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さらりと嘘をつくTinder男に騙されてあげている話【後篇】

前篇はこちらからどうぞ。


「20代前半にして3人子どもがいる、それも別々の女に」その事実を忘れたくて、悶々としながら脳みそを要らぬ情報で満たす作業(Twitterを見漁りひとつひとつのTweetに何かしらの感想を頭の中で唱える)を続けているとBから電話がかかってきた。

「…もしもし」「飯田ちゃん?なにまだテンション低いまま?さっきのあれ嘘だよ?嘘に決まってるでしょうが」「いやいやいや、ガチトーンやったやないか。今更嘘と言われても…そういや彼女はこのこと知ってるの」「嘘だよーごめんよー!子どもなんかいないよー!事実だったら俺最初に話してるに決まってるよー!この歳であちこちに3人も子どもいたらやばいでしょ!」

…あんなに真剣な表情と現実味ありありの内容だったのに嘘な訳がなかろう。それに、別れ際まで嘘をつき通す奴がおるか。普通そういう話はこちらがいい反応をしたらそこでハイ嘘でした、って言うもんじゃないのか。年上の女を騙すのもいい加減にしろ。これまでもこうして、その甘いマスクで女をあれこれと騙して来たんだろう。大きな茶色い瞳と長い睫毛、少し困り顔でにかっと笑う表情を、わたしの心を掴んでどきどきと揺さぶるその顔を、ありありと思い出してはいやになる。

わたしは一体何を勘違いして、こんな奴のことをまっすぐな愛情の持ち主だなんて思ってたんだ。イケメンがわたしを好きになるはずがないだろうになにを浮かれてたんだ。そもそも彼女がいるのにわたしにどっぷり愛情表現してくるあたりでダメ男だと気付かなかったのが敗因じゃないか、、、ってまあわたしだって旦那がいる身ではあるんだけど。ああすぐに人を好きになってしまって、すぐに人を愛してしまってなんとも恥ずかしい。万が一わたしまでうっかり妊娠なんてして4人目の子どもができたりしようもんならああもうどうしてやろうか。ああもうもうもう!もう!


適当にシャワーを済ませて寝たが、衝撃のせいだろう、翌朝はうなされるような感覚で5時に目が覚めた。あの野郎…。

とりあえず、朝になってそれなりに落ち着いてはきた。「ま、こんな奴もいるよな、Tinderだもんな」「こんなヤバい過去を持った男としばらく付き合った、というのも新たな経験。これもまた人生の糧になるだろう」というところまで自分の気持ちをなんとか持ってくることができた。基本的にわたしはポジティブである。こんな酷い経験をしても、人生なんでも経験なのだからまあいっか、おもしろいじゃん、と思うことができるくらいにはおめでたい性格だ。


「俺は本気だし結婚もしたい。旦那さんよりもあなたを幸せにする自信がある。俺のこと好き?どれくらい好き?うーん足りないな。俺の愛情がでかすぎるから足りない。でも、あなたも本気で俺のこと好きでしょう?じゃあもう他の男と遊ばないでほしい。俺は本気だからこうしてあなたに時間を使っている。それに普段は彼女がいても仕事後は実家に直帰してるんだけど、今回は実家に帰らずあなたの家に直帰して入り浸ってるから家族にも驚かれてる。あなたが引き続きTinderや何かで他の男と遊ぶなら、それはもう俺に本気じゃないってことでしょ、それは俺辛いんだよ。だからそうするなら、俺ももう諦めてここには来ない」そんな甘言を忠実に守っていたのが急にばからしくなった。というか、他の男に話を聞いてもらって慰めてもらわないと気が済まないような気がした。

Bの登場でフェードアウトしかけていた(させられかけていた)別のTinder男たちに、わたしは次々とLINEを送った。自分の勝手なタイミングでしか連絡を寄越さない東京のイケメンセフレ(ちなみに彼も出会いはTinder)からも丁度良く連絡が来たので、漏れなく報告してやった。

「やっぱりTinderの男は悪いやつばっかりやwww年下のイケメン子持ちに騙されてたわ〜」こう言うと男たちはみんな怖いね!やばいね!と同調してくれた。ああ優しい男たち。つって思ってもあんたらだって本当は奥さんや子どもがいるかもしれない、なんて不安になり、付き合いの深い数名には「実は○○くんも子どもいたりしないよね?」なんて聞いてしまった。ごめんよ、わたし、こう見えて意外と傷心してるんだ。結構ちゃんと好きだったんだ。人のことをすぐどっぷり好きになれちゃう才能の持ち主だから。「好き」の期間が短い分、立ち直りもきっと早いんだろうけど。



その夜、仕事終わりにまたBはのこのこと家にやってきた。会いたくないと言えば嘘になるし、というかなんだか騙されてたことが悔しいので、平気なふりしてまだまだいろいろ質問攻めにしてやる。こいつが最低な奴だともっとちゃんと実感できれば、すっぱり切り捨てられていいかもしれないし。

Bはゲラゲラ笑いながらわたしを抱きしめて謝った。わたしが本気で信じたなんて思わなかったらしい。「嘘だとしたらわたしが傷付くような嘘をつく理由がわからんし、嘘をつかれたことがそもそもショック。ほんまだとしたらそんなあちこちで3人も子ども作っちゃうような人とは結婚できない。もうあんたはその演技力で詐欺師か俳優にでもなれ」抱きしめられながら、わたしは昨日までとは明らかに違う態度で、Bにそう吐き捨てた。するとBは、じゃあ、今度戸籍取ってきて見せるよ。それなら安心するでしょ?と。うーん、多分戸籍に載らないようにいろいろ手段はあるんだろうから、それで完全に子どもがいないという証明にはならないのでは……

まあでももういい。どうにもならないから、もういい。いくらわたしが疑ったり信じたりしたところで過去のことなんて結局本人にしか分からないのだ。とりあえず、別にわたしたちはただの浮気/不倫関係なんだからなにかで縛られているわけでもないし、いまのところお互いを好きで会いたいっていう気持ちがある以上は一緒にいよう。やっぱり、急にいなくなっちゃったらそれはそれで寂しいのは事実。こういうところがクズなんだよな、わたしも。もうしばらくは愛される幸せを噛みしめながら、騙されておいてあげようね。



そんなところで、結果わたしとBは今もほぼ毎日のように一緒にいる。Bは大っぴらな性格かつ家庭環境も少し特殊なため、20代前半男性なのだが世間一般の彼らとは違い、家族と恋愛やセックスの話もできるらしく、わたしの存在を友人だけでなく家族にも話しているそうだ。彼女がありながらそれよりも惹かれる年上の既婚女の家に通っている、彼女にはコロナの自粛期間が明けたらきちんと別れ話をすべく会いに行くつもりでいる…なんて心の底からばかみたいな話だ。反対されたり、あなたの人生だから好きにしなさいと言われたり、今の彼女とすぐ別れると思ってたからなんとなくそうなる気持ちは分かるよと言われたり、反応も様々なのだと。

不倫ってばれると慰謝料取られたりするの、知ってる?と聞いたがそれでもいいらしい。これに関しての考え方は実はわたしも少し似ていて、好きな男と会っているときは気持ちが入っているせいかあまり罪悪感を感じずどっぷりしてしまう。一緒にいると楽しくて好きで、しかもいつ会えなくなるか分からない人に会って何が悪いのか。そんなばかな本能で理性を毎日殺す、無意識下で。そう、理性を殺すことを、今年になって覚えてしまった。勿論ひとりになった瞬間にふと、罪悪感で心が潰れそうにはなるけれど。


ああこんなこと、「正しい人たち」が聞いたらなんて思うだろう。正しく恋愛をしていた一途な頃のわたしが知ったらどう思うだろう。不倫って、当事者にならないとわからないものだ。絶対に自分はしないと思っていても、何らかのきっかけさえあればきっと誰しもこうなる時が来うる。生々しくて本能的で、常に終わりと隣り合わせ。そして何も繋ぐものがなくて曖昧だから、知らないうちにちぎれたって分からない。急にふっと終わるかもしれない、ふたりすら気付かないうちに。罪悪感がないと言った手前、悪くてきたないものだなんて本人が一番わかっている。だから苦しくて、その苦しさに溺れてしまってやめられないのだろう。




Bは昨夜も終電で家にやってきた。家族にまた行くのか、彼女はどうするんだ、家業の手伝いをする気はあるのか、などと怒られたそうだがそれでも毎日やってくる。たいそう熱心な男である。こういう本気を見せられると件の嘘(か本当か分からない子どものこと)がどうでもよくなってしまうが、ここで安心してはいけない。熱心さをアピールして子どもの件をうやむやにして忘れさせる…そんな作戦の可能性だってある。それにわたし自身にも言えることだが、熱しやすい人間は同時に冷めやすいのである。こんな不安定な関係で本気になったら負けだよなと常々思うが、わたしがそういう態度を見せてしまった瞬間、Bはもっと本気でぶつかってこいと笑うのである。愛情にしっかり見返りというか、同等な愛情を求めてくるのがおもしろい。好きだよとどれだけ伝えてもBはいつも足りないよと言って不満そうにしているけれど。


Bはたまにメンヘラを発動させて突如ネガティブ思考になる。わたしがかつて好きだった男や、Bと出会ったのと同じ時期に連絡をとっていた男たちからLINEが入ったりすると誰?セックスしに行っちゃうの?なんて言って不安がる。傷つくと分かっていながら、そんな男たちとの過去のLINEのやりとりを見たがることもある。そしてそれから数時間はどっぷり落ち込んでいるのだが、そんな時いつもわたしにこう言うのだ。

飯田ちゃん、俺はあなたと出会えてよかったよ。こうやって心の底から愛した女性だからあなたにはちゃんと幸せになってほしい。旦那のところに戻るのか、離婚して別の男のところに行くのかは分からないけど、飯田ちゃんが死ぬ時だとか、ふとした瞬間だとかに、俺と恋愛したな、これだけ愛されていたな、っていうことを思い出してくれたらこんな嬉しいことはないよ。あなたが幸せになってくれることが俺にとっては重要なことだからね。

遺言のようである。笑ってしまいそうなほど壮大だ。でもBはこんなことを切ない目をしながらゆっくりと、重々しく訴えかけてくるのだ、週一くらいのペースで。別に今わたしがBと誰かを天秤にかけているわけでもないし、わたしもBにまっすぐ向き合っているし、そして非常に悔しいがわたしだってBのことがものすごく好きなんだけれど。
偽りや一時的なものだったとしても、これだけ深い愛情に包まれて嬉しくない女性っているんだろうか。毎日目を見て好きだよと言われ、たくさんキスをされ、なんでもない瞬間に可愛いねと褒めて抱きしめられ、ここ数年ずっと足りていなかったセックスがじゅうぶんにできる。久しぶりの感覚に浮かれているだけなのかもしれないけれど、もうそれでいいのかもと思える自分がいる。

この満ち足りた気持ちが続くのならば、いつまでも笑わせてくれるのならば、綺麗なその顔を見つめていられるのならば、わたしはこのまま死ぬまで一生、なにもかもが嘘か本当かわからないこの男に騙され続けていようと思う。




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