バイオーム@東京建物BrilliaHALL

好きかどうか。その次元を飛び越えて見せて、魅せて、みせてくる。
雑音がない静かな舞台。淡々と人間を描く物語。余韻を描く結末。
引き寄せて浸透する、バウホールで観た『月雲の皇子』の幕が降りたあの瞬間からずっと夢中である上田久美子先生の宝塚の作品と変わらぬ同じ力を持った作品。
とても面白かった。この作品に対して使っていい言葉か迷いが過りますが、しかし私の中にある語彙ではこれが一番しっくりきます。

2回観劇しました。
1回目はあらすじすら流し読みのほぼまっさらな状態で観たのですが、どうやら自覚していた以上に「宝塚ではない上田久美子先生の作品を目の当たりにする」ことに対して自分自身が身構えていたようで、幕が降りて真っ先に胸に湧いたものは上田久美子先生らしさを感じることへの安心と、宝塚を離れたという事実の理解でした。多分余裕がなかったんです。
2回目はパンフレットを購入し中身を一通り読んでから臨みました。だからといって特に作品理解が深まったわけではなく、単に肩の力を抜いて観ることができ、目の前で繰り広げられる物語をただ感じて、浸って、思いを巡らすことができたような心地になりました。

私は舞台に夢を求めているので、率直に言って描かれるテーマは好みではありません。そしてストレートプレイも苦手です。
それでも描かれる人間と世界に心が震えるような思いを味わい、涙が抑えきれないまま舞台を見つめ続け、繰り広げられる芝居に圧倒される。『バイオーム』は間違いなく面白い舞台でした。

スペクタクルリーディングとは舞台における特殊な仕掛けかと観る前は思っていましたが、劇場という閉鎖空間で迫ってくる感情に飲み込まれる体験そのものと思えて、私にとっての生の舞台を観ることの意味をこれでもかと実感する作品にもなりました。
もちろん、プロジェクションマッピングで表現される美しく異様な植物、植物と人間の世界が絡み合う構造、不思議で耳に残る旋律のどれも印象深く、引き付けられるものでした。

キャストの方も皆さん素晴らしくて、中でも惹かれたのが麻実れいさんと花總まりさんでした。

麻実れいさんはクロマツもふきもこの方のために描かれた、バイオームはこの方がいなければ成立しないと思わされるお芝居が圧巻でした。
そこにすっと立って、淡々と言葉を紡ぐだけで人間とは違う生き物であることをはっきりと感じさせる、ミステリアスな存在感を放つクロマツ。得体の知れない家政婦から一気に感情がむき出しにし、まるで歌うように滑らかに思いを語るふき。似ているようで全く異なる2つの役のいずれも説得力がありました。特に好きなシーンがふきの事情聴取~ルイの落下までの告白で、愛情と復讐心の混ざった感情が迸るようなお芝居に目も耳も全てが麻実れいさんに釘付けになりました。

もし怜子が花總まりさんでなかったら、おそらく私はバイオームを観ることはできなかったと思います。
私はお花様のお芝居が心底好きなのですが、その理由の1つがお花様のお芝居に宿るリアルとファンタジーのバランスが絶妙なところです。
エキセントリックな言動や周囲を振り回す激情で邪悪さまで感じさせる女が、お花様が演じるとどうしようもなく美しくなる。醜悪さを振りまき一線を踏み越えて、最後には壊れてしまう気迫のリアルと、しかし絶対に下劣にならない気高さ、美しさのファンタジーが両立するお方です。
怜子を演じるお花様の全身全霊のお芝居がとても見ごたえがあり、圧倒されました。

中村勘九郎さんのルイとケイは大人が子供を演じたり、一人で二人分の会話を繰り広げたりという違和感まで込みでルイとケイを作り上げられていたのがすごかったです。ケイと関わりながらルイが徐々に変わっていく姿は胸にくるものがありました。
野添義弘さんのクロマツの盆栽もお気に入りです。ケイとはまた違った人間と植物の狭間にある存在で、植物でありながら人間に(意図せず)寄ってしまうところが良かったです。あと盆栽の体勢がすごすぎる。全体的に仄暗いストーリーの中でコメディチックなシーンがちょっと息をつけてほっとしました。

次回の上田久美子先生の舞台はオペラの演出ですね。楽しみです。