見出し画像

汪牧耘『中国開発学序説──非欧米社会における学知の形成と展開』より「はじめに」

 2024年1月30日刊、汪牧耘著『中国開発学序説──非欧米社会における学知の形成と展開』より、「はじめに」を公開します。

 汪牧耘氏は法政大学、東京大学に学び、特に中国と日本における国際開発・対外援助を専門とする新進気鋭の研究者です。本書は汪氏の初めての単著であるとともに、転換期を迎えた国際開発・援助事業をめぐる言説形成の現在と、経済成長により「開発される側」から「開発する側」へと転じた超大国中国の視線の先を明らかにする力作です。

 旧来の欧米および日本による開発事業につきまとう立場の不平等や権威的な介入といったネガティブなイメージから目を背けることなく、いままさに中国で議論と試行錯誤が積み重ねられている脱中心的な開発論を手がかりに、「より良い生」に向かう学知の総合としての開発学を検討しようとする本書の試みは、開発経済学・国際関係論にとどまらない射程をもつものと言えるでしょう。(カバーにあしらわれた装画は汪氏の作品「がくちのもり」です!)

はじめに(汪牧耘)


 21世紀に入って以来、中国は国内の急速な経済成長に伴い、国際開発にも力を入れている。2014年に中国から来日した筆者は、「南南協力」や「一帯一路」構想などといった中国の施策をめぐる議論が日本において熱を帯びてきたことを実感しながら、最初の数年間はそれを外野席から眺めていただけだった。世界に影響を与えている母国の国際開発とはいったい何なのか。その中身の本格的な探究に筆者を向かわせたのは、ある現場での調査経験であった。

 2017年の夏、修士2年の筆者は所属ゼミのフィールドワークに参加し、タイ西部のミャンマー国境にあるメーソット(Mae Sot)を訪れた。19世紀中頃以前のメーソットは森林地帯であったが、後に北タイ、中国大陸、ビルマや南アジアなどの地域から人びとが移住してきた。多民族・多国籍の人びとがどのように共に生きているか、それを支えるための国際開発はどうありうるかを学ぶために、現地にある中華系タイ人のコミュニティが訪問先の一つとなった。

 中華廟の鮮やかさが母国の風景を彷彿とさせる。インタビューのために、大きな会議室が用意されていた。最初の挨拶で、ゼミの先生は現地の中華協会の理事長に、微笑みながら筆者のことを紹介してくれた。「ちなみに、彼女は中国人ですよ」。

 「初めまして」。挨拶の直後に理事長は、筆者にこう言った。「中華系ですが、私たちはタイ人です。中国人ではないからね」。中国人との間に線を引くような態度に戸惑いながらも、筆者は「……はい。存じております」と答えた。他方で、「はぁ……別に何も聞いていないし、中国人だと思っていないけどね」と心の中でつぶやいた。

 もやもやしながらインタビューを進めていたところ、理事長が近年の中国の急速な経済成長と、それに伴いメーソットにやってきた大勢の中国系企業のビジネスマンを問題視していることがわかった。彼らはインフラが整備できていないミャンマーの資源や物品を中国に運ぶための通路としてメーソットを利用するにもかかわらず、地域にまったく貢献しようとしないという。理事長が筆者に投げてきた「挨拶の言葉」は、昔移住してきた中華系の子孫と今のいわゆる「ニューカマー」との亀裂の現れであり、これまで溜めてきた不満の発露でもあった。

 筆者は、国際開発の現場において自分の国籍がもつ重みを味わった。「絶大な経済発展を遂げた中国の開発」と「深刻な環境破壊をもたらした中国の開発」というのは、どちらもある場合では人びとが実感する現実であり、ある場合では国家名に割り当てられるイメージである。理事長の話は理解できなくはない。しかし、その場その場で優位に立つ中国像に包みきれないリアルな人間もいるのではないか。筆者は悶々としながら、否応無く世界における母国の立ち位置に目を向け始めた。中国の国際開発をめぐる様々な言説に対して一喜一憂せず、それを理解するためにどうすればいいか。それまで距離を置いて見ていた課題が、自らの問題として浮かび上がってきた。

 中国の国際開発の全体像を明らかにすることは簡単ではない。これまで、中国の国際開発をその経済的効果、政治的意図や社会的影響などといった側面から説明する研究は一定の蓄積がある。それに対して、筆者が関心を持っているのは、それぞれの場面で断片的に語られてきた中国の国際開発をどのようにすれば包括的に捉えられるのか、さらにいえばそのまなざしの持ち方にある。試行錯誤の結果、中国の「開発学」(development studies)の創出と展開に着目するようになった。

 開発学とは、「より良い生」に向かう各国の経験を学問的に価値づける試み全般であると言える。その議論を主導し体系化してきたのは、第二次世界大戦後の欧米社会である。その背景には、イギリスやアメリカの開発計画や技術協力などが、対外援助という形で世界中に展開した当時の潮流があった。

 開発学は、欧米社会が「低開発地域」を効果的に成長させる政策・実践への探求から始まった。一方、開発学と植民地支配に関する学知の連続性や、欧米社会の経験・価値観を前提とした開発介入のあり方、そしてそれがもたらす社会・環境問題に対する批判の声は徐々に高まりを見せるようになった。開発学のいわば「欧米中心主義」を乗り越えるためには、世界各地の開発実践や経験を、欧米の視点からではなく、「開発」される側として客体化されてきた非欧米社会の視点から分析していくことが必要である。

 こうした流れのなか、中国は非欧米社会の代表格として、国際社会の賛否の声に応じながら、自らの開発・援助経験を学術的に体系化しようと動き出している。特に、2010年代以降、「国際開発」や「グローバル開発」などを冠した研究機関が中央政府・シンクタンク・大学のなかにいくつも設立されてきたことは注目に値する。国家間の対立と援助競争が激しくなっているなか、中国では、欧米と異なる国家像と世界認識を示す知識体系として、開発学の構築が盛んに行われていると言える。

 現在進行中の中国の「開発学づくり」に目を向けることは、中国の国際開発を理解するために重要である。しかし、これまでの先行研究ではそれについての具体的な分析はほとんどなされてこなかった。このような問題意識をもとに、本書は、中国の開発学がどのように形成・展開されてきたのかという問いを明らかにすることを試みた。その系譜をひもとくにあたって、本書は1990年代に遡り、中国の国際開発学が一つの学問分野として形成されてきた過程を明らかにした。そして、そこから生まれた言説、なかでも中国自身の「独自性」を際立たせるための主張が、実際にどこまで国際開発の諸事象に対して説得力を持っているのかを複数の事例研究から検討した。

 結論を端的に言えば、中国の開発学は、欧米の開発学を吸収することから始まり、それに合流したり抵抗したり、さらに差異化を図りながら拡大してきた。その過程において、中国人研究者は自国の国際開発の価値を、欧米との差異化と国際的開発目標への接近に求め、実用主義を用いた理念構築と開発効果の実証研究を通してその価値を示そうとするという、中国の開発学の今日的特徴が形づくられている。一方、多極的な国際関係の変化や、多分野の研究者が中国の開発というテーマに参入している中で、中国の開発学のあり方を方向づける力は、本書の結論からさらに多様化している。遷り変りの激しい中国の開発学ではあるが、その流れを掴む手がかりという意味で、本書は「中国開発学序説」と言えよう。

 中国の開発学がどうなっていくかを予言することはできない。しかし、どのような時代にしても、開発学という言説空間をつくり作り出すのは具体的な人間であるに違いない。開発学の創設をリードしてきた中国人研究者はどのような開発経験の持ち主であり、世界各地で巻き起こる賛否の声に対して、どのように中国の国際開発を説明しようとしてきたのか。学術研究の実証性を主張することで中国の国際開発に対する国際社会の理解を得ようとすることと、中国の独自性を主張することで自らのアイデンティティを確かめようとすることのはざまにいる研究者の一つ一つの選択の先に、中国の開発学の未来があると考える。

 研究者の知識生産には、自らの生活環境や中国の国際的地位の激しい変化が通奏低音のように響いている。冒頭で紹介したエピソードのように、本書もまた、こうした通奏低音のなかの一声が筆者を媒介して吹き出したものである。中国出身の筆者からみると、母国における現在進行中の開発学は、中国と国際社会を結び直す試行錯誤を行う核心的な現場の一つである。この試行錯誤に参加することで、経済的・政治的な「大きな物語」の影に隠れて埋もれてしまっている中国の側面を掘り出し、国際的な相互理解の道を示していきたい。そして、眩いほどに目まぐるしく変化してきた母国の開発を支えている思想的資源はどこにあるのか、あるいは、あり得たかもしれないほかの可能性にはどのようなものがあったのかを少し背伸びをしてでも考えてみることで、中国と世界との異なる関係性を浮かび上がらせることができればと望んでいる。

 もちろん、本書は中国に完結する、閉じられたものではない。筆者のより広範な関心は、国柄や独自性を訴えていこうとする開発学の動向、さらに言えば開発経験を国家のために道具化していくような取り組みに対して、私たちはいかに距離をとり、いかに「より良い生」を自由に思考する場としての開発学を守り切れるのか、というところにある。

 実際、日本においても、「東アジアの奇跡」や「世界初の最大非西洋ドナー」などといった自国の開発・援助経験とその価値を「日本の開発学」として包含し、援助競争の激化に向かって知財化しようとする動きが現在進行中である。その努力は、アイデンティティを奪還したような高揚感につながり、人々の心を一時的に鼓舞する効果があることは否定できない。しかし、自己肯定欲の魅惑には常に陥穽が伴う。国際的な競争力・発言力を高めようとする志は、ナショナリズムの助力になりやすく、自国贔屓の知識生産を加速しかねない。長い目でみれば、こうした動きは、自国の開発学を輝かすどころか、偏狭で脆いものにしてしまうであろう。

 転換期に向かう非欧米社会の開発学に新しい局面を切り開くためには、欧米を仮想敵とする従来の知識生産から一歩引き、自国の立ち位置をより広い視野で見定める努力が求められる。欧米に対して抱く違和感や憧憬が入り混じった複雑な心境は、程度や表現の差があるとはいえ、日本と中国との間で共有できるものでもある。ならば、仮想敵の代わりに互いを鏡に、非欧米社会における開発学の荒野をともに耕し、より真摯に向き合っても良いのではないだろうか。

 脱中心とは、新しい中心をつくることではない。世界に向かって、より多くの人にとって生きやすい開かれた環境を作るための努力である。本書は、その流れに立ち向かう中国の葛藤をそのまま示すことを試みた。ここで示される中国の事例が、開発をめぐる知的営みに関心を持つ日本の読者にとっても一本の新しい補助線になれば幸いである。


汪牧耘『中国開発学序説──非欧米社会における学知の形成と展開』
A5判上製・316頁・定価(本体4,500円+税)
ISBN 978-4-588-64549-5
詳しくは以下よりどうぞ
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-64549-5.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?