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【不思議な話】墓守

父の話をします。

父は5人兄弟で、末っ子でした。
私も5人兄弟なので、なんとなく父も賑やかな家庭で育ったのだなぁというイメージがありました。

父は5人兄弟にこだわっていたと、母は言います。最初から生まれることがわかっていたかのように、結婚した時にはもう私たち兄弟5人の名前を決めていたそうです。

父はよく、自分の兄弟の話を私に聞かせてくれました。何度も聞いたエピソードがあります。

父は身体が弱く、幼い時分によくいじめられていたそうです。
ある日、怪我をして帰った自分の姿を見て激昂した姉が、いじめっ子の自宅まで乗り込み窓ガラスを拳で割り「次に弟をいじめたらお前がこうなる。」と告げたのだそうです。
血だらけになった拳を気にもせず、淡々と言う姿には大層迫力があったそうで……そのおかげでいじめが無くなったと父は昔を懐かしむようによく話していました。

そんな父の兄弟に初めて会ったのは、震災の後です。北海道南西沖地震で被災した私たちは、医療関係者の父だけを島に残して、父の親戚の家にしばらくお世話になりました。
初めて会う従兄弟たちとすぐに意気投合し、毎日楽しく過ごしていたあの時。

1人残した父が見たのは、津波の後の凄惨な光景でした。

生きている人がいない南沖側で、毎日死体を探し、見つけたら口を開けて歯型を取って身元を確認して、棺桶を作って……。そんな作業をしているうちに、父は段々と病んでいきました。

その時の話を私にしてくれたのは、生涯一度だけです。
「お前と同じような年齢の子どもを見つけた時が、1番辛かった。」
そう言いながらお酒を飲む父は、なんとも悲しい顔をしていました。

それからだったと思います。父はアルコールに逃避し、段々と身体を壊していきました。あれは、ゆるやかな自殺だった……父の死を思う度に、悔やむ気持ちがあります。

私には祖父母がいません。

正確にはいるのでしょうけれども、父方の祖父母は話題にも上がりませんでした。
また、母方のほうは、母が言うには父との結婚に強く反対されて絶縁したとのことでした。
最初からいないのが当たり前だったので、祖父母のことを気にしたこともありません。
そもそも親戚付き合いがほぼ皆無だったから、なにもわからなかったのです。

私が大学生になった頃、父が死にました。
私達兄弟も含め、親戚一同が集まったのは父の葬儀が初めてでした。

「あの子を殺したのは、紛れもなく孤独だった。」

葬儀の席で私を呼び止め、話があると言った伯母が放った第一声に、私は驚きました。
私も、そう思っていたからです。
どんなに賑やかな家庭を持っても、父はどこかいつも淋しげでした。

「末っ子のあの子が高校生になった頃、私たち上の兄弟はもう、みんな独り立ちして家を出ていてね。」
淡々と、伯母は言葉を紡ぎます。
「仕事に追われて私も、なかなか実家には帰れなくて。色々あって、両親とは疎遠だったし……。他の兄弟も似たようなもので……だから、気付くのが遅れてしまったのだけれど。数年経ってようやく実家に帰った私が見たのは、広い屋敷に、あの子1人だけだった。」

「え……?」

戸惑う私に、伯母は続けます。
「父も、母も、行方不明でね。何があったのかはわからなかった。未だに見つからないの。ただ、あの時、あの子は深い孤独の中にいた。あんな……あんな、化け物だらけの屋敷で1人、何を思って暮らしていたのか、なにも話してくれなかった。」

化け物だらけの屋敷……説明がなくとも、不思議とわかる気がしました。脳裏に情景が入り込んでくるような、なんともいえない感覚。
なんとなく、祖父母の失踪は、父と深い関係があったのではないかと思いました。


「あなたに、墓守を頼めないかしら。」

唐突に切り出された話に、またも驚きます。
「お墓が、あるんですか?」
そんなことも知らなかったのです。
「今から話すことは、到底信じられないかもしれないけど……。私達の先祖は、海賊でね。」
言葉を選ぶように、伯母は言います。

「海賊?」

「そう。古くは日本書紀にも出てくる海賊で、今で言う沖縄の方で名を轟かせていたの。あなたの名字は、元々は海賊の団体名だったのよ。」

気が遠くなるほど、突拍子もない話でした。

伯母が言うには、その海賊団はある日、なんらかのタブーを犯して追われる身になったそうです。沖縄から逃げて、逃げて、逃げて……そして辿り着いたのが、北海道でした。

「逃げる途中で離脱する人もいてね、だから海賊名は地名になったり名字になって、色んな地域に残ってるのよ。」

その話を信じる信じないは別として、お墓には興味がありました。父のお墓をどうしようかと、兄と話していたところだったからです。

「あの子も、できればあのお墓に入れて欲しいのだけれど……。ちょっと変わったお墓でね。これが終わったら一緒に北海道に行って、お墓を見に行きましょう。うちに泊めてあげるから。」
その有無を言わせない迫力のある物言いは、父がかつて語った、ガラスを拳で割る姉の姿に重なりました。
(ああ、あの話、本当だったんだなぁ……。)
背筋が伸びた伯母の背中を見ながら、そんなことを思います。
その後、母や兄弟にも事情を話して一緒に行こうと誘ったものの、突然のことで都合が付かず結局私が一人で行くことになりました。


そのお墓は、ずいぶん山奥にありました。

山道をひたすら車で登り、目的地に停めたところで、降りてしばらく歩きます。車を出ると、伯母はなぜか私に傘を手渡しました。
外はよく晴れています。困惑する私に、なんてことないように伯母は言うのです。

「あなたも血縁だから、降るのよ。持っていて。」

仕方なく傘を持って歩きます。
10分程歩いた時。

「あれが、お墓。」

立ち止まった伯母の指さした先には、巨大な岩がありました。

なんの加工もない、大きな自然石の前に、祭壇のようなものが置かれています。
私はただただ、なにかに圧倒されてしまい、言葉が出ませんでした。


ポツ、と顔に水滴が当たり、ハッとします。

「傘、使って。いつも結構降るから。」言いながら、伯母は傘を開きました。
傘をさし、近付いてよくみると、岩には何か文字が刻まれています。だいぶ擦り減っていて読むことはできません。

「ご先祖様が何をしたのかは知らないけど、私は水神の呪いだろうって勝手に思ってる。」

言いながら、懐からセブンスターを出して咥え、火を付ける伯母は、やはり淡々としています。
(似てる、父に。)
その横顔は、父に瓜二つです。

「どう?墓守、やってくれるかしら。」

父が、私に頼んでいるような気がして、私は深く頷くきました。


あれから。
父は無事に北海道のお墓に入り、私は墓守を続けています。
墓守、といっても、普段は北海道に住む伯母が管理しているのでほぼ何もしていません。
ただ、5年に一度、代々続けているという儀式的なことを私が継いでいます。
私もそのうち、この役目を誰かに継がせないといけないのですが……。
伯母が言うには、その時期が来れば誰に継がせるべきかわかる瞬間があるらしいのです。
それもまた、なんとも不思議な話ですよね。
墓守の後継は甥なのか、姪なのか、今の私にはまだ検討もつきません。

これは私の実話です。



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