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キセキの人生 ”きっかけ”と”チャンス”

「チャンスはまわりにいくらでもある」
これは、見る目が養われている人からしたら当たり前なんだと思う。

でも、
「よーわからん」
手探り状態のこっちからしたら
「どこに?」
「どれが?」
となる。

さらに、チャンスを掴むなら
「より大きい方を」
「より楽な方を」
「よりすぐに結果が出る方を」
という気持ちで探すから余計に掴めない。

いつの間にか肩に力が入る。


「チャンスを見つけるには、見る目が必要なのか」
次に
「どうやったら見る目ってできるんだ?」

しかし、
”見る目”は理屈では養えず、経験によって養うしかないみたい。

そこで気が付いたのは、
「経験するために”きっかけ”を足場にすればいいかも」

”きっかけ”と”チャンス”を並べると、重要度が違う。

より重要なのは”チャンス”に思える。
重要度が大きいと思うと、扱いきれない場合がある。

より軽い気持ちで経験するために
”きっかけ”を掴んでいく。
やってみて感触を確かめるには深く考えなくていい分、気楽だ。

きっかけになりやすいのが、
「いいなぁ」と思っていること。

空の写真をスマホで撮ってSNSで発信するとか
気が付いたことを書いて投稿するとか
好きなことをとことん探究するとか

何に進化するか、それともしないかわからない。

ただ、軽快に”きっかけ”を利用してみようとおもう。

”きっかけ”から”チャンス”につながっていく気もする。

「一度きりの人生なんだから、いろいろやってみる」
最近肩の力抜けて、こう思えるようになった。

とても楽で愉しい。

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