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ポスト・ポストカリプスの配達員〈26〉

「さて、何から手をつける?」
 タグチがシャドーボクシングをしながら問うてきた。じっとしてられないのかこいつは。
『最終目標は一つです。そして、手段も一つです』
「目標は、トライの身体の復活、そのためのヤタガラス起動、か」
 シベリア郵便鉄道の中でトライが語った、マナカの言葉は今は考えないようにする。
『そして手段は――この万能戦艦大和を、ハイジャックします
 タグチが動きを止め、ナツキが目を見開き、俺は息を呑んだ。
「その――トライ殿は冷静に見えて意外と大胆であるな……」
「昔からこうなんだよー。私が冷静さを欠いた時止めるんじゃなくてむしろけしかけてくるの」
 ナツキがやれやれと首を振った。
「――ハイジャックの方の手段はあるのか?」
「もちろんです」
 突然バシャっと音を立ててナツキの首からぶら下がっているインカンが外殻を展開し、そこから無数の光る触手が現れた。その様は何というか、昔データベースで見せられたナマコという海棲生物が捕食器官を広げた姿に似ていた。つまり物凄く、
「気持ち悪い」
 思わず俺が口に出すと、タグチも横でぶんぶんと頷く。ナツキは平気そう――いや違うなこれ、ただ固まってるだけだ。
『失礼な。すみませんナツキ、私を適当な壁に押し付けて下さい……ナツキ?』
「ううう……毛虫、嫌い……」
『……すみません、ヤマト様お願いします』
「お、おう……」
 俺はインカンを取ると、言われた通り壁に押し付けた。光る触手の感触はほぼないが、一応実体が存在するようだった。
「これは――タキオンファイバーか」
 それは前ポストカリプス文明の中でも最も洗練された遺失技術の一つ。普段はスーパーカブの種から生えるもの位しかお目にかかれないが、それよりも遥かに高密度だった。
『これを用いて艦のシステムと接続します。カンポ騎士団は日本軍の兵器類に対して上位接続権限を有していましたので、システム改修が行われていなければそのまま掌握が可能でしょう』
 押し当てられた部分からトライのタキオンファイバーが建材の分子間の隙間に潜り込んでいき、超光速仮想粒子〈タキオン〉を用いたアルティメットテキストトランスファポストコル〈UTTP〉を開始した。インカンの表面が七色に輝き空中に「接続中……しばらくお待ち下さい」の文字を投影し、「ピーヒョロー」という笛の様な音が流れだす。
『……システムの把握が終わりましたが、二箇所だけ接続を拒否された箇所があります』
 一分ほど経過し、シュルシュルとタキオンファイバーを格納しながらトライが言った。
『ヤマト朝廷の技術者は中々有能なようですね。厄介な郵性防壁が展開されていました。そこは物理的に制圧する必要があるでしょう」
「どことどこだ?」
『ブリッジとこれは――艦長室ですね。少し離れていますので二手に分かれましょう』
「む……しかし三人しかおらぬのにさらに戦力を分散させて大丈夫であろうか」
 珍しくタグチが真っ当な意見を述べた。
『しかし二箇所同時に制圧できないと、残った方がシステムを修復してしまう仕掛けのようです』
「むぅ……良しっ! ならばブリッジの制圧は我輩一人に任せよ!」
「いや明らかにそっちの方が人数いるだろ!」
「だからこそであるッ! 危険な任務は我ら撤去人の本懐であるッ!」
『では私がタグチさんについて行きサポートを行いましょう』
「え……トライと離れちゃうの。さっきのこと怒ってる? ごめんね?」
 ナツキがガーンと擬音でも聞こえてきそうな表情で言った。
『いえこれは純粋に戦力バランスを考慮した提案です。それにナツキとヤマト様にもついていきますよ』
「? どういうことだ……うわっ!?」
 インカンが突然独りでに跳ね、俺の頭の上に乗ると、再びタキオンファイバーを展開し始めた。
「ちょっと待てなんかなんか耳とか目から入ってきてるなんか入ってきてる今これどうなってんだ!?」
「「うわあ……」」
 ナツキとタグチがドン引きした表情でこちらを見つめている。いや助けてくれよ。
『大丈夫です痛みはありません』
 そうは言うが何かが流れ込んでくる感覚と共に視界がチカチカと明滅し、気分は正直良くないのだが。と、唐突に視界が安定しインカンは自力でタグチの元へジャンプした。
『『聞こえますかヤマト様』』
「!? トライの声が二重に聞こえるぞ」
『『無事私のフェムトマシン群が定着したようですね。私とヤマト様の相互リンクを保ち、情報共有や電子的補佐等も行えます』』
「事前説明くらいしてからやってくれよ!」
『『注射が嫌いだと拒否される可能性があるので』』
 まったく。だがトライと情報共有できるなら確かに心強い。
『感度良好なようなので、ヤマト様にのみ聞こえる通信を送ります。ご返事は思考のみで行って下さい』
 トライが言った。何やら口調が硬い。
(なんだ、二人に聞かれて困る話か?)
 半ば冗談でそう言ったのだが、トライは肯定した。
『ええ。これはヤマト様に関わる重大な話であり、まだ引き返せるこのタイミングだからこそ打ち明けるべきだと判断いたしました」
(――聞こう)

 トライとのやり取りを終えると、ナツキが話しかけてきた。
「? どうしたのヤマトくん、黙りこくって」
「いやちょっと通信のテストをしてただけだ」
 俺は微笑みを返す。我ながら上手くできたと思う。 
「では我輩とトライ殿がブリッジを制圧し、」
「俺とナツキが艦長室を担当か――死ぬなよ、撤去人」
「誰に言っておるか――そちらこそやられるなよ、配達員」
 俺とタグチは拳を打ち付け合う。横でナツキがわたしもやりたいなーとじーっと眺めていたのでナツキともこつんと拳をぶつけた。
「では行動開始ッ!!」
 トライがハッキングしてドアを開け、俺たちは二手に分かれてそれぞれの目標に向かって駆けだした。
 走りながら、隣のナツキをちらりと見遣り、俺は先程のトライとのやり取りを反芻する。

『我々の目標に於いて必須事項である、ヤマト様とヤタガラスとの概念住所共有についての、先ほどお話しなかったリスクについてです』
(リスク? だがナツキは特に何もなさそうだが)
『それは――全ての配達員〈ポストリュード〉が概念住所共有後に郵政省による記憶処理を受けており、そのことを忘れ去っているからです』
(……昔の郵政省もエグいことをするな――ヤマト朝廷もその気質を受け継いだのかもしれんな。まあ、だからナツキの前では話せない、と)
『察して頂いて助かります。それで、リスクがどれくらいの物なのかなのですが――これは明言できません』
(予測が不可能なのか)
『そうです。端的に言うと、そのリスクとは〝何かを一つ失う〟です』
(またえらく抽象的な――例えばどんな物を失うんだ。……ナツキは、何を失ったんだ?)
『ナツキは。ナツキは……私と共有したことにより、〝色素〟を失いました』
(――! あの白髪と紅眼は生まれつきではなかったのか……)
『パトリック――モスクワで襲撃をかけてきた配達員は〝自制心〟を。ローラ副団長は〝出産能力〟を。ヒソカ団長は〝痛覚〟を、それぞれ失いました』
(……)
『このリスクはかつての配達員達には事前説明すらされなかったものですが――郵政省無き今、秘匿義務も無くなったと自己判断し、こうして告知することにしました。
 ヤマト様、それでも私の機体を再生させ、ナツキを助けるために行動をしてくださいますか。出会って一週間程度の他人を、かけがえの無いものと引き換えに助けてくださいますか』
(ここで断ったら、どうなる)
『特に問題はありません。機体の再生のみならば概念住所共有は不要です』
(だが、それではミネルヴァには勝てない)
『――そうですね』
(勝てなかったらまた自爆か? ミネルヴァは起動したヤタガラスも見逃すことはないだろう。今度も遠くにテレポートで逃げ切れたとして、もう後はないぞ)
『その場合、どこか辺境の地で静かに暮らすのもありかもしれませんね』
(ナツキが納得するとは思えんな)
『……では?』
(さっきも言っただろう。俺はもう二度と、泣いて困っている女の子を見捨てないと決めたんだ。そのリスクが例え命を持っていくものだろうと、俺は引き受ける)
『いえ死亡事例は確認されておりませんので、そこはご安心ください』
(うん、まあ意気込みの話であってだな。とにかくこの話は終わりだ。俺は、ナツキを助ける)
『……感謝致します。心無きAIですが――心の底から』

 俺はナツキの翻る純白の髪を、肌を、紅い眼を――力の代償を見る。
「? なんかわたしの顔についてる?」
 小首を傾げるナツキに俺は首を横に振り、答えた。
「必ず成功させるぞ、ナツキ」
「うん!」
 輝くような笑顔でナツキは返事をした。この表情を守るためならば、例え何を失ったとしても惜しくはないな、と思えた。
 俺は身体中のモジュール群を起動させ、統合身体制御を開始した。

続く

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