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ポスト・ポストカリプスの配達員〈27〉

 撤去人〈ユウパッカー〉タグチ・リヤは困惑していた。一つはブリッジ方面に向かう道中のヤマト兵の数が予想より少ない事。そして二つ目は、
「……弱すぎる」
 ヤマト朝廷は仮想敵としてAPOLLONでも情報収集されていた。数多の前・ポストカリプステクノロジーを有し、有り余るポスト物資を背景に軍拡を推し進める極東に存在する世界唯一の『国家』。その兵は精強。王冠教〈クローネ〉の教えに従い狂信的なまでに戦いを遂行する――そのはずだった。
『次の角から兵士二名接近――武装は携帯消印のみです』
 トライが自前の高感度センサー群を展開しながらタグチをナビしている、というアドバンテージももちろんある。
「ふんッ!」
「カハッ……」「げぅっ」
 だが二人まとめて横回し蹴り一発で壁まで飛び、気絶するのは如何なものか。
「む? こやつら……」
 タグチは気絶した二人の顔を改めると、表情を曇らせた。
「子供だと……?」
『推定年齢13歳。現在の基準でも間違いなく子供ですね』
 慢性的に出生率が低下し続け、緩やかに滅びの道を辿るポストカリプス世界で子は宝だ。集団養育所で大切に育てられる。少年兵等考えられない事だ。少なくともAPOLLONでは。
「これも王冠教の教義とやらなのか? だとしたらそれがどのような信仰であれ、間違っておるッ! 子を戦に駆り出すのを正当化する宗教などあってはならぬものだ!」
 タグチは憤然として叫ぶと、少年兵たちから携帯消印を鹵獲する。消印有効を確認すると一丁は腰のホルスターにしまい、一丁を構える。タグチからしたらやや小さすぎるが、消印の破壊力は折り紙つきである。三百年前の戦争時、大型消印は要塞攻略にも使われていた程だ。更に背嚢を探るとメールボムも幾つか出てきたので懐に収めた。
「許すまじヤマト朝廷! このタグチ・リヤが成敗してくれるわッ! トライ殿ッ! 引き続きナビを頼みますぞおお!!!!」
 タグチは吶喊すると全力スプリントを開始した。
『声を落としたほうがいいと提案します。あの聞いてますかタグチさんもしもーし』
「うおおおおおおおおおおッ!」

 俺は訝しんでいた。そもそも監禁されていた部屋の前に見張りすら置かれていたなかった時点で何かがおかしいとは思っていた。俺の記憶の中にあるヤマト兵は――主に警備員として俺のいた施設に常駐していたが、全員が熟達者であり、幼い俺に対しても私心を殺して完全に一線を引いて接するプロだった。だが道中で遭遇した兵士たちは全員がこちらを見ると完全にパニックとなりデタラメに消印を押捺してきた。
『そちらもですか』
 トライからの通信。ということは、ブリッジ方面もこんな調子なのか。
『ヤマト兵がここ七年の間に極端に質の低下を引き起こした理由――なにか心当たりはありますか?』
「正直さっぱりだ。この七年間できるだけヤマト朝廷絡みの案件とは関わらないようにしてたからな……」
 まあその理由も直接聞き出せばいい。
「艦長室に到着した。室内の人数は分かるか?」
『――一人、です。艦長室の前にすら警備兵を置かないとはますます奇妙ですね。ひょっとしたら我々を迎え入れる時に表に出てきた兵士が全ての可能性も出てきました』
 そんなまさか。
『いえ――少々お待ち下さい。想定外の問題が発生しました』
「なに、どうしたの?」
 ナツキが不安そうにきゅっと眉根を寄せる。
「……おい、本当にどうした?」
 トライから即答が返ってこない。
『……申し訳ありません。これは――どうしたものでしょう。艦長室のロックは外しました。ナツキとヤマト様には直接艦長と面通しして予断抜きで判断してください』
 トライにここまで言わせる何かが起こっているのか? タグチのことは全く心配してはいないが――逡巡しているうちに目の前の扉のインジケータが赤から緑へと変わり、独りでに開いた。
「先程から艦内が騒がしいかと思えば、やはり貴様らか」
 声が飛んできた。俺は思わず固唾を呑む。室内。コンソールと書類に囲まれた机を背後に、男が立っていた。
 かつての肩書はヤマト朝廷・郵征大将軍。だが今は――
「御前である。控えおろう……ふん、やはり柄ではないな」
 その頭にあるのは、〒マークのついた三重冠。「投函・配達・受け取り」、または「郵愛・郵和・死後の富〈ユウチョ〉」を象徴するとされる教皇冠〈ポストープクローネ〉であった!
 コクラ・ヤスオミ――俺の、肩書き上の親。
「騒ぐほどの警備もいなかったがな。それともわざとか?」
「兵が守るべきは俺ではなく、民だ」
 やや場違いとも言えるその言葉に俺が僅かに訝しんだ――その隙をついてヤスオミは五足はあった間合いを一挙に詰めながら腰に佩いた刀を音すら立てずに抜き打ち……金属音。横から更なる超スピードでインタラプトを仕掛けたのはナツキだ。モスクワで買った鉄板入りの安全靴で刀を蹴り弾いたのだ。
「ほう」
 ヤスオミが僅かに眼を細める。腕を跳ね上げられ体が開いている。そこに俺は最速の貫手を放った。だがヤスオミは120fpsモードのアイカメラでコマ落ちが発生する程の反応速度で半円を描いて回避。その動作がそのまま刀を使った横薙ぎ斬撃攻撃になっている。
 躱したが、上腕を切り裂かれる。ナツキも驚異的柔軟性のバックスウェーでやり過ごしているが幾房かの髪の束が裂かれ雪のように散った。
 俺の反撃の拳が空を切り、ヤスオミの刀が流体のように滑り、ナツキの蹴りが床に穴を穿つ。
 斬。蹴。拳。
 避。撃。打。
 血。裂。投。
 刀。乱。脚。
 拳。拳。血。
 ヤスオミは、記憶にある通りの恐るべき使い手だったが――俺とナツキの二人がかりの攻撃が徐々に追い詰め、そして、
「カハッ……」
 俺の肘鉄がヤスオミの肺腑に深く突き刺さり、喘鳴と共に刀を取り落とした。ナツキが素早く床の刀に対して震脚一発、業物は澄んだ音を立てて折れた。
「さて――積もる思い出話など何もないし、一体何が起きてるか聞かせてもらおうか」
 俺の言葉にヤスオミは苦笑しながら身を起こすと、執務椅子にどかっと腰を下ろした。
「全く、とんだ放蕩息子の帰還だな――ゴホッ」
 ヤスオミは激闘の最中でも全くずれなかった三重冠を取った。俺は静かに驚く。ヤマト朝廷の貴人が人前で冠を脱ぐのは生涯で一度だけ――即ち自らが死ぬ時のみと言われるからだ。
 俺の視線に気づいて、ヤスオミは苦笑を深める。
「馬鹿らしいと思わんか、なあ。こんな物をいつも被るなんて」
「――教皇冠をつけた人間がそれを言っていいのか」
「俺しか言えんだろうよ……さて。何が起こっているか、だったか」
 ヤスオミは椅子に深くもたれると、溜息をついた。
「まあ順序立てて話すとしたら、貴様の出奔後からになるな」
「いや、そんな昔のこととかどうでもいいから。今起きてることを話せよ」
 老人かよ。
「老人だよ、もう俺は。そして老人の話は聞くものだ」
 ナツキが隣でくすっと笑ったのを憮然と聞きながら俺は渋々先を促した。
「貴様が枢機卿を殺したことで、朝廷は上から下への大騒ぎとなった。お前は知る由もなかったろうが、あの豚は枢機卿の最大派閥の長だったからな。その混乱に乗じて俺は軍を率いてクーデターを起こした」
 あまりにあっけらかんと言い放ったので俺はしばしぽかんとしてしまった。クーデター?
「一部勢力に逃げられたが、朝廷の宿痾であった枢機卿共は一掃した。俺としては王冠教自体を消してしまいたかったが、信心深い民も多くてな。結局軍の推戴で俺が教皇になった」
「待て待て待て。サガワーの情報網にもそんな話入ってきていなかったぞ」
「朝廷の情報操作能力を甘く見過ぎだ。帝都に存在するホスト・ポストサーバーは全ての地下茎ネットワークの中心を抑えている。他所には門戸を閉ざし、半ば冷戦状態にあったからな。クーデター後の不安定な情勢に他国の介入を許せば朝廷の自立自体が損なわれる危険もあった。
 ――反感を買わぬ程度に徐々に軍縮し、民の生活も上向いた。自画自賛だが、中々の平和な治世だったよ、この7年はな」
「何か――最近、あったんですか」
 ナツキが質問した。ヤスオミはしげしげとナツキと俺を見比べる。
「そう言えばこのやけに強いお嬢ちゃんはなんなんだ。貴様の嫁か」
「ちが」「はいそうです!」
 ナツキが笑顔で答えた。おい。
 ヤスオミは面白い物を見る顔つきになったが、すぐに表情を改めて話の続きを始めた。
「そう、僅か10日ほど前の出来事だ。かつて逃げ果せた枢機卿派が帰ってきた――地獄の底からな」
 10日前――。ほぼ俺とナツキが出会った日付と一致する。何かの偶然か? それとも――。
「地獄?」
「ああそうだ。やつらは帝都の地下に逃げ込んでいた――旧帝都屍街〈しがい〉にな」
 旧帝都屍街――それは堆積したポスト層の底にある、かつての日本の首都。数多のプレ・ポストカリプステクノロジーが埋蔵されているだけでなく、極めて強力なバケモノ共も徘徊している危険地帯である。
「やつらは神話のポストのバケモノ共を引き連れてきた。牛車〈ミノタウロス〉、黒女王〈ペニーブラック〉、飛頭蛮〈フェイスブック〉――よりどりみどりだ」
「――公爵級〈デューク〉級のメーラーデーモン……」
 ナツキが呟く。
「それで――どうなったんだ」
 聞かなくてもなんとなく察しはついていた。今ヤスオミが口にしたのは一体出没しただけでAPOLLONが総出でかかって撃退するようなバケモノたちだ。それが複数、しかも予兆なく足元から。
「もちろん応戦したさ。だが軍はほぼ壊滅――そして俺はおめおめと国から逃げ出してきたわけだ」
『なるほど、そういう訳でしたか』
 トライからの通信。どういう訳だ。
『多数の難民を発見しました。ブリッジにまですし詰めです』
「民を連れて脱出か……まあそれはいいだろう。ならなんでわざわざ俺を捕まえた?」
 APOLLONに喧嘩を売ってまで。しかも俺の居場所をどうやって知ったんだ。
「お前の居場所はこの七年間常に把握していた」
「……なに?」
 俺は本気で驚愕した。発信機の類はつけられていない、とサガワーに嘱託されているサイバネ技師は言っていた。あいつがヤブではなかったら、単にヤマト朝廷独自の技術で探知されていたということになる。
「……ある存在が常にお前を見張っていたからな。そして、俺たちが朝廷を脱出する時間稼ぎをしてくれたのも、その存在だ」
「おいまさか、その存在って……」
「そのまさかだよ。我らが奉りし鬼神、ヤタガラスだ」

続く

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