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やまゆり園事件/神奈川新聞取材班 (幻冬舎文庫)

以前友人に「津久井やまゆり園事件って覚えてる?私たちが中学生の時に起きたやつなんだけど…」と問うたところ、「覚えてなーい」との返答だった。

友人の回答は私にとってあまりにも衝撃だった。私はこの事件をニュースで見てから今日に至るまでの約7年間、この事件に関してずっと考えてきたからである。
こんなにも悲惨な事件を、同じ時代を過ごしてきた人間が覚えていないとは予想もしていなかった。(この友人以外の人に同じ質問をしたことはないため、私と友人のどちらが多数派なのかは定かではない。)

やまゆり園事件のニュースを見た当初、1人の人間が一晩に多くの人間を殺したということに現実味を感じなかった。やがて、殺されたのは障害者であり犯人の動機は意思疎通の取れない障害者は生きていても意味がない、という趣旨のものであると知った。

小学校の道徳の授業でさんざん人権を叩き込まれたくせに、当時の私はその動機に納得していた。電車や公共施設で大きな声を出して走り回っている人に対して幼い頃から恐怖感を抱いていた。子供の私が電車で騒ぐと怒られるのに、なぜあの騒いでいる大人を誰も止めないのだろうと思っていた。
一方で、殺人者を肯定することは社会の秩序に反することは当然知っていたため、考えがまとまらないまま今日に至ってしまった。

著者の意見や思想に左右されたくなかったため今まで避けていたが、私の知らない情報がたくさん載っているだろうと思って今年になって初めて本事件に関連する書籍を読んだ。
それが幻冬舎より出版されている『やまゆり園事件/神奈川新聞取材班』である。
案じていた通り、本書には私の知らない情報が山のように載っており、新聞社の取材力の凄さを感じた。

まず、私が知らなかったこととしては

・犯人(以下植松)はかつては人望が厚かった
・植松はイルミナティカードを信仰していた
・植松は絵が上手い
・植松は償いとして独房で指を噛み切った
・障害者の多くは周りに危害を加えない
・障害者を一つの大型施設にまとめて生活させるのはさまざまな観点から不適切である
・昨今のパラリンピックは選手でない一般の障害者の精神的苦痛をもたらしている可能性がある
・重度の障害があってもグループホームに住むという形で地域に馴染んで生活を送っている人がいる

などである。他の事例や神奈川新聞取材班の考察等も合わせれば、これ以上にたくさんのことが学びになった。

一方で後半の多くのページを割いて書かれていた「ともに生きる」の章は私の想定していたものとは少し乖離していた。
というのも、本書にもある通り植松の犯行動機の一部に「介護者や保護者の負担が大きくかわいそうである。(そのため、障害者は存在しない方が良い)」があるにも関わらず、本書ではその点について一切触れられていなかったからだ。
神奈川新聞取材班は、これから先植松のような者が生まれないようにするためには教育を改善するべきだとしてその点にのみフォーカスしていた。
具体的には、特別支援学校ではなく普通の公立学校の支援級で生活を送りたいと願う障害を持つ子ども及び親が県や教育委員会と闘うエピソードや、障害者が地域で生活するための住宅の建設に反対する住民と障害者サイドの闘いのエピソードなどである。
この章を読んで、こんなにあからさまで酷い差別が存在すること、当事者や親族が私には想像もできないほどの苦悩を抱えて日々を過ごしていることを初めて知った。彼らの切実な訴えは、読んでいて胸が痛くなった。

しかし、やはり改善されるべきは教育委員会の対応や我々一般国民の差別意識だけではなく、介護職の賃上げを初めとした介護環境の充実化ではないかと本書を読んで痛感した。
本書にはそのような考察がなされていなかったが、上述したような本書の示す「ともに生きる」ためにはより多くの介護者が必要になるのではないかと感じた。
人工呼吸器をつけた子供が特別支援学校ではない一般の学校で教育を受けるには、万一に備えて人工呼吸器に精通した人を置かねばならないだろう。ただでさえ人材が不足しているといわれる教育現場において、時間的にも心身的にもこれ以上の負荷をかけるにはいかないのではないか。それこそ、教員の「人権」を度外視している。
支える人がいて初めて成立する障害者支援を、支える人の観点から切り込んで欲しかったなあと、
本書を読んでそんなことを思った。


正直なところ、低賃金重労働が想定される介護職の人材不足がすぐに解消されることは考えられないし、優生思想に基づいた国民の差別意識もすぐには変わらないと感じる。いくら義務教育の過程で人権を学んでも、弱者は淘汰されるという生物的な本能や資本主義に基づいた能力主義はそう簡単には覆ることはないのではないかと、思ってしまう。
どのようにしたら全ての人が幸せに暮らせる世の中になるのか、未だに考えはまとまらない。

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