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旅する飾り屋の話―悩める青年―

「はああぁぁ…。」

青年は大きなため息をついた。
人の多い市場の中で歩き回ったことによる体力の消耗と目的の物が見つからないことによる精神的な疲れが青年にため息をつかせていた。

「どうしよう、ここまで良いものが見つからないなんて…もう誕生日は明日なのに…。」

彼は初めてできた恋人への誕生日の贈り物に悩んでいた。
明日は彼女の誕生日。これまで誰とも交際をしてこなかった青年にとって異性への贈り物選びは未知数だった。

この大通りの市場ならきっと何か見つかるだろうとお昼過ぎから探し始めたが、日が沈みかけるこの時間まであれでもない、これでもないと悩み続けて今に至っていた。

「花は綺麗だけどすぐ枯れてしまいそうだし、お菓子も食べたらすぐ消えてしまうし、服とか靴は高価で買うのが厳しいし…
もう一体何を選べばいいんだ…はああぁぁ。」

青年はまた大きなため息をついた。


『お兄さん、そんなにため息ついてると幸せが逃げちゃうよ?』

ふと声が聞こえ振り返ると市場の外れでトランクを広げ帽子をかぶった人物がいた。
目深に帽子をかぶったその人はややうつむき気味に椅子に座っている。
目の前には机とその上に開け広げられたトランク、そして細々したものが並べられているのが見えた。

『まあまあ、何があったか知らないけどさ、元気出しなよ。なんだったら相談に乗るよ、暇だからさ!』

明るく子供のようでもあり落ち着きのある大人のようでもあるその声は青年に気軽に話しかけきた。
青年はやや不信感を抱きつつももう市場の開催時間も終わりに近いため、藁にもすがる思いで自分の悩みを打ち明けた。


『彼女への贈り物かあ。ならうちで探していけば?うちは飾り屋だからね!女性の贈り物にはぴったりだよ!』

「飾り屋?」

青年がトランクの中をよくよく見てみるとそこには様々な装飾品が並べられていた。首飾り、耳飾り、腕飾りなど多種多様の装飾品がトランク内で綺麗に飾られている。
月と星をあしらった首飾りや貝殻の飾りが入った物、花があしらわれた物や夜空色の綺麗な石が連なった物など見た目も様々な物ばかりだった。

『旅先で仕入れた物を使って作る装飾品だからここでしか手に入らない一品だよ?どうどう?彼女にあげるにはいいんじゃない?』

「飾りかあ、そうですねえ、どれも綺麗だし良さそうだけど…これだけ沢山あると逆に悩んじゃうなあ。どれだったら彼女喜んでくれるかなあ。」

青年が腕組みしながらこれも良い、あれも良いと飾りを食い入るように見はじめた。

『ゆっくり時間かけて選んでよ。まあどれを選んでも君がそれだけ真剣に選ぶんだから気持はちゃんと通じると思うよ。』

その言葉を聞いた青年はちょっと照れ臭そうにそうだと嬉しいです、と笑った。


青年はその後かなりの時間をかけて一つの飾りを選んだ。それは彼女が以前好きだと言っていた花が入った首飾りだった。

「飾り屋さんのおかげで彼女にも喜んでもらえそうです。ありがとうございました!」

『こちらこそお買い上げいただきありがとね。彼女さんにもよろしくー!』

青年は笑顔で日の暮れた市場を去っていった。

『いやあ、ちゃんと贈り物が決まって良かった良かった…


 しかし店番も出来るトランクなんて世の中そう探してもいないよなあ。僕ってすごく優秀だなあ。うんうん。』

そんな自画自賛の言葉をつぶやいているとふふ、そうだね。と声が聞こえた。

『なんだ、飾り屋。起きてたなら言ってくれたら良かったのに。』

目深に帽子をかぶった人がうーんと背伸びをしているとトランクからそんな声が聞こえた。
飾り屋と呼ばれた帽子を被った人はごめんごめん、邪魔したら悪いかと思ってと言いながら小さくあくびをした。

『昨日夜遅くまで制作してたのは知ってるけどさ、店番しながらの昼寝は関心しないよ。』

トランクはややあきれた声で飾り屋に言った。
飾り屋は次からは気を付けるね、と謝りそして優秀な相棒のおかげでゆっくり休めたよ、ありがとう。と言ってトランクを優しくなでた。


夜のとばりが降りる中、片付けを終えた一人と一荷が次の旅先について話しながら歩く姿がそこにはあった。


これはそんな旅する飾り屋と相棒のトランクのお話。




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