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【私は元気になり、未来を考れるようになりました】Herianndro faha 28

みなさん、ご心配いただき、ありがとうございました。

たくさんの方から、温かい言葉をいただき、今はとっても元気です。

まだ次の任地は決まっていないので、しばらくJICA事務所に通って、色々とお仕事を頂いて、JICAマダガスカル事務所のインターンのような気持ちです。
今は、少し充電期間だからこそ、色々と考えたり、学んでみたりしてます。

とは言いつつ、もう少しで、次の任地に行けそうな雰囲気も漂ってます。

最近、考えていること

最近、考えていることがあります。

それは、これからの進路のこと。

おそらく、あと1年半は、マダガスカルで協力隊として活動しますが、その後の人生がとても楽しみになってきました。

私は国際協力を離れられるのか。

前の任地にいた時、「もう国際協力から離れよう」と思ってました。なぜなら、もうこんな生活はしたくないから。

そして、「ライターになりたい」と漠然と考えていました。「書く」のが好きだから、言葉を通して想いを伝えるのが私の人生の軸だから。

高校生の時に抱いたあつい気持ちは、どこへやらです。

自らの人間の安全保障が十分でないと、私は「誰かを助けたい」とは思えない人間だそうです。「なんと、横柄な!」と思いますが、私自身、それは大学生時代に悟っていました。

世界の困っている人を助けたいと思いながら、私はおしゃれもしたいし、美味しい食べ物も食べたい。

「尊敬するマザー・テレサのようには、私はなれない」
と頭の中で葛藤したことがあります。

それでも、そんな自分を受け入れてここまで進んできたはずです。今、思えば、おしゃれもできないし、美味しいものも食べられない、そんな暮らしを前の任地でしていたのですが、、。

私は女。 女としてこの社会を見る。

自分の生活の苦しさから、国際協力や途上国と関わるのは、終わりにしようと思っていましたが、それと同時に、私自身が受けたセクハラ、そして、それをあまり理解してくれない男性脳社会は、やっぱり疑問でした。

やはり、途上国社会だけではなく、働き手である先進国又は途上国出身のエリート層の人たちの中には、国際協力におけるジェンダー主流化の意識があまり定着してない人もいました。そして、ジェンダー意識の薄い人たちが、この社会で発言権を持っているようにも思えます。

こんなことを言うと、フェミニストと言われることがありますが、女である私が女の喜びも苦しみも自由に発言できない社会は違うと思うので、もう、気にしません。

大学院では、紛争や平和構築におけるジェンダーの役割について勉強していました。そこでもいろんなことを考えさせられたのですが、もう少し「ジェンダーとこの社会の関わり」について考えてみたいと思います。

まだ学ぶのか、それとも働くのか。又は、その両方か。

そんなこんなを考えており、もう一度オンラインか何かで大学院に行こうかなと考えています。

最近、「実践」と「理論」のバランスについて考えていたりします。
いわば、協力隊で活動しながら目にしていることが「実践」だとすれば、論文や大学院での学びは「理論」といことになるでしょう。

私にとっては、両方が大切なように感じています。どちらもがその対するものを補完する答え合わせの場のように感じます。

目で見たことを理論的に理解すること。
論文を通して知ったことを、現実を通して確証する。

なので、そのどちらもできる道があるのではないか、と模索しています。欲張りですが、現場だけでアカデミックを無視する人にはなりたくないし、机上の空論を並べる研究者にもなりたくないです。(研究者全般がそうだとは、全く思ってません。)

私はやはり国際協力から離れない。 目標の場所に進む。

今日、母校の大学での講演の打ち合わせがあり、その後恩師と少し話しました。

私の恩師は、国際協力、特に、人道支援に長年携わってきた方。
そして、何よりも大学時代からずっと私を支えてくれている方です。

今回も私の現状を理解してくれながら、これからの進路や今のマダガスカルでできることをとっても楽しそうに相談に乗ってくれました。

いろんな進路がある中で、
「是非、JPOも挑戦してみてくださいね」
と言ってくれました。

ずっと国連で働くことを目指しながら、「まだ遠い」と自分で自分にストップをしていましたが、恩師が背中を押してくれました。私が大尊敬する恩師が言ってくれたことがとても嬉しくて、忘れていた炎がもう一度燃え始めたような感覚です。マダガスカルでの活動を終えても、国連ではない組織でもう少し経験を積みたいと思っていますが、その先にはちゃんと私の希望の光がありました。

やはり、専門である平和構築や緊急人道支援に関わりたいし、これからはそれに加えて国際協力におけるジェンダーも真剣に取り組みたい。

恩師と話したことで、私は大学時代から、目標に対して着実に進んできたことを振り返ることがき、そして自分が進みたい道がなんとなくではなく、明確になりました。

私は、国際協力という業界で頑張ります。

で、最後に

こんな感じで、未来を考えられるほど、元気になりました。
任地変更が決まった時は、典型的な適応障害末期、鬱の手前。
何にもないのに涙がでる状態で、やっぱり心身ともに正常ではなかった。
それから数週間、ボランティア調整員や健康管理員さんに支えられながら、徐々に日常生活を取り戻し、今はとっても元気です。「これなら心配ないね!」と健康管理員さんも喜んでくれるぐらいです。

今回の教訓から、辛いことに対しては、もう我慢しないようにしようと思います。

気が向かないことは、断ってもいいし。無礼な態度には、怒ってもいいし、不機嫌になってもいい。人の顔色を気にしなくていい。悪口も吐き出していい。そして、自分を大切にしてくれない人からは、離れてもいい。辛い環境からは逃げ出していい。

今、心が重たくなっている人は、誰のことよりも自分の心を優先してくださいね。それは、「負け」でも「逃げ」でも「いじわる」でもないですから。

心が優しい人ほど、難しいことだと思います。
お互い、柔いまま強くなりましょうね。


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