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息子と舞鶴基地に行ってきた話。


こんにちは。
一期家一笑の杉浦大西洋です。

愛知県の豊橋市という町で、妻一人と10才になる息子一人、
茶色と黒と白のネコ三匹と割と、平和に暮らしています。

ぼくは月曜日から土曜日までは、お店の仕事があるので、
家族で出かけたりするのは、日曜日くらいです。

先日の日曜日のこと。

妻が友人と出かけると言っていたので、
息子と二人旅を計画しました。

息子はブームがコロコロ変わります。

消防車がブームだった時には、県内はもちろん、隣県まで遠出して消防署を見学しましたし、

恐竜がブームだった時には、日本全国の恐竜博物館に行ったりしました。

おかげで、ぼくや妻も、恐竜の名前や年代、現代の恐竜の学説や、消防車の種類などにもすこし詳しくなったりしました。

そんな息子の今のブームは、太平洋戦争。

ミッドウェー海戦や、第二次世界大戦の映像や映画を見て、
軍艦や戦闘機にはまっています。

ぼく自身、学生のころ、社会科の授業をサボりまくっていたので、
時代背景や、そもそも何故戦争がはじまってしまったのか、
ぜんぜんわかっていません。

というわけで、日本海側にある、かつて大日本帝国海軍の要所でもあり、
今は海上自衛隊の重要拠点になっている、京都舞鶴基地に行ってきました。



どこで写真を撮っても敬礼をする息子。

車で片道約4時間。

息子が、いつまで僕と、こうして出かけてくれるんだろう、なんて考えていると、あっという間に舞鶴に着きました。

なんてわけもなく、サービスエリアやコンビニに立ち寄りまくり、珈琲を買ったり、旅の必需品でもあるグミを買ったりして、舞鶴に向かいました。

途中のサービスエリアで、能登半島への復興支援に向かう自衛隊の方にも何度も遭遇しました。

自衛隊員の方とすれ違う時に、息子が

「がんばってください!おうえんしています!」

と言ったので、

「おまえ、すげーな。」

と素直に褒めたりもしました。

そんなこんなで舞鶴基地に。



昔、海軍が弾薬庫として使っていたレンガ倉庫群。

着いた瞬間に、巨大な自衛艦が目に飛び込んできて、それはそれは圧巻の光景でした。

実際に目にするまで、日本をまもるための船って、具体的にイメージできなかったのですが、それはもう、驚きの連続でした。

息子は、今、海軍ブームが絶頂期なので、案内してくださった元自衛官の方と話しがはずみまくっていて、ぼくが全く知らない知識ばっかだったので、こうやって、親が知らないうちに、成長していくんだなぁ、なんて思ったりもしました。

息子もぼくも大興奮の舞鶴旅を終え、岐路に着いたのですが、なめたらあかんぜ雪国を。

いや、ほんとに反省しました。

比較的暖かったし、晴天だったので、早めに帰れば大丈夫と思っていたのですが、帰りの道中、猛吹雪にあいまして、生きた心地がしませんでした。

なんとか無事に帰れてよかったです。

というわけで、親子二人旅は、ぼくにとっても、とてもたのしいものでした。

息子の成長を感じるとともに、毎朝まったく起きられなくて、妻に怒られまくる息子を見ていると、

「めっちゃアンバランス!」

ともおもいますが、まあ、それはそれでぼくと妻の子どもだからしょうがないよね。と思いながら、会社に向かう今日この頃です。




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