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「だって人間だもの」のマネジメント論 〜 リベラルアーツをマネジメントに役立てる視点

(この記事も、以前に書いた「思考のプロセスに目を向けるためのエクササイズ 〜 「批判的」に読むために必要なことは?」と同様に、エクササイズを念頭に置いて書いたものです。なので、記事の最後の問いに対する答えはここには書かれていません)

ビジネスケースを読んでいると、「この事態にどう対応するかが大事なんだよな」と思える状況がサクッと素通りされていて、ものすごく肩透かしをくらうことがあります。

たとえば構造改革の一環として、長年にわたって付き合いのある小売店の整理・合理化に大ナタを振るった、みたいなところ。「この会社で働いた40年間のうち、これが最も困難な仕事でした」みたいな言葉は引用されているものの、何がどのように困難で、それをどうやって乗り越えたのかが何も書かれていない、とか。

まあ、何しろ人間は感情の動物なのだから、そこに巻き起こるテンヤワンヤを詳しく描こうとすれば、いわゆるビジネスやマネジメントの枠内にはとうてい収まらないあれやこれやが盛りだくさんすぎて、ビジネスケースとしてのまとまりが失われてしまう。

そんなこんなは分かっていながらも、やっぱりこのあたりの話がスパッと割愛されてしまうのはどうにかならないのか?

組織の「現実」の全体像をとらえる

そういうときに助けになるのがリベラルアーツ、とくにフィールドワークを主体とする社会学や文化人類学の視点です。

こうした学問では、現場に赴き、状況をつぶさに観察し、そこで何が起きていて、関係するメンバーがこれをどのように受け止めたのか、その影響がどんな形で行動にあらわれているのかを事細かに明らかにしていきます。

職場という限定的な「共同体」における、人と人との関わり合いを成り立たせる本当にさまざまな要素が、もんじゃ焼きのようにガーッとかき混ぜられた状態。

これをそのまんまの形で差し出してくれるんですね。

そういうわけで、「だって人間だもの」的要素を盛り込んだマネジメントを行うためには、通常のビジネスやマネジメントの枠を越えた視点から、1人ひとりの組織メンバーの内にある「だって人間だもの」的要素がどう混ざり合い、どんな化学反応を起こすことによって、組織の「現実」がつくられているのかを考える必要があります。

想定外のゴタゴタはなぜ起きる?

佐藤郁哉「組織と経営について知るための実践フィールドワーク入門」は、そうした視点からマネジメントを考えるうえでとても役に立ちます。

この本は、詳細なフィールドワークにもとづいたさまざまなマネジメント研究の古典を紹介しながら、ビジネスやマネジメントの枠組みの埒外にあるさまざまな人間的要素が、組織の「現実」にどのような影響を与え、それが組織行動をどのような方向に導いていくことになるかを考える視点が詰め込まれています。

「マネジメントは一通り学んだし、セオリー通りにやるべきことをやっているつもりだけど、なぜか職場の現実にはつねに想定外のゴタゴタが入り込んでくるんだよな」

そう思っている方は、この本に紹介されているマネジメント研究のさまざまな視点が参考になるはずです。これまで自分が考慮してこなかった「だって人間だもの」的要素の絡み合い。そうした状況としてあらわれる、職場という「共同体」の現実に対して、新たな視点を見出すことができると思います。

役所という「共同体」で何が起きているのか?

この本には、ピーター・ブラウという米国の社会学者が1950年代に行った官庁組織の調査(「官僚制のダイナミクス:The Dynamics of Bureaucracy」)が紹介されています。

以下の引用は、この調査に描かれている、連邦所轄の労働基準局に務める組織メンバーの行動パターンと人間関係を要約したものです。

「Y局」と名づけられた政府労働基準局は、局長、16名の調査員、1名の事務員からなる18名の構成であった。この役所における正式な規程では、複雑な法解釈を含み判断に迷うような労使関係に関しては、同僚ではなく局長に相談することになっていた。

しかし、実際には調査官たちは、上司に相談することが無能さを示すものと判断されることによって低い勤務評定に結びつくことを恐れており、同僚に相談することのほうがはるかに多かった。

ブラウによれば、アドバイスを受ける側はそれで精神的安定と仕事における自信を得られるが、アドバイスを与えた側の職員は、仲間内での威信とインフォーマルな社会関係における高い地位を獲得することができ、ここに一種の社会的交換関係が発展していく余地があるのだという。

ここに描かれている、職場という「共同体」における「感情を持つ動物」としての組織メンバーの行動パターンと人間関係は、マネジメントの実践にどのような影響を与えることになるのでしょうか?

「だって人間だもの」のマネジメント論を支える視点

ブラウの研究のそもそものねらいは、「官僚制組織は変化に乏しい硬直的な組織だ」という固定観念を打ち破ることでした。しかし、この研究結果を裏返すと、「どんな組織であっても、仕組みやルールを定めるだけでは、メンバーをしっかりとコントロールすることはできない」ということになります。

なぜなら、人間は感情の動物なので、組織メンバーは自分が「無能」であり、仕事ができないと評価されることを恐れ、しかし仕事はやらなければならないので、同僚に相談することによって「精神的安定と仕事における自信」を得ようとするからです。

また、相談に乗るメンバーは、いいアドバイスを与えることができれば「仲間内での威信」が高まるから、仲間内でのwin-winな関係(社会的交換関係)、つまりきわめて強固なメンバーどうしのきずなが生まれることになる。

だから、こうした「だって人間だもの」的要素の結びつきに対しては、単なる仕組みやルールでは影響力を与えることができないということになります。

では、こうした視点から考えたとき、さまざまな感情や感覚をいだくメンバーをコントロールし、しっかりとした組織のマネジメントを実現するためには、何が必要になるのか?

これについてちょっと考えてみてください。

そういうことに思いを馳せることで、「ビジネスやマネジメントの枠内にはとうてい収まらないあれやこれや」が起きるプロセスや条件、そしてこうした事態を回避したり、すでに起きてしまった困った状況を打開するための新たな視点を見出すことができるのではないかと思います。

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