太宰治『苦悩の年鑑』

 所謂「思想家」たちの書く「私はなぜ何々主義者になったか」などという思想発展の回想録或いは宣言書を読んでも、私には空々しくてかなわない。彼等がその何々主義者になったのには、何やら必ず一つの転機というものがある。そうしてその転機は、たいていドラマチックである。感激的である。
 私にはそれが嘘のような気がしてならないのである。信じたいとあがいても、私の感覚が承知しないのである。実際、あのドラマチックな転機には閉口するのである。鳥肌立つ思いなのである。
 下手なこじつけに過ぎないような気がするのである。それで私は、自分の思想の歴史をこれから書くに当って、そんな見えすいたこじつけだけはよそうと思っている。
 私は「思想」という言葉にさえ反撥を感じる。まして「思想の発展」などという事になると、さらにいらいらする。猿芝居みたいな気がして来るのである。
 いっそこう言ってやりたい。
「私には思想なんてものはありませんよ。すき、きらいだけですよ。」
 私は左に、私の忘れ得ぬ事実だけを、断片的に記そうと思う。断片と断片の間をつなごうとして、あの思想家たちは、嘘の白々しい説明に憂身をやつしているが、俗物どもには、あの間隙を埋めている悪質の虚偽の説明がまた、こたえられずうれしいらしく、俗物の讃歎と喝采は、たいていあの辺で起るようだ。全くこちらは、いらいらせざるを得ない。
「ところで、」と俗物は尋ねる。「あなたのその幼時のデモクラシイは、その後、どんな形で発展しましたか。」
 私は間の抜けた顔で答える。
「さあ、どうなりましたか、わかりません。」
 余の幼少の折、(というような書出しは、れいの思想家たちの回想録にしばしば見受けられるものであって、私が以下に書き記そうとしている事も、下手をすると、思想家の回想録めいた、へんに思わせぶりのものになりはせぬかと心配のあまり、えい、いっそ、そのような気取った書出しを用いてやれ、とつまり毒を以て毒を制する形にしてしまったのであるが、しかし、以下に書き記す事は、決して虚飾の記事ではない。本当に、それは、事実なのである)朝、眼がさめてから、夜、眠るまで、私の傍に本の無かった事は無いと言っても、少しも誇張でないような気がする。手当り次第、実によく読んだ。そうして私は、二度繰り返して読むという事はめったに無かった。一日に四冊も五冊も、次々と読みっ放しである。日本のお伽噺よりも、外国の童話が好きであった。
 しかし私は、このような回想を以て私の思想にこじつけようとは思わぬ。私のこんな思い出話を以て、私の家の宗派の親鸞の教えにこじつけ、そうしてまた後の、れいのデモクラシイにこじつけようとしたら、それはまるで何某先生の「余は如何にして何々主義者になりしか」と同様の白々しいものになってしまうであろう。この私の読書の回想は、あくまでも断片である。どこにこじつけようとしても、無理がある。嘘が出る。
 私は、純粋というものにあこがれた。無報酬の行為。まったく利己の心の無い生活。けれども、それは、至難の業であった。私はただ、やけ酒を飲むばかりであった。
 私の最も憎悪したものは、偽善であった。
 キリスト。私はそのひとの苦悩だけを思った。
 関東地方一帯に珍らしい大雪が降った。その日に、二・二六事件というものが起った。私は、ムッとした。どうしようと言うんだ。何をしようと言うんだ。
 実に不愉快であった。馬鹿野郎だと思った。激怒に似た気持であった。
 プランがあるのか。組織があるのか。何も無かった。
 狂人の発作に近かった。
 組織の無いテロリズムは、最も悪質の犯罪である。馬鹿とも何とも言いようがない。
 このいい気な愚行のにおいが、所謂大東亜戦争の終りまでただよっていた。
 東条の背後に、何かあるのかと思ったら、格別のものもなかった。からっぽであった。怪談に似ている。
 どうなるのだ。私はそれまで既に、四度も自殺未遂を行っていた。そうしてやはり、三日に一度は死ぬ事を考えた。
 しかし彼等は脅迫した。天皇の名を騙って脅迫した。私は天皇を好きである。大好きである。しかし、一夜ひそかにその天皇を、おうらみ申した事さえあった。
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 日本は無条件降伏をした。私はただ、恥ずかしかった。ものも言えないくらいに恥ずかしかった。
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 天皇の悪口を言うものが激増して来た。しかし、そうなって見ると私は、これまでどんなに深く天皇を愛して来たのかを知った。私は、保守派を友人たちに宣言した。
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 十歳の民主派、二十歳の共産派、三十歳の純粋派、四十歳の保守派。そうして、やはり歴史は繰り返すのであろうか。私は、歴史は繰り返してはならぬものだと思っている。
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 まったく新しい思潮の擡頭を待望する。それを言い出すには、何よりもまず、「勇気」を要する。私のいま夢想する境涯は、フランスのモラリストたちの感覚を基調とし、その倫理の儀表を天皇に置き、我等の生活は自給自足のアナキズム風の桃源である。

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