笑う男@帝国劇場

終演後にすごく良いミュージカルを観た!と思いました。
今回の再演で初めて『笑う男』を観ました。
優しくて、暖かくて、悲しい。幸せとは何か、醜さとは何か、が時に皮肉も交えつつ描かれていて面白く、心動かされる場面も何度もありました。
ヴィクトル・ユゴー原作ということで頭のどこかにレミゼのイメージがあり次のシーンで悲劇が起きるんじゃないかと最初の方は勝手に身構えながら観てしまっていましたが、また違ったストーリー展開と、そしてレミゼにも通じるような愛の両方が観られて、良い作品でした。

浦井健治さんのグウィンプレン、すごく素敵ではまり役だと思いました。
若さゆえの勢いや甘さ、夢見がちな無邪気さと、優しさや真摯さが同居するグウィンプレンを演じるうらけんさんの真っ直ぐなお芝居に心が動かされました。ウルシュスやデア、一座の人々に愛される理由がわかります。同時に、世界を変えると決意した時の強さやデアを失って一切躊躇うことなく後を追う姿には若いだけではない底知れなさもあり、ますます魅せられました。
貴族院で現実を目の当たりにした時にグウィンプレンが感じたのは挫折だったのか、納得感だったのか、それとも他の思いだったのかと考えてしまいます。屋敷から出ていくシーンの表情と言葉のかたさと強さと、家族に再開した時の柔らかさと哀しさが対照的で印象深かったです。
ミュージカルナンバーもどれも聞きごたえがありましたが、特に気に入っているのは祐さんとのデュエットと貴族院での演説です。どちらも迫力があり、歌声が真っ直ぐに客席に届いて、響きました。
デアとの並び、お芝居、デュエットも暗いトーンのストーリーの中でとてもロマンチックで、夢のような組み合わせでした。

デア役の真彩希帆さん。真っ白な天使がそこにいました。壊れてしまいような儚げな佇まいが美しく、舞台に出てくるだけで存在感があります。そしてきぃちゃんが歌い出すと一気に惹きつけられて目が離せません。宝塚の時からすごく透明感のある鈴の音のような歌声という印象があったのですが、その歌声と今回のデア役がぴったりではまっていました。きぃちゃんの美しい歌声が、デアがグウィンプレンにとってもウルシュスにとってもまるで救いのような、光のような存在であるということに一層説得力を持たせていて、不思議な力があって聞き惚れました。
デアの一心にグウィンプレンを慕うお芝居もすごく健気で可愛かったです。デアの印象的な場面の1つが、一座の女性陣に励まされつつ皆で歌うシーン。デアを中心にぎやかで優しい場面で素敵でした。

デアとグウィンプレンの見世物小屋のシーンで、笑う男の芝居はビジネスで、おそらく何度も上演されているはずなのに、二人を見守るウルシュスと一座の皆さんの表情や目がこれでもかというくらい暖かくて皆して優しく見守っているのがすごくツボでした。うらけんさんときぃちゃんの真っ直ぐなお芝居と相まって、二人が今この環境でとてつもなく愛されているというのが随所から伝わってきます。
そして最後の海のシーンが、演出も舞台も向かい合うグウィンプレンとデアも美しすぎて、しかもお二人のダンスが心の底から幸せそうで、悲しみも愛も一気に押し寄せてきて、客席で泣いていました。

今回山口祐一郎さんがすごくかっこよくて、こういう祐さんが観たかったという思いがかなり満たされました。
直近で観た作品が王家の紋章だったのもあり何となく最近は一歩引いた柔らかい印象があって、もちろんそういう役も素敵ではあるのですが、個人的には祐さんは前に出て歌い上げてほしいという願望があるので、ウルシュスを観られて本当に良かったと思います。
口では皮肉も厳しいことも言っているのに、グウィンプレンとデアを部屋に迎え入れた時から3人で生きることを考えていて、グウィンプレンと対立する時も含めて全編通して父親としての優しさや暖かさが祐さんのお芝居に滲み出ていて、感情を寄せたくなる魅力がありました。あと祐さんあるあるだと思うんですが、半ば素が混じった?茶目っ気シーンが今回もあってこれも楽しかったですね。
曲もどれもよくて、中でも一番刺さったのは、膝の上で寝ているデアを想ってウルシュスが歌う曲でした。脆くて儚いデアの苦しみを自分が代わりたいと、これまで世界を皮肉っていたウルシュスが一心に祈る愛情深いその言葉と、祐さんの暖かく優しい歌声が心に響きます。祐さんの歌声は声の良さや上手さ、迫力だけじゃなく、すごく雄弁に語るので、もう涙が止まりませんでした。
そして、最後デアを抱えたグウィンプレンを見送るシーン。グウィンプレンが死んだと思い込んだ時も、デアが一人で死んでしまうと心配しているときも激しく動揺したり嘆いたりしているのに、グウィンプレンが海に身を投げると悟っているこのシーンで祐さんウルシュスはグウィンプレンにすごく優しい笑顔で笑いかけているように見えました。グウィンプレンとデアが二人で幸せでいることを一番に思っているウルシュスの愛情が溢れていて、感動します。

大塚千弘さんが演じられたジョシアナ公爵。こういう女性キャラクター好きです。大塚さんのスタイルが肉感的で生々しい美しさがあって、しかもそれを惜しみなく武器にしてグウィンプレンに迫っているのでオペラグラスで観るときちょっと緊張しました。普段宝塚を観ることが多いのでこういうシーンはびっくりします。でもしっかり観ました。
今回の公演は貴族パートのドレスがどれもシックな色味に片方の肩を出すデザインで享楽的で退廃的な雰囲気があってすごく素敵だったのですが、特にジョシアナ公爵の衣装はどれもこれもすごくセクシーで、それがとてもお似合いでした。特に好きなのが最初の舞踏会の豪華なドレスと赤い両肩が出たドレスです。
キャラクターも大塚さんのお芝居もとても濃かったです。ジョシアナ公爵の言動と考え方は結局自己愛を突き詰めた結果と解釈したのですが、それがストーリが進むにつれて魅力的に見えてきます。最初は恐らく退屈や現実を紛らわせてくれるアクセサリー程度の存在として笑う男を欲していたのが、過去の事実を知り、グウィンプレンの言葉に触発されて、目を開き一人で生きていくことを決めるジョシアナ公爵の変化や強さが大塚さんのお芝居に表れていて、最後にはもう一人のヒロインというよりはもはや貴族側の影の主役のように感じました。ムーア卿やフェドロを退ける姿がかっこよかったです。

吉野圭吾さんのデヴィット・ディリー・ムーア卿はいつもの吉野圭吾さんって感じでもはや安心感があります。ムーア卿はなかなか同情の余地のない下衆でしたが、それでもどこかカッコよさや、良くも悪くも人間味を感じさせて、こういう癖のあるキャラクターを魅力的に見せる腕は天下一品だと改めて思いました。
石川禅さんのフェドロ、かっこいい禅さんで楽しかったです! 社会を冷淡な目で眺めつつ、腹の中に何を抱えているかわからない得体のしれなさが素敵でした。

あと気になったのは、フィーヴィーの宇月颯さん。一座の姐さんっぽい雰囲気で目を引いたのですが、特にデアが亡くなったシーンで泣き崩れて全身で悲しみを表している姿が印象的でした。
蛇女役の人がめちゃくちゃスタイル良くて何度かオペラグラスで観ていたんですが、こちらも宝塚出身の美麗さんだったんですね。すらっとしてて目を引きました。

貸し切り公演だったので挨拶があったのですが、うらけんさんがこれまでご自身が出演されてきた作品と絡めて出演者の皆さんを紹介されていて、挨拶を聞きながら過去の公演が思い出されたり、出演者さん同士のつながりを感じたりで楽しかったです。願わくばまたダンスオブヴァンパイアが観たい。
きぃちゃんも挨拶ですごくしっかり話されていたのが印象的でした。可愛かったです。

今回は本当に主役コンビと祐さんに泣かされました。今思い返しても涙が出てきます。この作品をこのキャストで観られて本当に良かったです。