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【実話怪談】消しゴムのお告げ/下駄チェーン男

「消しゴムのお告げ」

私が初めてお付き合いした男の子、レン君のお話です。

大学2回生の夏、突然告白してきた男の子がレン君でした。オーケストラ部トロンボーンパートの後輩。身長がとても高くて独特な雰囲気の男の子だったので、相貌失認症を持つ私の人生初異性から告られイベントは幸いにも「この人誰だっけ?」とならずに済みました。

小学校、中学校、高校、大学と同性から告白されることはありましたが、異性からはこの時が初めてだったので、よく覚えています。

「俺のアパート、大学からめちゃくちゃ近いんですよ。色々便利なんで、良かったらお試しで一緒に住みませんか?」

当時とにかく忙しかった私は、レン君のこの魅力的な申し出に頷いていました。
私が住むBコーポ五右衛門は大学や駅からも遠く、アルバイトを掛け持ちする苦学生の身としては常日頃「もう少し自宅が近ければ……。」となることが多かったのです。

レン君との生活は、とても楽でした。
というのも、レン君は自分の世界をしっかり持っていて、特にこちらの生活に干渉することもなく、自分の人生を全力で楽しんでいるような人だったからです。
私がアルバイトを終えて遅く帰宅すると、大抵楽器を磨いているか、クラシックを聴いているか、ゲームをしているかで、変に気を遣うことなく同じ空間にいられました。
レン君は綺麗好きだったので、私も家事に気合いが入り、掃除の楽しさもこの時知りました。料理も大体夜中に作り置きして、余裕のある日は2人で食べて……概ね全てが、上手く回っていたと思います。強いて言えば、先輩だからと気を遣ってなのか、いつまでも敬語だったのには違和感がありましたが。

ある日、いつものように掃除していると、ベッドの下に消しゴムが転がっていました。何の変哲もない、少し使用感のあるシンプルなMONO消しゴムです。
「レン君、消しゴム落ちてたよ。」
と声を掛けると、レン君はなんだか焦ったように私の手から消しゴムを取り、消しゴムカバーを外しました。
食い入るように、消しゴムを見ています。
「どうしたの?」
ただならぬ雰囲気を感じて尋ねると、レン君は急に「明日は、家から出ないことにします。」と言いました。
「え?」
と、困惑する私に、レン君は消しゴムを差し出します。手に取ってよく見ると、そこには黒いボールペンで『あしたは、おうちであそぼう』と書かれていました。小さな子どもが書いたような字です。
「なにこれ?」
思わず聞くと、真剣な表情で教えてくれました。

レン君は、小学2年生の時から、数ヶ月に1度のペースでMONO消しゴムを拾うようになったそうです。
使用感のあるそのMONO消しゴムを最初は素直に落とし物だと思って教師に届けていたけれど、ある日、何気なくカバーを外してみたら文字が書かれていることに気付いたそうです。
『テストは、ちゅうし』
最初は、そんな文字でした。
その日予定されていた算数のテストが、突然中止になって、レン君は気味が悪くなったそうです。
しばらくして、またMONO消しゴムを拾い、再びカバーを外すと『あしたは、おおゆき』と書かれていました。
季節はまだ秋の終わりで、天気予報でも雪が降るなんて言ってなかったのに、雪はやはり、書かれた文字の通りに降ったのでした。
そんなことが続くうちに、最初に感じた気味が悪い気持ちはどんどん薄れたそうです。
(これは消しゴムのお告げ。僕の味方だ。)
そう思ったレン君は、消しゴムの文字の言うことを聞いて過ごしました。書かれていたことに従えばうまくいくので、言うことを聞かない理由がありません。

「じゃあ、今までずっと消しゴムの言う事を聞いてきたってこと?」

そこまで聞いて、思わず口を挟みます。

話の内容には半信半疑でしたが、もし本当にそうやって生きてきたのだとすれば、なんだか情けない人だと思いました。
レン君は少し黙ってから、口を開きます。
「一度だけ、言うことを聞かなかったこと、ありますよ。」
その口調は、重く感じました。
「消しゴムには『ヒロくんと、ぜっこう』って書いてあって……ヒロくんは、俺の幼馴染みだったから、できませんでした。高校1年生の時です。」
遠くを見るレン君。
(人間関係のことにまで口を挟むのか、この消しゴム。)
ゾッとしながら手の中にある消しゴムを見つめました。やはり、何の変哲もないMONO消しゴムです。
「絶交なんて、できるはずがなかったんです。例えしなくても、言うことを聞かなかったからと言って、ペナルティがあるわけじゃないし、と思いました。」
また、少し沈黙するレン君に先を促します。
「でも、初めて言うことを聞かなかったその次の日から、ヒロは学校に来なくなりました。何があったのかわからないけど、それからヒロには会わせてもらえていません。噂では事故で酷い後遺症が残ったとか言われていましたが、本当かどうかもわかりません。」
ゾワッと、嫌な感じがしました。
「だからそれ以降は、必ず言うことを聞いています。」
淡々と言うレン君を見ながら、最悪なことが頭に浮かびました。

まさか。

もしかして、私に告白したのも、消しゴムに書かれていたからじゃないだろうか。

だとしたら、こんな関係は、不健全過ぎる。

色々な気持ちが溢れてきて、「ごめん。ちょっと用事を思い出して……。」と、その日は自分のアパートに帰りました。

次の日。

なんの講義だったかは覚えていませんが、私は大学でぼ〜っと例のMONO消しゴムを手に乗せて眺めていました。
(どう見ても、普通の消しゴムなんだよなぁ。)『あしたは、おうちであそぼう』と書かれているだけで。
カバーを外してまじまじと文字を確認した次の瞬間。
手を滑らせて消しゴムが落ちて床に転がりました。
それに気付いた同級生のアキオくんが拾って、こちらを見ます。
(あとで届けて!)
と、口パクで伝えると、彼は嬉しそうに微笑みました。

休み時間になり、人懐っこいアキオくんは、これは良いきっかけとばかりに話しかけてきます。
「俺さ〜、消しゴムってカバー無いと落ち着かないタイプなんだよね。カバーの無いやつはなんとなく使わなくなって、新しいの買っちゃう。」
そう言いながら差し出された消しゴムに、私は目を丸くしました。
「え。」
そこには、文字が書いてありませんでした。
「アキオくん、その消しゴム、文字書いてあったよね?」
私が聞くと、アキオくんは「文字?」と言いながらまじまじと消しゴムを見ます。
「いや、何も書いてないよ?」
確かに、何も書いてありません。
「この消しゴム、私が落としたやつじゃないかもしれない。」
言いながら、一応アキオくんから消しゴムを受け取った私は、あ、と思います。

『きょうは、おうちであそぼう』

さっきは無かった文字が、そこにはありました。青ざめる私に、アキオくんが「大事な消しゴムだったの?探そうか?」と、優しく言います。
「……ありがとう、やっぱりこれ、私が落とした消しゴムだった。」
『あしたは』が、『きょうは』に変わった。
ただの記憶違いかもしれないけれど、心底ゾッとしました。
「そう?顔色良くないみたいだし、良かったらこの後ゆっくり学食でティータイムでもどう?」サラリと軟派なことを言うアキオくんに、「彼氏に会いに行くから。ごめん。」と言いながら背を向けます。
「彼氏いたの!?いつから!?」
アキオくんの声が大きくて、色んな人がこちらを見ている気配がしました。
(そういえば、レン君と付き合っていることは誰にも言って無かったなぁ。)
思いながら、そのままレン君の家に向かいます。レン君の家の前で、消しゴムを出して、カバーを外して。
ボールペンを取り出して、ひと言文字を書きました。
(うん、多分、これが正解だ。)
胸がスッとして、インターホンを迷いなく押せました。

出てきたレン君は、いつも通りに見えます。
「おかえりなさい。どうしたんですか?」
いつもは勝手に入る私がインターホンを鳴らしたので、驚いた顔をしていました。
「ひとつ、聞いて良い?」
しっかりとレン君の目を見て、私は言います。
「もし、消しゴムに『みおさんと、わかれる』って書いてあったら、どうする?」
レン君は、ハッとしたような顔をして、そして。長い沈黙の後。
「別れる、と、思います。」
小さな声で、そう言いました。
その気不味そうな顔を見て、(ああ、やっぱりレン君は、消しゴムに言われたから私に告白したんだな。)と思いました。
消しゴムを投げつけて、踵を返します。
「私の荷物は、全部捨てて良いから。」
さようなら、レン君。
『おうちであそぼう』という、消しゴムのお告げを真に受けたレン君は、絶対に追いかけて来ない。
レン君のことが好きだったのかも、もうわからない。
投げつけた消しゴムに書いた文字を、レン君はきっと見るだろう。

翌日。

さすがに落ち込んだ私は、講義にもあまり身が入らず、ぼんやりとしていました。
休み時間にはアキオくんが寄ってきて、「彼氏いるなんて知らなかった!いつから付き合ってるの?どんなヤツ?」と矢継ぎ早に話しかけてきます。「昨日別れたよ。」
面倒臭くてサラッと返すと、「別れたの!?」と、またしても大声で言い、周囲の視線が痛いほど集まるのを感じます。
(ああ、でもなんか、スッキリしたな。)
アキオくんの軽さには、なんだかんだいつも救われる気がする。
「そもそも、多分、付き合っても無かったんだよね。」
ただ少し、一緒に住んだだけで。
「何それ!?超面白い。詳しく聞かせて!」
隣で賑やかに喋り続けるアキオくんを見ながら、これで良かったんだと改めて思いました。

『みおさんのことは、わすれる』

きっと、レン君はそう書かれた消しゴムを見て。私のことを忘れただろう。
だから、最初から最後まで、私とレン君の間には、何もなかった。
「じゃあさ、俺と付き合わない?」
いつも通り軽いノリでアキオくんが言います。
「無理。」
もうしばらく恋愛は懲り懲りだと思いながら、即答しました。

これは私の実話です。


超短編おまけ「下駄チェーン男」 

初恋の人の話をします。
その人は大学の有名人で。
黒い服を身に纏い、長髪で、時代にそぐわない下駄を履き、眼鏡には金色の細いチェーンが光り、サークル棟に現れてフルートを吹く、中肉中背の男性でした。
現れるときには、カラコロと下駄の音がするからすぐにわかります。
彼が吹くフルートの音色はとても美しくて、深夜、大学の森に響き渡る澄んだ音色にはとても癒やされていました。
しかし、独特な周波数は野犬を呼ぶようです。
最初に彼を見たのは入学して間もなくの頃で、野犬数匹に囲まれて半泣きになっている姿でした。情けなくオロオロしながら、必死に手で野犬を払おうとしている姿をよく覚えています。
大学の四年間。
ずっと、たまに現れる彼に会えるのが楽しみでした。
という話を友人Rに打ち明けると、「私も初恋の相手は人間じゃなかったから、親近感あるなぁ。」と、しみじみ言われたのでした。
下駄チェーン男は、大学の有名人。
我が出身大学の怪談話に欠かせない人物です。

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