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僕らがコンビニのコーヒーを飲む理由

 小春日和の暖かな風が季節の訪れとともに花粉までもを運んできて、道行く人のその顔から笑顔を消してしまったのは、決してマスクのせいだけではないんだろう。
 人々から表情を奪ったそのマスクには、感染症ではなく花粉症であることをアピールする印が押されていたりして、それはそこまで説明しなければ理解してもらえないのか、と嘆息してしまうほどテプラだらけになったコンビニのコーヒーマシンをも思わせる。

 そう、話したいのはコンビニのコーヒーについて。独自の進化を遂げようとしているマスク事情についてではなかった。

 と言いながらもう少しだけマスクの話をすると、私が学生の頃、いわゆるヤンキーと呼ばれる不良学生たちの間ではマスクは俗世間への反抗の象徴でもあったわけだけど、今や誰もがマスク姿でその上国民生活への補償に及び腰な政府の対応に多かれ少なかれ反感を抱いていたりする。
 であれば現代のヤンキーが今のこの世の中に抗おうと思ったら、マスクをせず素のままでいることこそが反抗的な態度の表れになるという、よくわからないことになっている。

 そうなんだ、結局の所よくわからないのだ。この先世の中がどうなってしまうのか。それからなぜ私がコンビニのコーヒーをこんなにも飲んでしまうのかも。
 山がそこにあるから登ってしまうように、コンビニの扉を開けるとコーヒーマシンがそこにあるから飲んでしまう、そういうことなのかもしれない。

 先日、突然サニーデイ・サービスが新譜のアルバム『いいね!』を発表した。その中の一曲『コンビニのコーヒー』を聴いたとき、まさに自分がコンビニでコーヒーを飲む気分とシンクロする瞬間があって、真夜中なのにコンビニまで駆け出しそうなほどだった。


 キラキラとしたギターサウンドがどこか青春の輝きのようなものを感じさせ、「コンビニのコーヒーは美味いようでなんとなくさみしい」というその歌詞は、わざわざコーヒーショップへ行かなくとも、どこでも100円程で同じ味が味わえてしまうという、消費社会の切なさにも似た感情を歌い上げていた。

 休日に友人と一台の車に乗り合わせて遊びに出かけるとき、
「ちょっとコンビニ寄っていい?」
と大した用事もないのにコンビニに立ち寄って、ついコーヒーを買ってしまう。入り口から直でレジに向かうのは何だか恥ずかしいから、一応雑誌の表紙だけを一瞥したり、ペットボトルの棚、パンや弁当の棚をぐるっと見て回ってから、今日はたまたま他に買うものがなかったからとりあえずコーヒーだけでも買っていくよ、という体でレジで注文する。
 当然いつもと同じ味だし、特別美味しいわけでもない。それで話に花が咲いたりするわけでもない。それでもコーヒー片手に時間を気にせず駐車場をぶらついたり、たわいもない冗談を言って笑ったりスベったりする。
 その時間が愛しいのだ。それが何の時間なのかはうまく説明できないけれど、その瞬間がとてつもなく愛おしかったりする。

 たぶん人はそれを青春と呼ぶのだと思う。残された時間が無限にあるかのように、永遠に生きるかのように無為に時間を消費する。現代の効率を最重視する世の中に反抗する行為こそがおそらく青春と呼べるものの正体なんだと思う。
 でも実際そんなわけはないし、本当はいつ終わるかもわからない儚い生だからこそ、より光輝いて見えてしまうのだろう。

 今や時間を消費することは最も贅沢なものになってしまった。映画館は一回ごとの入れ替え制になり、食べ放題の店や居酒屋の飲み放題は料金はそのままにもしくは値上がりすらして、その時間だけがどんどん短くなっていく。
 それでも給料が上がるわけではないし、徴収される税金、社会保険料は着実に上がっていく。僕らが自由に使えるお金、自由に使える時間すら限られて、先細っていく感じすらある先の見えない世の中に不満を上げればきりがないけれど、そんなときでもコンビニのコーヒーを飲むとこう思ってしまうのだ。

「でも、まぁこんなもんか」と。

 僕らが求めていた本物の味、望んでいた未来とは違うけど、コンビニのコーヒーを飲んだその瞬間、そこそこ満足してしまっている自分がいる。
 学生時代、塾の帰り道、コンビニで友達とピザまんを買って頬張ったり、冬の寒い日もコーンポータージュの缶から最後の一粒までを取り出そうと缶を振っていたあの頃の思い出も同時に思い出しながら、こんな人生もアリかな、とそう思ってしまう。

 砂糖を入れるほど子供でもなく、ブラックのまま飲めるほど大人でもない僕らは、コーヒーの苦さを時代のせいにして、すぐに冷めてしまう紙コップのコーヒーに嘆くこともなくそれを飲み干していく。

 そろそろ行こうか、とどちらからともなく促して、駐車場の車に向かって歩き出す。再びマスクをかけたその顔から口元は隠れてしまっても、言葉もなく視線で会話する僕らの目はまだ笑ったままだった。


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