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ラノベタイトルの長文化と初期近代における「エンブレム」の役割

1.エンブレム・ブック

 初期近代に発達した一連の記憶術は、科学の進歩や新大陸の発見に裏付けられた「情報の洪水」を背景とし、それらの情報を何とか整理したいという動機から盛んに研究されてきた。その一環として発明された「エンブレム」は、通常「モットー(主題)+図像(イラスト)+エピグラム(解説文)」から構成される。

エンブレムの例。16世紀~17世紀にかけて「エンブレム・ブック」が多く出版された。


エンブレム界の始祖と名高いアンドレア・アルチャードは当初、エンブレムに関するアイデアを手帳にしたためていたと言うが、その際には図像は伴っていない。彼の文章にイラストが付属するのは1531年に『エンブレマタ』が出版されてからとなる。

 ところで、エンブレムにおける「図像」の登場がいかに意義深いかを考えたとき、我々はおそらく二つの観点から図像を眺めることになる。
 一つは、記憶術の一環として研究された事実を踏まえて、「図像があった方が記憶と結びつきやすい」という観点だ。図像に限らず、何らかのビジュアルイメージが存在する方が記憶しやすいことは現代の科学で既に証明済みである。
 もう一つは、教科書に採用された際に、イラストの視覚効果により楽しい学習を促す効果だ。文章ばかりの紙面より、何らかのイラストが伴う方が親しみやすい。
 エンブレムの構成要素とこれら二つの意義を考えたとき、現代におけるライトノベルのことを想起せざるをえない。結論をまず述べる。「ライトノベルの表紙とエンブレムは同じ構成要素及び意義を持つのではないか」というのがこの文章で導きたい仮定である。ライトノベルのタイトルは年々長くなっていく傾向があるとされ、ますます説明的になっている。このような形態に行き着いた理由を、エンブレムの構成から考えたい。

2.ライトノベルにおけるタイトルの長文化傾向

 ライトノベルの定義は難しいが、ここは計測方法としてひとまず『このライトノベルがすごい!』にて扱われている書籍を指すことにする。『このライトノベルがすごい!』は2004年から宝島社より毎年発売される雑誌で、その年に最も人気だったライトノベルを1位から10位までランキング化し、ラノベ界の潮流を見定める上で重要な役割を果たしている。ランキングは書籍毎、キャラクター毎などに分かれ、著者へのインタビューや今後の展望なども含め、ラノベ文化に多大な貢献をしてきた。今回は、この冊子を用いて、「ライトノベルにおけるタイトル文字数」を計測する。詳しい計測方法は以下の通りである。

・計測年は、現在でも冊子が入手可能な2005年から2022年までとする。
・各年ごとに1位~10位までのタイトル数をすべて合計し、10で割った平均値を、その年の「平均タイトル文字数」とする。
・シリーズものとしてランクインした場合は、1巻時点でのタイトルを使用する。
・サブタイトルは含まない。ただし、ここでいうサブタイトルの定義とは「巻ごとに変化する文言」のことであり、例えば『無職転成~異世界行ったら本気出す~』の~異世界行ったら本気出す~の部分は巻を重ねても不変な要素であるため、サブタイトルではなくタイトルの一部として扱う。
・~、・などの記号は文字としてカウントしない。

以上のような計測を施行した結果、次のようなデータが得られた。

2005年:6.2文字
2006年:7.8文字
2007年:5.6文字
2008年:6.8文字
2009年:8.2文字
2010年:6.6文字
2011年:8文字
2012年:7.9文字
2013年:10.2文字
2014年:12.6文字
2015年:12.8文字
2016年:17.1文字
2017年:11文字
2018年:11.9文字
2019年:11.65文字
2020年:13.65文字
2021年:13.6文字
2022年:12文字
2023年:13.6文字

「このライトノベルがすごい!」『フリー百科事典Wikipedia日本語版』

データを見ると、たしかに「ライトノベルのタイトルは長くなっている傾向にある」と言えるのではないだろうか。特に2013年をきっかけに、タイトルの平均文字数は10を切らなくなり、以降は2016年の17.1文字を最高に、一定の水準を維持し続けている。
 日経スタイルによるウェブ記事「本の題名、やたら長くなっているのはなぜ」によれば、「講談社ラノベ文庫編集長の猪熊泰則氏によれば、ライトノベルも昔は「とらドラ!」(KADOKAWAアスキー・メディアワークス、06年)など、「読んだときの音の響きが良い4文字のタイトルがはやっていたが、08年に電撃文庫から出た『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のヒットで状況が変わった」。同書の累計発行部数は全12巻で500万部。このヒットを受け、他の出版社もこぞって説明口調にしたタイトルのライトノベルを出すようになった」という。
 しかし、エンブレムとラノベタイトルの共通要素を見つけ出すには、「タイトルが長くなっていること」と「長さの原因が、説明的なタイトルの増加による」ことを証明しなければならない。それに関して詳しく調べた記事があるため、そちらを参照しよう( 「ライトノベル新人賞受賞作品の「タイトル変更」についてまとめました」『書き出したら止まらない』)。
 例えば、ライトノベルを刊行するレーベルの主催する小説コンテストでは、受賞後にタイトルが変更され、長文化することを指摘する記事が存在する。
 その中で紹介される作品、例えば第15回MF文庫Jで佳作を受賞した『譬え世界のすべてを敵に回したとしても』は、『特殊能力統轄学院 叛逆の優等生と悪魔を冠する少女の共犯契約』へと、第32回ファンタジア大賞にて金賞と石踏一榮賞を受賞した『闇堕ちさせた姫騎士に魔王軍が掌握されました』は、『ようこそ最強のはたらかない魔王軍へ! ~闇堕ちさせた姫騎士に魔王軍が掌握されました~』に変更して出版されている。これは、元のタイトルを長文化+説明的にさせた分かりやすい例だ。


 だが、単に長文化させるだけではなく、短縮化させて説明的にした例も存在する。第15回MF文庫Jにて優秀賞を受賞した『愛をママに我が娘に、僕は君だけを好きでいたい』が『世界一可愛い娘が会いに来ましたよ!』に変更されたのはその好例だろう。どうやら、ライトノベルのタイトルは単に長文化しているのではない。説明的になった結果、長文化しているのだ。


3.出版業界全体としての傾向

 本屋のラノベコーナーにふらっと立ち寄ってみると、やはり説明口調のタイトルは増えたように感じる。しかし、これは本当にライトノベルに限った傾向だろうか。「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」や「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」など、ベストセラーになりつつも説明的なタイトルを用いた例はいくつも存在する。ビジネス書を眺めてみても、「○○が嫌だったら○○しなさい」や「○○が9割」など、一見して本の内容がわかりやすくなった傾向があるように思える。
 では、そのような影響はなぜ生じたか。一つは、やはり電子書籍及びオンラインストアの台頭だろう。Amazonのランキングを見れば、書店に行かずとも日々大量の新刊情報を目にすることになる。初期近代と同じく、現代はインターネットによる「情報の洪水」が起こっている。大量に溢れた情報の中で、人々が目にするのはやはりタイトルと表紙なのだ。興味を引かない限り、あらすじや解説まで読むことはほとんどない。タイトルの時点でその本の内容を説明出来なければ、手に取ってもらえる可能性は低くなる。
 その影響をもっとも強く受けたのがライトノベルだったのだ。なぜなら、ライトノベルの主戦場は書店ではなく、『小説家になろう』や『カクヨム』などの小説投稿サイトであり、そこではオンラインストア以上に大量の作品が溢れている。小説投稿サイトに表紙はなく(一部、pixiv小説のように表紙が伴うサイトも存在はする)、ただタイトルが並んでいるだけであるため、限られた時間しか持たない読者は一定数の作品にしかアクセスできない。そこで、タイトルはきわめて重要な選定基準となる。

4.エンブレムの役割

 ここまでライトノベルの傾向について述べてきたが、エンブレムの観点からこれらについて考えると、「モットー(主題)がエピグラム(解説文)化している」と言うことができるのではないか。情報の洪水に直面し、それらを最適化する形で編み出されたエンブレムは、「モットーと図像で惹きつけて、エピグラムへ」という流れが一般的だった。だが、それとは比べものにならないほど情報が溢れた現代において、エピグラムの持つ役割は非常に薄い。そもそものモットーの総数があまりに多くなっているのだ。よって、モットーからエピグラムへの流れは期待できないため、モットーがエピグラムの役割を担わなければならない。もしアルチャートが現代でエンブレムを書いていたら、きっとモットーは長文化し、より具体的になっていただろう。
 ライトノベルの長文化は、情報の洪水に適合するための合理的な選択だった。今の世界にエンブレム的要素はいかに根付いているか。これからの世界でエンブレム的な構成要素はいかに変化していくのか。その答えが、ライトノベル市場にあるのではないだろうか。

参考文献
桑木野幸司『ルネサンス 情報革命の時代』(筑摩書房、2022)


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