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肌で感じる二重の体温


どの界隈にもスペシャリストは存在する。

”プロ”と称してしまうと、収益を得て活動する事が前提で成立する表現なので、今回言及するスペシャリストとは少々ベクトルが違う。


あくまでも純粋なスペシャリストである。


こと”かくれんぼ”業界にも当然スペシャリストは存在しており、毎年報道される行方不明者の7~8割は、誰からも見つけられないままこの世から行方をくらませた、かくれんぼのスペシャリストなのでは?という噂さえ存在する。


何故、全力で姿をくらますのだろうか?


犯罪絡みだったり、国家機密だったり、はたまたプライベートでの些細ないざこざだったり… 物理的な身体だけでなく、戸籍を抹消する等、この世から姿を消す理由や手段はそれぞれあるだろうが、その中でも極一部に限り、純粋に”かくれんぼ”の勝負をしている輩も存在する。


見つかってもペナルティは無いし、見つからずに隠れ切った事でのリターンも当然無い。


そこには、「探す者」と「隠れる者」の”プライド”のみが存在する。




隠れる側のスペシャリストは、隠れるための武器とも言える、独自の「死角」を、もれなく持ち合わせている。


生まれ付きの家系で備わっている先天的な「死角」もあれば、努力の末に身に付けた後天的な「死角」もある。


この「死角」情報が相手方にバレた時点で隠れる側のかくれんぼ能力は0に等しくなり、やがて引退を余儀なくされる。それぐらい”かくれんぼ”業界における「死角」は、重要なファクターなのだ。



「死角」の使い方については、後天的に身に付けた物であればコントロールが可能であるが、生まれ付き「死角」を持って誕生した幼児には、注意が必要だ。


産まれて来てすぐに、偶然「死角」に入り込んでしまった赤ちゃんを助産師さんが見失ってしまい、産声を辿り何とか見つける事に成功したなどの事例も稀にある。


また、小学生の時の何気ない”かくれんぼ”にて、無意識に先天的な「死角」に隠れてしまい、数十年の後、還暦を迎える頃に自ら出て来たみたいな事例もあったりする。


かくれんぼエリート階級界隈では、こういった幼児の「死角」については、「死角」あるあるとして常識らしい。コミュニティ内では、未然に事故を防ぐための講習会もあるようだ。





ここに、40歳を超えてから、ある「死角」を身に付ける事に成功した、歪んだスペシャリストがいる。



この男、純粋に”かくれんぼ”勝負をするような存在とは無関係の、生粋の変態ストーカーである。


好意を寄せた人間に対し「より近い距離でその人を感じていたい」という気持ち悪さが突き抜けており、その異常性を極限まで追求する事で、いつしか前代未聞の「死角」を身に付ける事に成功した。



そして、今まさにこの「死角」を使って”かくれんぼ中”なのだ。



ドックン… ドックン…



ターゲットとなった30代半ばの女性は、いつからか自身の鼓動に違和感を覚えていた。少しゆっくりしているというか、もっさり重たいというか。心臓に”生温かい何か”が纏わり付いているような感覚だ。


ただ、それが原因で体調不良などには至っていなかったので、差ほど気にはなっておらず、普通に日常生活を送っていたと言う。


このまま、平穏な日々が続くと思っていた。


しかし、


ある日、この女性が定期健診にて人間ドックを受診した際に、急展開を迎えることになる。


なんと…


レントゲンに、見知らぬ”男の姿”が写っているのが見つかったのだ。


!?

混乱は思考を停止させる。



あり得ないのだが、まるでタイトな全身タイツを着ているかのように、ピッタリと身体に重なっている男の影があるのだ。身体の輪郭が二重になっているかのようなシンクロ率だ。


ストーカーの男は、独自に身に付けた「死角」を駆使し、ターゲットの身体の”内側”に潜んでいたのだ。


時々耳の穴がもぞもぞするのも、いつもより鼻息の温度が熱く感じるのも、身体の一枚内に潜む、この男の仕業だったのか…。当然、男の表情は見えないので想像でしかないが、ニヤニヤした顔で、女性の鼓動に合わせ内側から心臓を優しく握っていたそうだ。



ドックン… ドックン…






前代未聞の事象により、世のパニックを避けるため報道は規制され、この事件が表に出る事は一切無かった。


ご察しの通り、皮肉にもかくれんぼに全く興味が無いこのストーカーが、この世から完全にその存在を抹消する事に成功したのである。


最近、鼓動にねっとりとした違和感を覚えている方がいらっしゃるようであれば、レントゲンを撮る事をお勧めします。

望まずとも、”探す側”のスペシャリストになれるチャンスかもしれません。


<Fin>



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