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【短編小説】神経衰弱のような恋のような愛

「こういうスキンシップはこまめにとりたいタイプだよ、僕は。」

外はシトシトと雨が降っていて、昨日まで続いた秋晴れが嘘の様で、部屋の中にいても冬のはじまりのような気温だった。私は2人掛けの小さなソファの右端に座り本を読んでいた。好きな作家の最新刊を読み進めて半分くらいになった時だった。彼は浴室から出てきて、ソファの左側に座った。私の左半分の側面と彼の右半分の側面がぴったりくっついた。そのまま彼は私の肩に頭を置く。

「こういうスキンシップはこまめにとりたいタイプだよ、僕は。君は?」

本のページを左脳に記憶させて、本を閉じた。彼の頭に私の頭もコツンと傾ける。

「そうだね、とくに冬は暖かいと思う。」

「僕は、夏でもくっついてたいと思うよ。」

「そうだね、夏もエアコンが効くと寒いから。」

彼は私が持っていた本を取ってローテーブルに置く。本を持っていた手は彼の手に奪われた。指と指が交差するような形で。

「近所のスーパーやショッピングセンターでは一定の距離感が必要だと思うわ。」
と私は言った。

「わかった、でも一緒に買い物は行きたいよ。卵1パックだけとか、トイレットペッパーだけとかでも。」

「そう、ありがとう。それはとても助かる。ひとりだと、まあいっかってなるし、あなたと一緒ならなんだか重い腰も持ち上がりそうだから。少し遠出した時は、手を繋いだり腕を組んだりしてもいいと思うわ。あまり知った人がいないような場所であれば。」

「もちろん。僕もそれは賛成だよ。君が甘えてくれると僕はきっと毎日が楽しいし幸せだと思うから。」


祖母と暮らしているという一回り歳上な彼との出会いは突然だった。それは神経衰弱の一枚目のような。

「僕はもう君と結婚すると思う。君が12歳も離れている僕を恋愛対象として見てくれているのであればということになるけど。」

はじめてお会いした日、古民家を再生した田舎の蕎麦屋で戸隠そばをすすっている私に、彼はつゆにすりごまをふりかけながらそう言った。

「まだ会って3時間くらいしか経ってないですけど。」

「僕はフィーリングを大切にしているから。」

「直観的にそう思ったってことですか?」

「うん、僕は君とずっと一緒にいる気がする。」

そのまま黙々と蕎麦を食べた。天麩羅盛りは、互いにシェアをしながら。私が海老を選ぶと、彼は鱚を選んだ。私が舞茸を食べると、彼は大葉に箸を伸ばした。交互に好きなものを食べ進めた。私も思ったんだ、塩と出汁の使い分けが同じなのを見て、蕎麦湯をつゆで割って飲む姿を見て。彼のずっとそばにいる気がすると。

車で私のアパートまで送ってくれて、降りたタイミングで尋ねた。

「明日もお仕事お休みですか?」

「うん、休みだよ。」

「よかったら、コーヒーでも飲んで帰りますか?」

「そんなこと言われたら、おじさん期待しちゃうけど大丈夫?」

「期待して大丈夫だと思います。」

近くの空いている駐車場へ誘導し、彼を部屋に案内した。扉がパタンと締まり靴を脱ぐ。短い廊下を進んで部屋に入ると目が合った。そのまま唇が軽く触れ、すぐ離れてもう一度目が合うと、私の両肩に強い力が加わった。男の人の力だ。そのまま舌が絡み合って、唇は離さないまま互いの顔が右や左に言ったり来たりした。彼の筋肉質な身体を感じながら、長い時間を唇が重なる時間に費やした。

「ベッドどこ?」

彼は耳元で囁いて私は黙ってもう一つの部屋の扉を指差した。彼はそのまま私の身体を持ち上げて、私は咄嗟に彼の首に腕を回した。半ば強引に抱きかかえた時とは裏腹に、ベッドに降ろすときは、それは丁寧でやさしくてまるで割れ物を扱うみたいに。彼は横になった私の髪の毛を撫でながら、また優しいキスをする。その唇が重なるその音が、私の下腹部を余計に熱くしてじんわりと濡れていくのが分かった。

「怖くない?」

声にならない声で「うん」とだけ頷き、彼はそれを確認してブラウスのボタンをひとつずつ外していった。今日始めてつけたブラジャーは、紐の長さがうまく調節できていなくて右の肩だけ少しこすれて痛みがあった。彼はその場所を指でさすってキスをする。きっと赤くなっていたのだろう。そのまま紐はずらされて、後ろに手が伸びると、いとも簡単に縛られていたものが解放された。露になった丸みは、彼の人差し指が中指より長い手の中に包まれた。彼の唇はそのまま丸みの中央へ移動し、私は目を瞑ったまま彼の愛を感じた。指や唇は上から下へと順番に、時間をかけて私を飽きさせないように愛撫していく。彼とひとつになって、それもまた暫くの間(時間は分からない、でもそれがひとつのストーリーかのように)私たちは愛を囁きながら、時には動物的に鳴きながら同じ時間を過ごした。

少し眠って、朝少し早い時間に目が覚めて私が先にシャワーを浴びて、彼はそのあとにシャワーを浴びた。彼がシャワーを浴びている間、私は2人掛けの小さなソファの右端に座り本を読んでいた。好きな作家の最新刊を読み進めて半分くらいになった時だった。彼は浴室から出てきて、ソファの左側に座った。私の左半分の側面と彼の右半分の側面がぴったりくっついた。そのまま彼は私の肩に頭を置く。

「こういうスキンシップはこまめにとりたいタイプだよ、僕は。」

神経衰弱のような恋ような愛が始まった。

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