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深夜、家を抜け出した先に

14歳。

高校受験の勉強をしているうちに深夜1時になると、私は深呼吸してから気配を消して動き出す。


一歩一歩に数十秒をかけながら忍び足で廊下を歩き、玄関にたどり着く。

かちゃりという音が最小限で済むように願いながら、息を止めて、ゆっくりと時間をかけて鍵を開ける。
心臓はバクバクと、口から出てしまうんじゃないかと思うくらい大きく飛び跳ねる。

これは絶対に親に気付かれてはいけないゲームだ。


玄関で靴を履くと音を立ててしまうから、靴を右手に抱えて裸足のまま外に飛び出す。

ドアノブを握り、今にも割れそうな瓶を扱うかのようにそっと、ドアを閉める。






外に出た瞬間の、あの開放感。





頭を冷やす氷のような冷気、びゅおおお、と唸る猛獣の鳴き声のような風、きんと鳴る耳の奥、すぐにかじかむ手足、真冬の深夜の独特の渇いたにおい。


パジャマで外に出て誰にも見つからないようにただ家の周りを一周してから、マンションの上の階の方まで行って狭苦しい住宅街を見下ろす。

それがすごく好きで、やがて毎晩の習慣になった。

誰も知らない14歳の私の顔。



初めて打ち上げ花火を見たのもこのマンションの上の方の階からだった。
人混みの中に行くには億劫だが手持ち花火が大好きな私に打ち上げ花火を見せたいと思ってくれた母に手を引かれて、エレベーターに乗った。
今思えば小さな花火だし遠すぎてほとんど色も判別できない上に臨場感もなかった。
それでもあの頃の私は「花火だあああ!」とぴょんぴょん跳ねた。



好きな時間に好きな服を着て外に出られるようになると、外に出た瞬間の独特の高揚感は感じなくなった。
もう二度とあの瞬間に戻ることはないし戻りたいとも思わないのに、少しだけそれを恋しく感じる夜がある。


あの瞬間、自分は何にでもなれる気がした。
あの瞬間のために「良い子」でいることを頑張ることができた。
あの瞬間に「生きてる」と思えた。
あの瞬間だけは息が吸えた。
あの瞬間がなければきっと生きられなかった。





今あの瞬間を感じている子供がどこかにいるだろうか、と思いを馳せる。


決して交わることのない人生に、思いを馳せる。

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