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ワンピース歌舞伎に人生を救われた話

(ネタバレを含みます。ご注意ください。)

機会があって2015年の初演を観た。
歌舞伎は2回目、ワンピースは全く読んだことがなかった。

開演。
歌舞伎らしからぬ、映像での始まり。
大写しになる「俺たちは絶対”くい”のないように生きるんだ!」
という字幕と、クラシック調の主題歌。
本当にそうだよなあ、わたしの人生っていったい何なんだろう、と
ここで少し目を潤ませる。

魚人の競りのシーンから本編へ。
麦わらの一味が集結し、プロジェクションマッピングも取り入れた戦いのシーンで魅せる。
一味が散り散りに飛ばされ、ルフィはアマゾン・リリーでしばらく過ごす。原作を知らなかったことに加え、自分のペースで受け止めて咀嚼できる漫画と異なりどんどん話が進んでしまうので、私は元々映画やドラマの類がとても苦手だった。
このあたりで同様に、一部筋書きが理解できなくなった。
自分の頭の回転の遅さにうんざりしながらも、演出は面白いのとルフィの愛嬌に惹かれたのとで満足感を味わって第一幕が終わった。
これから義理の兄、エースを救出に行くらしい。
その頃には冒頭の字幕のことはすっかり忘れていた。心のどこかで、単なる仰々しい演出に釣られただけだと思っていたのだろう。

第二幕。ここが本題。ここで心臓を乱暴に掴んで揺さぶられることになる。
インパクトが強すぎる見た目と喋りのボンちゃん。
そのボンちゃんが保身に走ってルフィの居場所をマゼランに知らせてしまい、ルフィは毒を受けて瀕死へ。
現れたイワンコフ達がそれを救出。突如始まる、ミュージカルのようなダンス。歌舞伎に色々取り入れていて面白いなあ。

完全に油断していた。
ルフィを無事に逃がすために敵を足止めするボンちゃんとイナズマ。
警官役(?)の人たちもアクロバティックな動きですごいなあ。
後ろの赤い幕はなんだろう。ふわふわ揺れているなあ。
幕が上がる。階段と、室内とは思えない量の滝。
鳴り響くギター調の主題歌。
呆気に取られているうちに水に入って行って戦うボンちゃんとイナズマ。
大見得を切る二人。
なんだ?なんだこの格好良さは。
この世界にこんな格好いいものがあったのか?

場面が変わり、いよいよルフィが出発するシーン。
ジンベエに引っ張られていく、サーフボードに乗ったルフィ。
少しずつ浮かび上がっていくルフィ。
ここで主題歌が流れる。
舞台にいた、絵に見えていたクジラがこちらを向いた。
空高く上ったルフィが拳を突き上げて振る。
観客は総立ち、役者たちも跳ねて踊る。

ああ、やられた。
私がこれまで観聴きしてきた、どんな音楽も映像も物語も敵わない。
私がこれまでの人生で味わったことのない格好良さに思い切り殴られた。

そのころ私は自身の人生の救いようのなさに絶望していて、その日の朝は特に酷く、観たあとに帰路に着くかどうかすら少しの迷いがあった。
なぜそうなったのか説明するのも恥ずかしいぐらい、みっともない内容だった。
絶望はせめて美しく在ってほしかった。

それが、この半日の舞台ですべての細胞を作り替えられてしまったのである。
この世界があれば生きていける。そう思った。
翌日も翌々日も、ワンピース歌舞伎の舞台に思いを馳せた。
今日も東京の片隅であの世界が広がっている、それだけで安心できた。

だから千穐楽の日には半身が千切れるような寂しさがあった。
それでも、再演(悲しい事故もあり、そこでまた絶望しかけたけれど)のおかげでどうにか持ち直した。

そうして、そこまでの衝撃を受けたことすら忘れかけてしまうほど時が経った。
たまたま、本当にたまたま、「ワンピース歌舞伎の舞台かシネマ化が、そろそろDVDにでもなっていないかなあ」と検索したのが30日の夜。
「ワンピースシネマ歌舞伎 現在上映中」
ホームページが古いままなのかな?いや違う。今日の2022年9月30日から1週間上映。

考える間もなくチケットを買った。
今日、2017年の再演から実に5年ぶりにワンピース歌舞伎の世界に触れた。

相変わらず私がこれまでの人生で観聴きしたものの中で最も格好良かった。

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