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腐った樽:倫理的意思決定に影響を与える状況要因

人が倫理的意思決定をするか否かは個人要因のみに依存しているわけではない。むしろ、素晴らしい人であっても状況によっては非倫理的な行動を起こす可能性もある。すなわちその人が置かれていた状況が非倫理的な行動を促す(腐った樽)、ということである。よって、ここではこうした状況要因を整理する。

第一の状況要因は倫理的風土 (Ethical Climate) である。倫理的風土とは、何が受け入れられ、何が受け入れられないのかについての従業員たちの暗黙の理解、と定義され、この理論を提唱したVictor and Cullen (1988) によれば、組織における倫理的風土に対する従業員の認知は (a) エゴイズム、博愛、原則という三つの倫理基準と、(b) 個人、ローカル、コスモポリタンという三つの分析の所在という、3×3のマトリックス(すなわち九つの倫理的風土)によって描写することができるという。

しかし、実証の結果からはこの九つの次元が確認できていない (Martin and Cullen 2006; 山田, 中野, 福永, 2015)。ここでは、既存研究から分析結果の妥当性がある程度保障されている三つの倫理基準に基づいた倫理的風土を取り上げる。すなわち、エゴイズム、博愛、原則という三つの倫理基準である。

既存研究から、エゴイズムの倫理的風土は、非倫理的行動を促す要因になることが明らかになっている。エゴイズムの倫理的風土の下では、人は自己利益を追求するようになり、個人の手段的価値観に基づいて意思決定をする傾向が高まってしまうのである (Victor and Cullen 1988)。

一方、博愛主義的な倫理的風土は他人に配慮するという価値観を奨励するため、この倫理的風土に所属する人は倫理的意思決定が促されるようになる。最後に、原則主義的な倫理的風土は、人々に公的な規則に従うよう促すため、組織に所属する人は倫理的意思決定をする可能性が高まるようになる

二つ目の状況要因は倫理的文化 (Ethical Culture) である。文化と風土は似ているが異なる構成概念である。Treviño et al. (1998) によれば、倫理的文化は公式あるいは非公式の組織における統制システム(例えば規則、報酬システム、規範)などの点で組織を特徴づける働きをするという。

一方、倫理的風土人々が自分たちの所属する組織が一体どのようなものなのか、どのような価値観を持っているのかという点を伝える広範な規範的特徴や質を示し、それによって組織を特徴づけるという。この意味で、風土の方が文化よりも抽象度の高い概念と言えるかもしれない。

例えば、Treviño et al. (1998) は因子分析の結果、倫理的風土と異なる構成概念を三つ明らかにしており、それぞれ倫理的環境 (Ethical Environment)、権威への服従 (Obedience to Authority)、そして、倫理コードの実行 (Code Implementation) と名づけている。そして、メタ・アナリシスの結果からも、倫理的文化がその文化に属する人々の倫理的意思決定を促すことが明らかになっている (Kish-Gephart et al. 2010)。

最後の状況要因は行動規範 (Code of Conduct) である。行動規範は組織に所属する人々に対しての行動のガイドラインであり、今日においては様々な組織において行動規範が設定されている。

しかし、このような規範はただ組織にあるだけでは不十分であり、実際に人々がその規範に沿った行動をしているのかが重要になる。すなわち行動規範が組織においてしっかりと施行されているのか、というのが倫理的意思決定に大きく関わると言えよう。

そして、行動規範が実際に実行されている組織の従業員ほど、倫理的意思決定をしている可能性が高いと言えるのである。

References

Kish-Gephart, J. J., Harrison, D. A., and Trevino, L. K. (2010). Bad apples, bad cases, and bad barrels: Meta-analytic evidence about sources of unethical decisions at work. Journal of Applied Psychology, 95(1), 1-31, doi:10.1037/a0017103.

Martin, K. D., and Cullen, J. B. (2006). Continuities and extensions of ethical climate theory: A meta-analytic review. Journal of Business Ethics, 69(2), 175-194, doi:10.1007/s10551-006-9084-7.

Treviño, L. K., Butterfield, K. D., and McCabe, D. L. (1998). The ethical context in organizations: Influences on employee attitudes and behaviors. Business Ethics Quarterly, 8(3), 447-476, doi:10.2307/3857431.

Victor, B., and Cullen, J. B. (1988). The organizational bases of ethical work climates. Administrative Science Quarterly, 33(1), 101-125, doi:10.2307/2392857.

山田敏行, 中野千秋, 福永昌彦. (2015) 「組織の倫理風土の定量的測定:Ethical Climate Questionnaire の日本企業への適用可能性の検討」『日本経営倫理学会誌』22, 237-251.


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