
他人事のように映り
失くしていた気持ちを知った時
僕らの時間 動き出した

 『あの夏で待ってる』の主題歌じゃなくてもきっと好きになっていただろうなと思うんですが、やはり谷川柑菜を想起してしまう曲ですね。最近のオタクはやなぎなぎに気持ちを代弁してもらいすぎて語彙力が段々衰えているのですが、この曲を聴くとそれもやむなしという気がします。
 悲しい記憶、辛い記憶がベースだとしても、それを捨てることは出来ない。だって、その記憶は自分が生きた証であり、傷ついた証であり、過去を証明してくれる唯一の存在だから。こんな悲しいことがありますか。思い出に縋りつくのだって美しいですよね。そのまま溺れたとしても、波の下にもエモはございます。


10.きみも悪い人でよかった/卯月コウ 魔界ノりりむcover

時間は有限で 永遠みたいな嘘で
儚い人生の一瞬に きみがいて
つまらない世界を 「つまらないね。」て笑って
肩を寄せ合う 少し寂しい二人がいた

 原作を超える批評がないように、基本的に「歌ってみた」が原曲を超えることってない派なんですが、唯一同等以上のポテンシャルを持つと思ってるのが「きみも悪い人でよかった」のおりコウcoverです。
 単なる友達でも恋人でもない互いの関係性を言い表すのには、確かに「きみも悪い人でよかった」と言うほかなかった。ピノキオピーが創り上げた6分31秒の物語がおりコウの紡いできた物語にも作用し、補強しながら組み替えていく。普段よりも数段落ち着いたシリアスな歌声にギャップを感じつつ歌詞を読み返し、曲から翻って語られなかった物語を頭で補完していく。 
 この曲って、別に夏を想定してるわけでもないと思うんですよ。ただ、卯月が歌うと夏になってしまう。彼は領域展開〈強制夏地場エンドレスサマー〉の使い手ですから、仕方のないことです。夏目漱石の「月が綺麗ですね」、ピノキオピーの「きみも悪い人でよかった」。真っ直ぐに肯定はできないけれど、〈君〉との関係を否定はしたくない。そんなもどかしい状況に射した唯一の答えが、この最大のラブソングだったことを考えると、日本語歌詞が理解できる環境に生まれてきて良かったなと、心の底から思います。


まとめ

いかがでしたか? 夏の終わらせ方を調べてみましたが、何も分かりませんでした!

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