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【行ってみた】FIゼミ主催清水智士試合分析セミナー+α(@東京 2018.12.23)体験記_後編

(分析の大枠みたいなものは前編をご参照ください)

変わる分析方法、変わらないポリシー

お昼休憩を挟んで講義は後半へ。話題は清水さんの分析方法について。

清水さんはいきなりプロの分析担当コーチとなったわけではなく、プロとしてのプレー経験もないとのことだった。そのためか、スタートは自己流だったという。当時のサッカーノートも見せていただいたが(写真は流石に控えた)、たしかに「戦術クラスタ」と呼ばれるサポーターが書くノートに近いものが書いてあったが、特別なことはしてなかったという。
手帳の1ページに両チームのキックオフ時のフォーメーションがあって、横のページに目についたプレーが文字でつらつらと書かれている感じ。

そこから清水さんは、育成年代のコーチとしてチームを転々とした。そこで出会った指導者から学んだことを受け、サッカーノートも進化していったという。フォーメーションは、キックオフ時のもののみ書いていたが、攻撃時と守備時に分けて書くようになった。さらには試合の流れがわかるように、プレーのタイムラインも書くようになり、人の配置に色々と線や図を描くようになったという。

さらにプロになると、スケジュールはぐっとタイトになる。なので、サッカーノートを完成させるより、選手へ説明するための分析結果の映像を作ることが優先となった。必然的にノートは自分用のメモ書きになったという。
一目で試合内容がわかるように、B5版ノートに大きくフォーメーションや図を描くようになったみたいだ。そのノートも拝見したが、初期のサッカーノート(プレーの説明+フォーメーション)よりも文字が少なく、図が多くなっていた。・・・つくづくサッカーは文字より映像のが伝わりやすいのだな、と思わずにはいられない。
(ちなみに清水さんは出会った指導者の方を名前こそ伏せたものの、ちょっとほのめかしてはくれた。大物だらけでしたぞ、、、)

技術は進歩し、映像も使えるようになった。プロならGPSなどのトラッキングデータなども使えるだろう。分析とその内容を共有する技術やツールはどんどん増えている。
だが、分析担当コーチの役割は変わってないと清水さんは言う。それは「複雑なことを簡潔にすること」、そしてチームのコーチである以上「分析をもってチームを勝たせること」。ノートになったり分析映像になったり、形は変わっていったが、清水さんないし分析担当コーチの目的は大きく変わっていない。真新しい専門用語で長々と講釈をたれることに満足するのではなく、サッカーを簡潔化する。そして簡潔化したものを伝えて何をどうしたいのかを見失っちゃいけない…。耳が痛い限りだ、、、


プロチームで分析担当コーチはどう生きるか

では、ここまで語られた分析手法をもって、清水さんはどうプロのチームで働いていたのだろうか。講義後半では清水さんの仕事ぶりについて赤裸々に語られた。赤裸々すぎてここでは書けない◯◯監督のあんなとこ、××監督のそんなとこが出てきたので、諸々割愛する。
清水さんは茶目っ気たっぷりに口元に指をあてて、「SNSとかに書かないでくださいね?」と言ってたが、当方チキン(臆病者)なので書けません!
(※画像はイメージです)

ただ清水さんの仕事ぶりは(良識で自主規制しつつ)共有してみたい。
基本的に分析担当コーチに「何を」「どの程度」任せるか、監督によるとのこと。試合当日に次の対戦相手の試合を観に行くか、それともチームに帯同するかは、監督の判断に従うらしい。なので、我々がバモバモしている横で、次の相手の分析担当コーチが目を光らせている…ということもありうる。

また、分析した相手の情報をどうチームに共有するかは、まさに「手を替え品を替え」という感じだった。
ミーティング用の映像を作ったり、監督やコーチ、選手にも紙の資料を配ったり、クラブハウスの目のつくところに相手の情報を書いたポスターを貼ったり、、、All or Nothingで取り上げられたマンチェスター・シティがやっていたようなことは、日本のクラブでも考えられているということだろう。

だが、方法はいくつもあれど、欠けてはならない視点があるという。それが「プレイヤーズ・ファースト」の視点。相手の情報を積極的に知りたい選手もいれば、反対にストレスに感じて相手の情報を知りたがらない選手もいるという。なので、清水さんはあくまで「押し付けがましくならない程度に」情報を提示するに止めていたらしい。その情報をもとに、もっと知りたい選手は質問をするだろうし、知りたくない選手はそこまでで止めるだろう、という考え方からだ。あくまでプレーするのは選手たちなので、コーチ側の自己満足にならないことが肝要なのだろう。

また、「ここがダメ」というネガティブなメッセージではなく、「ここが良くなるとより良くなる」というポジティブなメッセージにしたり、口頭での伝え方も工夫されてたとのこと。
なんだか会社員が後輩へアドバイスする上でのヒントのようだが、こうした細かなところも気を配ってこそ、仕事ができるのだろうと感服した。


それでは実際にやってみましょう(グループワーク)

じゃあ、分析のやり方とかコーチの役回りも話したから、試合の映像観て分析してみましょう、それで映像のチームの監督(ないしコーチ)ならどうするか考えてみましょうという旨のグループワークが始まった。

結果から言うと、私チームは大失敗だった。
私含めチームの皆が思い思いの観点から色々喋ってしまい、結局簡潔にならなかったのだ。分析結果と対応策を発表する監督役は私じゃなく、別の受講者の方だったため、あそこが穴だとか、ここを使おうとかその人に伝えた。
だが、伝えたいことの1/3も伝わらず、純情な感情は空回ってしまった。監督に納得してもらうには、情報量が多すぎたのだと思う。

アシスタントコーチ(役)として監督を男にできなかった悔しさで歯噛みしながら他のグループを聞いていると、やたら渋かっこいい声の方が納得感あるコメントをしていた。
後になって知ったんだが、その「童話読み聞かせCD」のような美声の持ち主は、モラス雅樹さんだった。ゴリゴリのプロやんけ!そら納得するわ…

モラスさんの話がすんなり入ったのは、たぶん「この声で『100万回生きたねこ』とか読み聞かせされたら俺泣いちゃう」的な美声のせいだけでない。モラスさん、そして講師の清水さんもだが、話が簡潔なうえに、決して分析対象を軽んじた物言いはしていなかったのだ。
誰の目にも明らかな事実を取り上げ、そこから仮説を立て、結論は端的に「このスペースが使える」という話に落ち着く。とても簡潔だった。
しかも話の中に「こいつは下手だ」という分析対象へのリスペクトの欠如もない。するとより一層、論が客観的に聞こえる。またしてもプロの技前に感服した次第だ(こいついっつも感服してるな)。


サポーターがサッカーを理解する理由

こうして、長そうに思えて短かった7時間の講義が終わった。
真新しいツールを使っているわけでもないし、何か秘技があるわけでもなかった。5レーンも横3ラインで分ける考え方も、聞き覚えのあるものだ。
だが、「なぜそれが有用か」「なぜそれが必要か」を熟知している、という点にプロとアマの差があるのだろう。

また、アウトプットという意味では、私は現場畑の人間ではないのでそのまま還元するのは難しい。だが、講義後の懇親会で清水さんにぶつけた「連敗期のチームの雰囲気ってどんな感じですか?」とファン丸出しの質問の答えがヒントになるので書き残したい。

清水さん曰く、「皆混乱するけど、やるべきことをもう一度見直して進もう、とまとまっていく」らしい。清水さん含めたコーチ陣も精神的に疲弊していくとのこと。
ただ、そんな時に受けるファン・サポーターからの励ましの声は、「本当に励まされる」らしい。「よく選手が口にする『支えてくれてありがとう』っていうのは、あながちリップサービスってわけじゃないですよ」と。

サッカーをプレーするのは、チェス駒でも将棋の駒でもなく、人だ。ミスもあれば、心身ともにしんどい時もある。
そこで野次ではなく、選手の目線に寄り添った激励の声や拍手をファン/サポーターが出せれば、選手の背を押せるのではないかと思う。

「そういうサポに わたしはなりたい」という宮沢賢治ライクな決意表明で、この体験記の締めとしたい。読んでくださってありがとうございました。

#清水智士試合分析セミナー #サッカー #分析

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