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どこにいたの? #シロクマ文芸部

「珈琲とレーズンパンをください」といちいち頼まなくても大丈夫。
「いつものですね?」
 わたしの顔を見るなり店員さんはそういって、「880円です」とレジを打つ前にわたしに告げる。
「本当に?」 念のため。
「レシートいらないですね?」からかわれた。

 週末はいつも図書館にいる。
 とはいえ読書をしているわけではなくて別の作業をしているし、たまに本を借りることがあっても積読が常。「あ、もう返却日?」気がつくのはいつも前日で、慌てて斜め読みするからいつもよくわからない。
 もしかしたら本を読むってあんまり好きじゃないのかも。
 図書館に併設されているちいさなパン屋さんの片隅で、駅に流れていく人々を見ながらぼんやりとした思考を巡らせた。
「好き、好きじゃない、好き、好きじゃない」
 読書が好きか。ではなくて、電車に乗って渋谷に行きそうな人々の仮装を評価する。
 黒猫、好き。ピエロ、好きじゃない。ゾンビ、好き。悪魔、好きじゃない。かぼちゃ、かわいい。血みどろナース、狙いすぎ。マリオ……関係なくない?
 それよりみんなあのまま電車に乗るのかな?それならすごく楽しそうな電車だな。わたしも乗ってみたい、なんてほんの少し憧れて、珈琲を飲む。
「オバケって本当にいると思う?」
 突然たずねてきたのは、隣に座っている魔法使いの仮装をした男の子。「ぼくは信じていないけど、どう思う?」
 ガラス玉みたいに透き通った瞳に見つめられ、どんな答えを返すべきかと悩んだ結果「ハロウィンイベントに来たの?」と質問を返した。
「うん、お母さんに連れてこられた」
「そのお母さんは?」
「〈おはなしのへや〉で友達のお母さんと話してる」
 図書館の児童コーナーには〈おはなしのへや〉という名称があり、たしか今日はハロウィンのイベントで読み聞かせボランティアの人たちが「どんぐりと山猫」を朗読する予定。「わたしも聴きたいなあ」と図書館の貼り紙を見て思ったのは先週のことだった。「対象年齢 六歳〜十五歳まで」の注意書きを見て諦めたけど。
「お母さん、探してるんじゃない?」
 時間を確認してみると、時計の針は14時40分を指していた。たしか朗読は15時からのはず。
「はやく戻ったほうがいいかもね?」
 椅子に座って足をぶらぶらさせる男の子におそるおそる言ってみる。普段子供と過ごすことがないからか、すこし緊張してしまう。
「大丈夫だよ」 男の子は笑う。
 でもなにが大丈夫なのかよくわからないし、「本当にオバケっている?」と何度も訊いてくるので困ってしまう。
「レーズンパン好き?食べる?」はぐらかす。
「好きじゃない」 振られた。
「オバケっている?」もう十回目くらい。
 さすがにそろそろ答えたほうが良さそうかなと諦めて、「いたらいいよね」と言ってみた。
「え?いたら怖くない?」
「怖くないかな。会いたい人がいるから」
「会いたい人?」
「うん、おじいちゃん」
 自然に出てきた言葉だったので、自分の本当の気持ちだと思う。相手が子供だからって適当に言ったわけではない。
「おじいちゃん、死んじゃったの?」
「うん、死んじゃった」
「いつ?」
「平成二十六年だったかな」
「…………?」
 不思議そうにわたしを見つめるガラス玉みたいな瞳がかわいくて、ついぷっと笑ってしまう。
「ごめんね、わからないか」
 平成二十八年くらいに生まれていそうな男の子には、お詫びに紙パックのりんごジュースを奢ってあげた。
 男の子はそれを勢いよく吸い上げたあと、
「オバケでも、おじいちゃんなら怖くないの?」と訊いてきたので「たぶんね」とわたしは答える。
「話しかける?」
「え?」
「おじいちゃんのオバケがうろうろしていたら」
「そうだね、話しかけるかな」
「なんて?」
「うーん……」
 すこし悩んで、ぱっと思いついた言葉を口にした。「きっと、『どこにいたの?探してたよ?』かな」
「それで?」
「連れてって、連れてって、かな」
「ん?それって———」
 男の子の丸いほっぺたがふわふわと微笑みだしたので、この曲を知っているなら良かったとほっとして「何もかも捨てていくよ」と歌ってみた。すると男の子はけらけらと笑い出し、
「どこまでも、どこまでも」と続きを歌ってくれたあと、「風さんの歌だね」と得意げな顔でいう。
「さん付けなんだね」
 今時の子供は歌手をさん付けするんだなと知って、それがちょっとおもしろかった。「風さんって渋いよね」とも言ってきたので、珈琲を吹き出しそうにもなった。
「そろそろ行こうか」
 ふたりで図書館に戻ることにして、わたしが席を立つと店員さんがすかさずやってきた。
「残りのレーズンパンは、お包みしますか?」
 いちいち店員さんはたずねてこない。わたしがいつもパンを半分残して持ち帰ることに呆れているので、すでにその手には包み紙を持っている。
 カランカランカラン。パン屋さんのドアを開け、「ありがとうございました」
 これは店員さんじゃなくて、わたしの言葉。
「どこにいたの?探してたよ」
 これはわたしじゃなくて、風さんでもなくて、〈おはなしのへや〉の前で男の子を待っていたお母さんの言葉だけど、これにはなんだかうるっとしてしまい、でも仮装する子供たちで溢れた楽しげな図書館で泣くわけにもいかず、わたしは自分の荷物を片付けた。
 流されるように駅まで歩いている途中「これから渋谷にでも行こうかな」そんな柄にもないことを考える。ハロウィンパレードに紛れ込み、わたしが見つけにくるのを待っている本物のオバケがいるかもしれないなんてこともほんの少し考えたけど、やっぱりやめた。なんか怖い。それに祖父が渋谷にいるわけない。でも両国にならいそうかな?
 ううん、いない。
 まっすぐ家に帰って珈琲と残りのレーズンパンを楽しみながら、ついでに積読された本をゆっくり読んで、至福の時間を過ごすことにする。

(了)

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 参加させていただきました☆*:.。


去年のハロウィン(前日かも)は仕事で大阪にいて夜はなぜかお好み焼きとかじゃなくてほうれん草の天ぷらを食べたあとビジネスホテルでひとり韓国のあのニュースを見て震えました…(・ω・`;)
安全にハロウィンイベントが行われることを祈ります…( ・ ̫・)ノ

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