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【エッセイ】穴のないドーナツ

コインランドリーでドラム式の洗濯機を眺めていた。洗われているのか、かき乱されているのか分からなくなった。0時を過ぎた国道の赤い点滅信号でブレーキを踏みながら思った。好きになる前にも一旦止まれのサインがあればいいのにと。カーテンの隙間からのぞく光が眩しくて目を閉じた。今日もお腹は減るし、くしゃみもする。ああ、生きているのだ。私も、どこかのあの人も。

そんなことを思いながら、8つの丸が輪のように繋がったドーナツの、一粒をちぎって口に入れた一葉です。

一葉は夏とイチョウが好きです。

夏が好きなのは、明るい時間が長いからです。
イチョウが好きなのは、2億年も続く生きた化石だからです。
夏が過ぎると夕暮れが早くなって、仕事終わりに空を見上げて寂しい気持ちになります。今年の秋はいっそうのことそんな感じです。それでも、イチョウは黄色く色づいてくれるので励まされているように感じます。

大抵の人が、さかむけのようなほんのわずかな不快さだと受け流すことも、自分にとっては棘が刺さったような痛みを伴う事象が起きることがあります。そういうことが、昔に比べて敏感に感じるようになりました。特に今年はそういう事象に苦しんだ年かもしれません。それでも冒頭で記した通り、お腹は減るし、くしゃみもするのです。ごはんは美味しいし、鼻のムズムズは我慢できません。

大人になったら簡単にできるものだと思っていたことが、容易に手に入るものだと思っていたことが、そうではないのだと気づいて親の尊さを知ります。無数の愛も、はじめてでいっぱいの人生も、両親が私に与えてくれたものです。いつか私にもそれらを伝承するときがくるのでしょうか。

人間にもドーナツと同じように心に穴があって、ふさがらない穴をふさごうとして、たまにやさしさを求めるのだと思います。でも、やさしい嘘は嫌いです。なので、次は穴の開いていない甘くて柔らかいクリームたっぷりのエンゼルクリームがいいなと思っています。

さかむけのできやすい季節です、保湿クリームをたっぷりつけましょう。

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