kawaru-gawaru (短編小説)

ぼくの自宅からみてちょうど真向かいに、手入れのよく行き届いた雑木林がある。その中へと分け入り、舗装されていない細い一本道をしばらく歩くと、少しだけ奥まったところに三差路がみえる。三差路のいちばん右をそのまままっすぐ進めば、木々の葉がいよいよ覆い重なって、昼でも太陽の光が見えないほどの暗さとなる。しかし、その場でじっと立ち止まったまま目を凝らしてみれば、真あたらしい新築の家がみえるだろう。白くて小柄で初初しい、差し掛け屋根の一軒家。そこに双子の姉妹がたったふたりだけで暮らしている。

十代の半ばくらいだろうか、まだずいぶん若い双子の姉妹である。しかしながら、ぼくはその姉妹がふたりとも揃っているのをまだ一度も見たことがない。あるときは片方が、またあるときはもう片方が、ぼくに気さくに挨拶してくれる。どうにも不思議なことだ。この近所に住む者で、双子姉妹の両方が揃ってお出ましになる姿を見たことのある者は、いまだかつていないのではなかろうか。あくまでこれはただの噂を聞いたにすぎないし、若干ぼくの憶測も混ざっているかもしれないが、しかしあれは間違いなく「代わりばんこ」というやつだ。そう思えてならなかった。 

とある週末のことだ。ぼくは遠方の出張地に行ってきた帰りに、かの双子姉妹の家に、たまたま手土産をあげようと思い立った。九州の白玉まんじゅう。ぼくがインターホンを鳴らしたとき、玄関へ出てきたのは下の妹のほうだった。大きすぎて目の隠れる帽子をかぶっているほうがいつも妹だ。ぼくが箱入りのまんじゅうを手渡すと、隙さえ見せずにすぐ「姉さんに伝えてくる」と言ったまま家の中に引っ込んでしまった。朝の早い時間帯だったからだろう、家の奥からは少しほど、白飯の炊けるにおいと、たくあんの煮物のにおいがした。ぼくはしばらくそのまま玄関先で待っていたが、妹が引っ込んだきり戻ってくる気配はなかったから、そのままそっと戸を閉めて、姉妹の家を後にした。

さてその日の夕方になって、さっきのお礼を言おうとぼくの家まで来たのは、今度は姉のほうだった。「妹は今は忙しいので……」とつぶやいて、そそくさに、抱えていたカボチャをぼくに手渡した。「庭で取れたんです」と言わんばかりの表情だった。ぼくは手の甲で、姉のほっぺにそっと触れて、「ありがとう、いつも」とだけ言っておいた。

こうやって月に何回かの頻度で、ぼくはこの双子姉妹と、食べ物をお裾分けし合ったり、立ち話をしたり、何かしらの形でお世話になる機会が多々あった。それはいつも決まっている。朝に妹、夕方は姉。くり返し、くり返し、おとずれる。いつも、いつも、決まっている。その循環がやがてぼくの中で日常となっていく。朝に妹、夕方は姉。くり返し、くり返し。いつも、いつも。しだいに、双子姉妹がぼくの中に、溶けこむ、溶けこむ。ぼくも双子姉妹の暮らしの中に、融和する、混ざり合う、同化する。

双子のふたりとぼくの接点は、しかし、そう長くは続かなかった。姉が結婚するために別居することに決まったのだった。それに伴って、妹のほうも今いる家を離れて、別のアパートで一人暮らしをするのだそう。あれだけお世話になったぼくからしてみれば、寂しさがこみ上げないはずもなかった。

引っ越しが間際に迫ったある日、双子の妹が、ぼくに「来てほしい」と言った。その日はめずらしく夕方に妹が姿をあらわしたから少し奇妙にも思ったが、とにかく言われるがままに、ぼくはついて行くことにした。向かった先は繁華街の一角にある喫茶店だった。飲み物と軽食をたのんで少しばかり他愛のない話をしていたが、脈絡もないのに「私って、ほんとうは妹だと思う?姉だと思う?」と急に聞かれたものだから、ぼくはどう返答すればいいのか分からなくなった。

「妹さん……じゃないのかい? きみは。」とぼくは尋ねた。

「あのさ……あなたのせいで、わたし……姉になったんだよ……」

ぼくは一瞬にして背筋が凍ってしまった。

「ねえ……わたしの……お母さんに……さ……」

いったい夢の中でぼくが何をしたというのだ! 頭が真っ白になった。気づいたらすでにぼくは喫茶店のレシートを片手に強く握りしめたまま、高架下の車道のガードレールすれすれを唸り声をあげながら一目散にどこまでも走っていた。視界はぼやけているし、頭にはズキッとした瞬間的な痛みが何度も起きる。片方の靴をどこかへ捨ててしまった、ほとんど裸足で走っている。気を失いかけて、呼吸を、呼吸だけを、ただ必死に立てている。もはや何からも逃れることができない自分がつらかった。

どれほど走っただろうか。ぼくが倒れ込んだのは、ちょうど、坂道になったアスファルトの道路の上だったように思う。意識は朦朧としていたが、気は確かだった。あらためて思えば、痛いほど身にしみてわかる、ぼくがこれまでずっと見ていたあの双子姉妹は、ほんとうは、あの双子の母親だったのだ。

……母親がふたりいる双子……ってこと……。

ぼくはあのまま野垂れ死んでしまいたかった。けれどもそれすらも失敗してしまった。だから今のぼくがいる。あの日ぼくがした失態は、いつかまたぼくが、引き受けよう。


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