実態編 データ・ボイド脆弱性とはなにか? その2
ここ数日、データボイド脆弱性についての記事を書いてきた。今回は実態編である。この問題が指摘されてから5年弱経っているが、実態の把握もあまり行われていない。わずかな実態把握から見えてくるのは想像以上に深刻な状況だ。
●グーグルよりも深刻なBingのデータボイド脆弱性
2019年12月17日にスタンフォード大学の Internet Observatory の Stanford Cyber Policy Centerは「Bing’s Top Search Results Contain an Alarming Amount of Disinformation」( https://cyber.fsi.stanford.edu/io/news/bing-search-disinformation )で、グーグルとBingの検索結果を調査し、Bingはかなり高い確率で誤・偽情報を検索結果に表示することを明らかにした。また、ロシアのプロパガンダメディアとして有名なRTやスプートニクも高い頻度で検索結果に表示された。
また、チャンスを見つけては積極的に陰謀論や白人至上主義をプロモートしていた。たとえば、911の黒幕を訊ねるクエリを入力すると、反白人の破壊活動家やユダヤ人を犯人と出張している差別的なサイトや、白人至上主義のサイトを上位の検索結果として表示する。
逆に言うと、グーグルは考えられていた以上に検索結果に介入していたことがわかる。
●検索システムはデータボイド脆弱性への対処を密かに実行
検索業界をリードするグーグルはデータボイド脆弱性への対処を進めていることは他の記事でも指摘されている。2022年8月11日のガーディアンの記事「Data void’: Google to stop giving answers to silly questions」( https://www.theguardian.com/technology/2022/aug/11/data-void-google-to-stop-giving-answers-to-silly-questions )によると、2017年にグーグルに、オバマはクーデターを計画しているか? と訊ねると、任期終了時に共産主義者によるクーデターを計画している可能性があります、と答えていた。「スヌーピーがリンカーンを暗殺したのはいつですか?」という問いには1985年と答えていた。
今は正直に「検索条件と十分に一致する結果が見つかりません。」と答えるようになった。
私が試しに「"オバマはクーデターを計画しているか?"」と検索したら、「グーグルが偽情報を拡散」というニュースがトップに出た。「"スヌーピーがリンカーンを暗殺したのはいつですか?"」には「"スヌーピーがリンカーンを暗殺したのはいつですか?"との一致はありません。」となった。
●中国はコロナ禍における偽情報作戦でデータボイド脆弱性を活用
Alliance For Securing Democracyが2021年10月5日に公開したレポート「Deep in the Data Void: China’s COVID-19 Disinformation Dominates Search Engine Results」( https://securingdemocracy.gmfus.org/data-void-china-covid-disinformation/ )によれば、中国のコロナ起源がアメリカ陸軍のフォート・デトリック研究所だとする陰謀論はデータボイド脆弱性を利用して検索エンジンを介して広まった。
2021年の8月と9月、グーグルニュースで「フォート・デトリック(Fort Detrick)」を検索すると、中国のプロパガンダメディアCGTNとGlobal Timesで占められていた。8月下旬にはピークに達した。
YouTubeでも6つのトップの検索結果のうち4つを中国メディアが占めた。
フォート・デトリックは複数のデータボイド脆弱性を利用した攻撃が見事に成功した事例と言える。
●データボイド脆弱性の事例は多いが、掘り下げた調査研究はほとんどない
最近、紹介した中国のフロンティア・インフルエンサーに関するレポート( https://note.com/ichi_twnovel/n/n305b9237a4f5 )では、少数民族のインフルエンサーの活用を中国が進めていることが分析されていた。中国国内の少数民族についての情報は少なく、人権問題以外の情報は特に少ない。そのため、フロンティア・インフルエンサーが多く発信している日常生活の情報にはデータボイド脆弱性が生まれやすい。
実際、新疆ウイグル関係の言葉での検索結果について調査したブルッキングス研究のレポート「WINNING THE WEB: How Beijing exploits search results to shap views of Xinjiang and COVID-19」(2022年5月、 https://www.brookings.edu/articles/winning-the-web-how-beijing-exploits-search-results-to-shape-views-of-xinjiang-and-covid-19/ )
グーグルとビングのニュース検索およびYouTubeでの検索で中国の国営メディアが16%以上を占めていることを発見した。「Xinjiang」(新疆)で検索すると、ニュース検索では88%、YouTubeで検索すると98%の確率で中国の国営メディアが検索結果に表示された。ちなみに731部隊で検索すると、ニュース検索では100%、YouTube検索でも90%以上だった。
こちらのレポートではデータボイド脆弱性が利用された可能性を指摘しているが、その点を掘り下げていない。
中国の情報戦の新手法 フロンティア・インフルエンサー、辺境インフルエンサー ASPIレポートより
https://note.com/ichi_twnovel/n/n305b9237a4f5
ニュース検索とYouTube検索を寡占していた中国国営メディア
https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f8a31c56913
●Bingが行っている検閲を組み合わさった場合の効果ははかりしれない
Bingは北米で中国政府に忖度した検閲を行っている。北米では検索内容によっては、検閲とデータボイド脆弱性という2重の操作が検索結果に影響することになる。
マイクロソフト社はアメリカの顔をした中国企業なのか? 中国当局に忖度したBing検閲がアメリカ、カナダにも
https://note.com/ichi_twnovel/n/ncea36b01c404
●中国以上にデータボイド脆弱性を狙いやすい日本
日本よりも中国の方が国際的な注目度は高い。ということは日本の言葉での検索でデータボイド脆弱性が発生している可能性が高いことを意味する。
沖縄、福島は国際的にも注目されているが、その中の地名や事件の場合はそうでない可能性が高いため、データボイド脆弱性が発生しやすい。
データボイド脆弱性は地味だが、対策が難しく、広範に利用されている可能性も高い。特にそのリスクの大きな日本での研究が望まれる。
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