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【実話怪談】引く手あまた

コンビニで準夜勤のアルバイトをしていた時のお話です。

22時〜2時までの4時間、他のアルバイトとも被らないこの時間帯のアルバイトは、訳アリ貧乏学生の私からすると大変ありがたいものでした。

2人1組で働くこの準夜勤に好んでシフトを入れる人というのは、やはりみんなそれぞれに訳アリな雰囲気があります。

しかしそれが私にはなんだか心地よく感じられました。訳アリは訳アリ同士、深入りするような話はせず淡々と仕事をこなしていく。どこか安らぐ時間だったことを覚えています。

立地が良かったためか、仕事は山のようにありました。フライヤーや什器の掃除、雑貨や菓子の品出し、ウォークイン(人が出入りできる冷蔵庫)での飲料補充、接客……2人で手分けしてフル稼働しても仕事が終わらず、残業になることはよくありました。

クリスマスのケーキをノルマで買わされたり、今思うとブラックバイトだったのですが、それでも時給や時間帯が良かったので、大学1年生から、結局3年間続けました。

訳アリの雰囲気を最も醸していたのは、K田さんという男性でした。K田さんは、金曜の夜にしか現れません。週1しかシフトに入らないものの、オーナーからは絶大な信頼を寄せられていました。誰より仕事が早く、K田さんと組む時だけは時間通りに終わるからです。

K田さんはヒョロッと痩せた背の高い眼鏡の方で、常に長袖を着ていました。夏はもちろん半袖のユニフォームになるのですが、K田さんはいつも重ね着して半袖の下から黒い長袖を出し、腕を隠すようにしています。
(きっと、痩せているから寒がりなんだな。)
と、特に気にしたこともありませんでした。
飲料を補充するために入るウォークインは、3〜5℃設定なのですが、その作業だけはK田さんが避けて私にお願いするので、益々(なるほど、極度の寒がりなんだな……。)という認識でした。

「K田のやつ、ウォークイン入らないんだって?」
ある日、店長が私に声をかけてきました。オーナーの奥様なのですが、よくよく従業員を気にかける人でした。
「K田さんですか?確かに入りませんが、きっと寒がりなんだろうから無理にお願いしなくても良いと思いますよ。私が入りますし。」と言うと、「K田は別に寒がりじゃないよ。腕を隠してるのは……まあ、ちょっと訳アリだけど。過酷なウォークインの作業を全くやらないってのは良くないね。次は絶対やるように言っておくからね。」と、店長が優しく微笑みます。
(別に良いのになぁ……。)
正直、ウォークインの作業は個人的に好きでした。上着を羽織ればそこまで寒くないし、ペットボトルの箱を開けて種類を確認し、一本一本手に取り補充していく単純作業が、性に合っていたのです。

たまに表で買い物をしているお客様と、補充する飲料を確認するために裏から覗く時に目が合ってびっくりすることはありましたが……。
(K田さん、大丈夫かな。)なんとなく、嫌な予感がしました。

次の金曜日。

店長に何を言われたのか、K田さんはとても不機嫌でした。
「K田さん、無理しなくていいですからね。私ウォークインやりますから。」と、声を掛けると、「いや、俺がやるよ。そろそろやってみる頃合いかなぁとは、思っていたんだ。」そう言って、K田さんはウォークインに入っていきました。

しばらくすると、


ガンッ!!ガンッ!!

という大きな音が店内に響き渡りました。

お客さんはおらず、音の出所はウォークインの方からでした。冷気の出ないように密閉された空間は、防音も効いているのに、それでもこんなに大きな音がするとは、明らかに尋常ではありません。
さすがに少し躊躇いましたが、意を決して、ウォークインに入りました。

そこには。

ペットボトルを補充するレーンに片腕を深く突っ込み、肩まで押し入れているような姿で暴れるK田さんがいました。

ガンッ!!

よく見ると。

K田さんが、突っ込んだ片手を抜こうとしているのだとわかりました。
必死に抜こうとしているのですが……何かに強い力で引っぱられているようで、肩や顔を打ち付けているのです。それに抵抗するようにK田さんは暴れ、

ガンッ!!

と、音は鳴るのでした。

明らかに異様な光景に、私は愕然としました。
K田さんは私を見ると「悪いけど!表からドア開けて!!」そう言いました。
私はパニックになりながら表に……お客さんがペットボトル飲料を買う側にまわります。
(いや、待って。だって、お客さんは、誰も、いない。)
一体誰が……いや、一体何が、K田さんの腕を引っ張っているというのだろう。
慌てて飛び出して表から見ても、やはり誰もいません。でもとにかく、K田さんをなんとか助けないといけないと思い、裏にはK田さんが居るであろう箇所の、飲料の扉を開けました。

すると。

ドスンと鈍い音がして、それ以降また店内BGMが鳴るだけの、静かな店内に戻りました。
恐ろしさのあまりガタガタ震える手を抑えて、ウォークインに急ぎます。
幸い、客は来ません。

「K田さん!大丈夫ですか?」

尻餅をついた姿勢で、呆然とするK田さんに駆け寄ります。腕はもう抜けていましたが、袖は捲れ上がり、怪我をしているようでした。
その時、私はK田さんの腕を見て、妙に納得しました。
K田さんの腕には、鮮やかな刺青が彫られていました。美しい、蒼い蝶です。

とにかく治療をと、K田さんを立たせてその腕を引きます。
強い力で爪を立てて引っかかれたような傷がいくつもつき、血が滲んでいました。

「ごめん、もう大丈夫。ありがとう。」

明るいところでよくみると、顔にも擦り傷ができています。
「いえ……やっぱりウォークインは、私がやりますよ。」
それくらいしか、かける言葉が見つかりませんでした。

その後はお客さんも多く入り、バタバタと時間は過ぎ、K田さんと組んで初めて時間をオーバーして残業になりました。
全てを終わらせたあと、帰り際に「今日のことなんだけど……俺もうここ辞めるから、何も聞かないでくれると助かる。」と言われ、私は必死に引き止めます。
「いや、K田さんは仕事が早くて組むと楽だから辞められたら困りますよ。」
そう言うと、驚いた顔になり、それからハハッと笑い「俺は引く手あまたで困るよ。」と、腕を見せ、冗談めいて口にしていました。
「いや、それ、上手いこと言ってますけど、正直さっきのはかなり怖かったですよ?」私も笑います。

K田さんは結局その後すぐに辞めてしまい、このお話はここでおしまいです。
今でもコンビニでペットボトルの飲み物を買う時に、ふとK田さんのことが頭に浮かぶことがあります。K田さん、元気にしていますか?私は、なんとか元気にやっています。

これは私の実話です。

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