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『スパムライター』-黒霞のピアニスト-


「なんだよ、これ!個人情報更新しちゃったよ…」

「えっ カード会社のメルアドって…信用するだろ!」

「ネットショッピング良く利用するから疑いも無かった…」


近年、その手口も巧妙になって来ている迷惑メール。
いわゆるスパムメールだ。


明らかにネタだろ?と笑ってしまうような胡散臭い出会い系メールから、大手企業に完全に成り済ました、疑うのが困難な詐欺メールまで、その内容は千差万別だ。


この迷惑メールの被害状況はと言うと、ITリテラシーが低い老人だけではなく、若年層の被害も増加して来ている。


その被害額は数億円にまでに上り、社会問題となっていた。



―ある街に、売れないピアニストがいた。


有名音大を1留して卒業はしたものの、ピアニストとして生計を立てるには知名度も実績も無く、厳しい生活を強いられていた。見た目は細身の体系で黒髪/長髪なのだが、芸術性は感じるものの清潔感は無い。例えるなら黒い丹頂鶴のような見た目であった。


いかに生活が厳しくとも、ピアニスト以外では生計を立てるつもりなど毛頭無い、芸術に対する妙なこだわりと頑固さを兼ね備えている性格だった。



語弊があるようだが、食えない=決して才能が無いという訳ではない。


むしろ彼は常人では理解し得ない、突飛なポテンシャルを持っていた。


ある日、その黒い才能が開花する。


「 はぁ バイトでもすっかな。 ん!? 」


たまに依頼がある地下アイドルへの楽曲提供やコンサートの手伝い等では到底食えず、極貧生活を送っていたピアニスト。ふとスマホに流れて来た高額バイト募集の広告が目に留まった。


「 ライター募集ねぇ? ほぅ 」


芸術肌のピアニストはライティングのバイトにもすぐに興味を示した。しかも破格の高額バイトである。ただ詳細の記述は少なく、明らかに怪しい雰囲気が漂っていた。


「 これって闇バイトなのか?? 行ってみっか 」


怪しいとは承知の上で、好奇心もあって敢えて募集に乗ってみる事にしたピアニスト。現地へと向かう。


薄暗い路地裏に建つ、小汚い雑居ビルの8F。錆びた鉄製のドアをノックすると、編集長らしきちょい悪オヤジがくわえタバコで出て来た。


「 あ? お兄さんバイト希望か? 」


古く狭いリビングに案内されると、最短距離を走るやり取りが始まった。


「 な、なるほど… 試しにやってみるか 」

「 フンッ よし採用だ。 さっそくだが… 」



―月日が経過したある日、音楽関係の事務所からDMが送られて来た。どうやらSNSに投稿していたピアノ演奏動画が目に付いたようだった。


プロも素人も彼の楽曲に瞬く間に酔いしれた。絶賛OF絶賛の嵐。何本か投稿した演奏動画はバズりにバズりまくった。


このご時世、スターになるってのは一瞬のきっかけで決まってしまうものだ。


こうして売れないピアニストは、瞬く間に有名ピアニストに成り上がって行った。


巨額の富と名声を得て、生活も一転したかのように思えたのだが、あの”怪しいバイト”だけは辞めていなかった。


…正しくは、辞められなかった。



カタカタカタ…


自宅のPCでタイピングをしているピアニスト。


鍵盤からキーボードへと奏でるツールこそ変わったが、流れるようにブラインドタッチをするその美しい指さばきは脱帽である。


時より目を瞑りながら脳内にてイメージを膨らませ、ひたすらタイピングを繰り返す、ピアニスト。ぼさぼさだった黒髪長髪も、どことなくおしゃれさが増し、清潔感が漂っていた。


カタカタカタ…


そのディスプレイに打ち出された文字は…


途中まで書かれた、迷惑メールの文章であった。



彼は、迷惑メールをタイピングすると同時にオリジナルの楽曲を作曲をしていたのだ。

皮肉にも、その迷惑メールの内容が害悪で下世話であればあるほど、創られる楽曲は繊細で美しいい旋律を奏でる曲となった。


この犯罪に片足を突っ込んだ作文/作曲作業を繰り返すには、代償もちゃんとあった。


名曲が出来れば出来る程、比例して被害者も増えて行く。称賛とクレームのアンサンブル。


ついには、その被害は知人や身内にまで及ぶようになっていた。…その反面で、皮肉にも称賛される楽曲の数々。


マグニチュード800ほどに左右に激しく揺れるジレンマ。分かっている…分かってはいるんだ…でも。 結局は辞める事が出来ず、良心と邪心のはざまで圧迫された精神はどんどんと削られて行った。


やがてガリガリに痩せこけ、ギョロ目になってしまっても、ひたすらタイピングを繰り返すピアニスト。


容姿はスラム街の野良ガラスのように激変したが、華麗な指さばきだけは変わらなかった。ただ、奏でる音色は自らを葬るレクイエムのように聞こえた気がした。


いつしかギョロ目のピアニストは、その姿を消してしまった。



―それから数年が経った。

今日は、絵に描いたような晴天がすこぶる気持ち良い。


雑踏に耳を傾けてみる。



「そう言えばあのピアニスト最近全然見ないねぇ。」


「って誰だよ、懐かしいなw」


「あれ?クスリでもやって捕まったんだっけ??」


「それにしても最近また迷惑メール増えて来たよなぁ」


「そうそう、巧妙過ぎてマジうぜぇ」


「それよりさぁ、あの曲聞いた?めっちゃ良くね?」


「だよねー めっちゃイイよなー!!」


「あれは神曲だな!再生回数ヤバいだろww」


<Fin>


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