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重版へ求愛行動を続けて3年が経った

重版。甘美な響き。

すべての著者が愛する単語。新聞広告やSNSには、日々「重版出来!」の文字が並ぶ。

これは重版に向けて、3年間ひたすらひとつの本を告知し続けた、求愛の記録である。

逆風の出版

初めて本を出したのは、3年前のこと南極から部屋の中まで、さまざまな場所での旅行記をまとめた一冊だ。
奇しくも企画を立てた直後にコロナ禍に突入して、旅行業界に風速90mくらいの逆風が吹き荒れる中での出版であった。詳しい経緯はこちらに書かれている。

どんな日常にでも旅を見つけたい ー そんな思いを込めて『0メートルの旅』と名づけたこの本は、僕の中では180%出し切って、めちゃくちゃ面白い本になったぞ!!!やばい!!!という会心の出来であった。
紙の本としても「章が進むごとに紙の素材やフォントが変化していく」という凝りまくった作りで、見本を手に取った瞬間、僕は確信したのだった。

重版、しちゃうな……

そしていざ予約がスタートすると、たくさんの予約をいただいた。Amazonでは「ベストセラー1位」のオレンジのタグが連日ついたりして、僕はまた思った。

発売前重版、しちゃうな……

いやちょっとそれは高望みしすぎだな、と思い直したら本当に高望みだったわけだが、ただ2020年末に販売開始した『0メートルの旅』の売れ行きは、それなりに好調のようであった。
何より、読者から続々と感想をいただいて、どれも骨の髄にまで染みわたって、打ち震えた。書店の旅行関連の棚は縮小の一途を辿っていたが、エッセイ棚に自分の本を置いていただいてるのを見て、また打ち震えて、たまにこっそり自分で買った。

求愛の始まり

そうして1ヶ月が過ぎた頃、担当編集者のダイヤモンド社・今野良介さんから連絡があった。
あ〜、ついに「しちゃった」かな…とソワソワしながらメッセージを開いたところ、「重版に向けて、もう一押しなんかやりたいですね!」という提案だった。

重版への道は、甘くない。

僕はようやく気づいた。いくら自分では最高なものを作ったと思っても、世の中には無数の最高なコンテンツが存在する。現に書籍だけで、年間に何万点も出版されているのだ。
その中で、有名人でもない、ただの会社員(兼Webライター)の書いた本を選んでもらうためには、作るだけでなくて、届ける努力が必要だった。

重版は、待ってるだけではやってこない。そこで僕は、重版への積極的な求愛行動を開始した。書籍の一部を無料公開したり、書籍をPRするための記事を書いたり、刊行記念イベントを主催したりした。
イベントでは、渋谷のLOFT9で旅に関するパネルトークを行い、ゲストに本物のヤギを呼んだ。これにより、史上初の「ヤギによる重版」を狙ったものの、それには至らなかった。
ただイベント自体はめちゃくちゃ楽しかったし、この時にできたゲストとのご縁は(ヤギ以外)ずっとつながっていて、こういうのも本を出してよかったことだよな〜と今でも思う。

渋谷の会場へ向かう様子(引率:砂漠さん、撮影:仁科勝介さん)。
ヤギさんは途中で文字通り道草を食っていた。

さて、そんな中で重版への最大の切り札と考えていたのは、今はなきTwitterであった。
発売後からたくさんの感想を「#0メートルの旅」というハッシュタグで呟いてもらっていたのだが、いつしかこのハッシュタグが自然発生的に、「過去の旅の思い出を呟く」という用途で使われ始めたのだ。書籍のタイトルが一人歩きしていた。ちょうど二度目の緊急事態宣言が出た頃で、みんな旅への欲求が高まっていたのだろう。
このタグをもっと使ってもらおうと、僕は思いつきで「このハッシュタグが使われた投稿を全部まとめて、一つの架空の旅行記にします!」という企画を始めた。そしたら一日で1000件以上の投稿があった。

僕は確信した。

これは、刷っちゃう(重版しちゃうこと)な……

ただ大量のエピソードが集まったはいいものの、それをひとつのストーリーにまとめるという作業は、想像をはるかに超える大変さだった。もっと甘いレギュレーションにすればよかったと後悔しながら、毎日毎日書いたけど、全然終わらなかった。
せめて途中で重版してくれたら頑張れるのにな…と僕は重版のほうにチラチラと目をやっていたのだけど、重版は一向にこちらに振り向こうとしないのであった。
結局4ヶ月かけて、5万字くらいの旅行記ができた。

そしたら重版しなかった。

ちなみにこのハッシュタグは今でもXに残っていて、いろんな何気ない旅の思い出 ー 絶景やグルメだけじゃない、本当の旅の記憶がたくさん覗ける場所となっている。やっぱりやってよかった。

倦怠期

発売から半年以上が経っても、僕の重版への求愛行動は続いた。

SNSやnoteでしつこく本の宣伝を続けたところ、逆にフォロワーが減ってびっくりした。宣伝というのは、嫌われるのだ。それでも、「ダサいダサいごめん」と心の中で謝りながら、バズったツイートに本のリンクをぶら下げまくった。

そのうち、僕はだんだん「重版って数字のトリックかも」的なことを思い始めるようになった。
重版は「刷った部数 < 売れる部数」になると発生する。つまり売れた部数と同じくらい、刷った部数も重要になってくる。「わざと少ない部数で刷って、すぐに重版をかけて宣伝に使う」みたいな手法があるという噂を、耳にしたこともあった(本当かどうかは知らない)。
だから数字のトリックというのは一面では事実なのだが、これまで重版したがっていたにも拘らず、急にそのように方針転換するのは、ツイートをぶら下げるよりダサい。いくら経っても重版が振り向いてくれないから、まだ付き合ってもないのに、倦怠期になろうとしていた。

しかしここで、またもや転機が訪れる。

『0メートルの旅』が「斎藤茂太賞」の最終候補に残ったという連絡が届いたのだ。斎藤茂太賞とは、以前オードリーの若林さんが受賞したことでも話題になった、旅行記の文学賞である。文学賞。甘美な響き。

最終候補に残った時点で、もちろん僕は思った。

ああ、ここで刷られちゃう(重版されちゃうこと)のか〜。

さらに思った。

刷り刷りされちゃう(3版も出ちゃうこと)かもな〜。

緊急事態宣言がまた出て、選考会の日程は延期が続き、やきもきしながらその日を待ったが、いざその日が来たら、普通に落選してた。重版はされなかった。

落ちた代わりに盾をもらった。ありがとうございます。

その後も僕は地道な求愛行動を続け、ありがたいことに、読者の方の『0メートルの旅』の感想も、ずっとどこかに上がり続けていた。

書店がオリジナル帯を作ってくださったり、

読者の方から長文のハガキを送っていただいたりもした。これは嬉しすぎて額縁に飾った。

こういった感想が届くたびに、本を出してよかったな〜としみじみ思った。

この本は、担当編集の今野さん曰く、販売部数に比して、感想の数がかなり多いという。そのせいか、周りの人にはすでに重版済みだと思われてたりして、僕も「実は重版しているのでは?」と隠れ重版を疑った。そんなことはなかった。

でもとにかく、僕は感動していた。

自分の作った本に、数年経っても感想をくれる人がいるのだ。今も誰かの本棚にあの本があって、ページを開かれたり、あるいは積読されたりしている風景を、いつまでも想像できる。
これは他では味わえない喜びだった。Web記事は瞬間風速が強い一方で、どれだけバズっても、一週間もしたら感想は急減していく。本というのは、そのような拡散が起こりづらい代わりに、寿命の長いプロダクトなのだと思った。
だから重版がどうこうよりも、長く読まれる本になるといいなと、今度は純粋に思えた。

新たな不安「絶版」

『0メートルの旅』はじわじわと一定して売れ続け、在庫数も着々と減っているようだった。本には書店からの返品制度があるから、在庫数は逆に増えることもありうる中で、着実に減っているのはありがたかった。だが在庫数が減っていくにつれて、新たな不安が頭をもたげた。

絶版、しちゃわないか?

本の在庫がなくなったからといって、必ずしも重版されるわけではない。むしろされない本も多い。
重版とは単なる在庫補充ではなく、「新しく刷っても売れるだろう」という期待から実施される追加投資なのだ。投資をしないという判断になれば、それ以上は刷られない。すなわち、絶版になる。

絶版になっても電子書籍や古本屋で買ったり、図書館で読むことはできる。でももっと、いろんな人にこの本を手に取ってもらいたい。そのためには、もっと長く新刊書籍として届けたい。

たしかに世の中には無数の最高コンテンツがあって、『葬送のフリーレン』はマジ面白いし、『変な家』とかひっくり返るほどの完成度で、あと寿司とかもかなり美味いけど、それでも『0メートルの旅』も面白いからぜひ読んでもらいたいと、僕は思う。おそらく僕がこの本のことを一番好きで、なぜなら自分が一番書きたいことを書いたからであって、だとしたら僕が宣伝しないで、誰がするのか。

そう思って、ずーーーーーーっと宣伝を続けた。ただリンクを貼ってももはや見向きもされないだろうから、手をかえ品をかえ、本の告知につながることはなんでもやった。

2023年になってからも、やっと旅行できる日常が戻ってきたと息巻いて、

自分のやってるPodcast(これも本のイベントきっかけで始まった)に担当編集の今野さんを呼んでみたり、

書籍の一部をまた公開してみたり、

同じく会社員として旅行記を出版した、田所敦嗣さんとの対談を組んでもらったりした。

「推し活」という言葉は、僕にはそういう存在がいないからピンと来なかったのだけど、振り返ればこれも一種の推し活だったのかもしれない。
重版への求愛は、本そのものへの求愛に変化していた。そしてそうやって企画したイベントや記事は、どれも愉快な記憶として残っている。旅は目的ではなく過程にある、と本の中で書いたのだけど、本を広げることだって、過程にこそ愉しみがあった。

そうして先日、11月22日。いい夫婦の日。
『0メートルの旅』刊行から、丸3年。

「爆泣き」というメッセージが唐突に今野さんから届き、

重版が決まった。


ヤッター!!!!!!!

やっぱ普通に嬉しい〜〜〜!!!!!!!

ひょ〜〜〜〜!!!!

発売から3年も経って重版が決まるというのは、あまりないことらしい。それもこれも、たくさんの人が感想を書いてくれたおかげだ。感想というのは普通に嬉しいだけではなく、本の寿命を延ばすほどの力があるのだと知った。僕も面白い本があったら、もっと積極的に感想を書いていこうと思った。

いやあ、それにしても嬉しい。
別にベストセラーになったわけでもないし、たかが重版で大袈裟な…と思われるだろう。でもこれでこの本は、もっと長く読まれることができる。書店に置いてもらえるチャンスが増える。この本の魅力を自分で伝える機会を、もっと持つことができる。それが素直に嬉しいのだ。

0メートルの旅。とても面白いと思うので、旅行のできる日常が戻ってきたこのタイミングで、ぜひ読んでみてください。旅のおともに持っていくのにも、家で旅行気分を味わうのにも。紙版の仕掛けがすごいので、紙版の書籍をかなりお勧めします!
書店の方へ。もし販促活動でお手伝いできそうなことがあれば、お気軽にお声がけください。Amazon等にレビューがたくさんあるので、仕入れの参考情報にもしていただけると思います。

編集者の凄さについて

最後に、担当編集者である今野良介さんの凄さを語りたい。

本の執筆中に僕が迷ったとき、今野さんはいつも「で、岡田さんは何を書きたいんですか?」と返してくれた。文章を直されるというより、僕が本当に書きたいことを、一緒にすくい上げてくれるように感じた。これが書籍編集者の仕事というものか、と思った。

そしていざ出版された後は、3年間、ずっと本を広げる手伝いをしてくれている。3年経っても、上述の対談企画のような、新たな販促企画を提案してくれたりする。
僕は今でも自分の書籍名でエゴサーチをしているのだけど、感想を見つけたときにはすでに、今野さんにリツイートされていることが多い。担当書籍を何十冊を抱えている中で、本当にすごいと思う。これはもはや編集者の仕事の枠を超えている気もする。今野さんの日々の告知活動を見て、自分が面白いと思うなら、堂々とそれを言い続ければいいのだと思った。

だからもう一度書いておくのですが、『0メートルの旅』、面白いと思います!!!よろしくお願いします!!!!!



そしてついでになのですが……『0メートルの旅』以降に出た他の書籍2冊も同じく面白いと思うので、あわよくばセットで読んでみてください!どちらも『0メートルの旅』の延長のつもりで書きました。だから最初の1冊がまず読まれて欲しかった。

10年間飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい(河出書房新社)
『0メートルの旅』は部屋で終わりますが、この本はそのまま部屋から一歩も出ずに、部屋の中で観察と記録を続けます。
例えば掲題の章は、飲みかけのまま放置していたペットボトルに妙に愛着を覚え、10年間一緒に暮らした記録です。他にも、ドコモの取扱説明書554冊を読んでメールの例文に出てくる「ドコモ太郎」の人生をたどったり、きかんしゃトーマスを全話見て事故の傾向を分析したり、変わったエッセイたちが7本収録されています。

1歳の君とバナナへ(小学館)
一年間の育児休業を取得して、子どもと過ごした日々を描いた、「子との旅行記」です。全文が「子に向けた手紙」という体裁になっています。
『0メートルの旅』では遠く(外)から近く(内)へ向かい、『10年間の飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい』でそのままずっと内にこもっていました。この本は再び外へと他者へと向かう本です。
そんなこともあって、最後の章では、『0メートルの旅』の冒頭に重ねた文章を忍ばせていたりもします。

なにとぞ!

テンション上がって撮りすぎた。

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