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【36歳OLいのさん】港区→鎌倉へ移住して2年が経ちました。

まえがき

ちょっと分岐点に入りまして、浸りたい気分でしたので今日は筆を取ります。
なお、この記事は語り口調で書きたいので、普段のnoteと言葉使いが少々異なります。(我輩的なww)
あー。いの語っちゃてるな~と思って読んでみてください。

あたしゃ語っちゃうよ

鎌倉に移住して2年経過。
丁度良い分岐点なので、少し語っちゃおうではないか。(長いよ)

正確には、港区→地元(いわき)→鎌倉といった流れで鎌倉に来た。
コロナの蔓延による引っ越しではなく2019年12月には退去届を出し、3月には退去をしたのだけど、海外ビザの申請も通らず、そして決めていた鎌倉の物件の内見がコロナ禍で中々上手くいかないということもあり、地元で療養することにした。

その時期に事業を譲渡する準備をしながら、飲食コンサルやSNS運用、新規事業立案サポートをミニマムにやる中で、2020年の2月i3DESIGN代表の芝さんにお声がけいただいて、カフェ時代も業務委託をしていた関係からまた業務委託を再開。
サーフメディア "QUIIVER"を作り、同年の11月に入社してからは、 KNOT online contest を0から立ち上げ運営してきた。もう間も無く、入社して2年経つ。

※これらのプロジェクトについてはnoteも書いているので、この記事から私を知った方の為に付随するリンクをつけちゃう作戦。

サーフメディア"QUIIVER"

KNOT online contest

2022年になり、Quiiverは3期目に入り継続中で、KNOTは法人化し、運営からは退き営業と広報をサポート。
最近では、会社の採用広報としてのキャリアをスタートした。

採用広報とはその名の通り採用に関する広報。
会社の公式noteを立ち上げ、毎週1か2の記事を上げている。
それ以外にも採用資料のディレクションも担当中。
毎日てんてこまいだ。

採用といったところでいうと、私はこれまで、自身の事業においてはリファラル採用(友人採用)をしてきた人間である。
それ以外だと、ブログやSNSからの応募が多かった。
要するに私の事業はほぼほぼ、身内に助けられて同じ思想を持つ仲間たちとやってきている。

企業においての人事の知見はないけれど、自身がこれまで培ってきたコミュニケーション能力は、是非とも上手に使いたいものだ。
それが文章で表現するという仕事なので、"書くこと"に対する意識は少しずつアップデートしてきてる。

これからも学ばなければならないものも沢山山積みだ。
でもこの歳で学習する事があるのは喜ばしい事だなと感じる。

若干アグレッシブな経歴を持つ私は、
振り返ると凸凹道を歩いてきたものだ。
全然IT化などされてない、泥んこまみれな人生。
沢山の失敗も重ねて、失ったものもある。
遠回りしたのかもしれない。
でも手に入れたものは経験という、素晴らしい財産となった。
多分私ほどの経験をしてる人は少数派だと思うので、いつかエッセイを書きたい。(出版社様ご依頼お待ちしてます)

☟自己紹介はここに書いてますが、実はもっとアグレッシブなエピソードがたくさんあります。w

一見バラバラに見えた経験は点と点がつながり、線になる。
無駄な経験なんて無いのだと今私は思う。

これまでもたくさんの場所を転々としてきた。
それは場所であり、仕事でもある。

ずっと生きづらいと思ってきたけど、今の世の中、そんな働き方や生き方が普通になってきた。

ようやく深呼吸ができるようになった。

様々なシーンでいろんなドラマをこの手で作り出してきた。(8割はお笑いであり、基本谷に落ちまくる)

そんな中で確信してるのは、私はこれからも沢山のモノ、ヒト、コトを繋げていくのだろうということ。
それらの事が、何かしらの貢献になれたのならばそれは素敵なことでは無いだろうか。

そして"書くこと"がメインの仕事となった今。
さらにこの世界を追求し深めていきたい。

さいごに

私は今この鎌倉の空と海を見て、インスピレーションをもらっている。
ちょっと疲れていたあの時、港区を飛び出してよかったと言い切れる。
あの場所にいた私は豆電球の様にギュッと何かに掴まれてギリギリ発電している様だったから。

私はこの先の人生をシンプルに欲に従い"自由"に生きていきたいなと思う。
その為に自分という素材を自然の中でアップデートしていきたい。

そんなことを思いながら、今右手にはしっかりと檸檬堂の旨塩レモンを握りしめているのであった。(チャンチャン)

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