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ポスト・ポストカリプスの配達員〈36〉

 時を少し巻き戻し、スペース・ゴヅラが撃破された直後。俺は戦艦大和の残骸に近づくと、ナツキ達に呼びかけた。
「ナツキ、トライ、無事か!?」
 即座にトライからの反応が返ってくる。
『ええ。私もナツキも怪我はありません。ただ――』
『貴機がトリスメギストスの制御AI〈プレリュード〉ですか?』
 会話に割り込んできたのはタチバナだった。
『おや、貴女はヤタガラスの……初めまして、タチバナ』
 トライとタチバナの間で速達郵メール通信が行われ、情報の共有が一瞬で行われる。
『なるほど……お兄さま達は随分と厄介な相手に絡まれているようですね』
「ああ――正直マナカもヒソカもどうすればいいのやら頭が痛い」
『マナカ・タダナオ――本人の言が正しければ、『異世界人』とでも呼ぶべき存在でしょうか。あらゆるデータベースにも名前以外の情報が一切載っていので詳細はまるで不明です』
 トライから受け取った情報を吟味しながらタチバナが困惑気味に言った。
『マナカは今のところ私たちに敵対的ではないようです。今差し迫っている危機はマエシマ・ヒソカの方でしょう。超常の力を持つヤタガラスとて、彼に勝てる可能性は低い。私の本体を再生して、共同で当たらねば勝機はないでしょう』
「予定通りヤタガラスの動力を使ってトライを復活させればいいんだろ?」
『いえ、私とナツキはマナカに言われた通り旧帝都屍骸へと向かいます。郵政省本庁に行けばヤタガラスのエンジンを使わずとも機体のレストアが可能でしょう』
「いやあそこは怪物も出るし、何よりあの胡乱な男の言葉に従って大丈夫なのか? 俺とヤタガラスもついて行った方がいいんじゃ……」
『私たちだけで大丈夫だよ、ヤマトくん』
「ナツキ、そうは言っってもだな――」
『貴女がカネヤ・ナツキですか』
 またしてもタチバナが強制的に割り込んできた。
『? うん、そうだけど。タチバナちゃんだよね? ヤマトくんの妹の』
『ちゃん付けされるいわれはありません。やめてください』
『いやーいずれ義妹になるわけだし、フランクにいこうよタチバナちゃん』
『意味不明な繰言は即刻やめてください。お兄様を惑わす羽虫の分際で』
「いやちょっと、タチバナさん?」
『わたくしの目の黒いうちはお兄様といちゃいちゃするのは禁止です』
『へえええええ。ふううううん。タチバナちゃん、そういう子だったんだ』
「おいトライ、黙ってないで何とかしろ」
『私は無制限にナツキの味方ですがこの件に関してはタチバナに付きます。私の目の黒いうちはヤマト様といちゃいちゃするのは禁止ですよナツキ』
『トライまでそんな事言うわけ? 分かった、戦争だね?』
 誰か、誰かこいつらを止めて……。
『お前らいい加減にしろ……!』
 通信に響いた一喝で皆が静まり返った。ヤスオミだった。咳払いをして続ける。
『ナツキとトライにはタグチが同行を申し出てきている。ヤタガラスには難民の護衛をお願いしたい。イセ・パレスの上層部分は吹き飛んだが、まだ下層部分が機能しているのでな。そのマエシマ・ヒソカとやらが襲ってきた時、アルティメット・カブがいなければどうにもならん』
「了解した。ほら、やるぞタチバナ」
『ナツキも急ぎましょう』
『……』
『……』
 通信越しに未だ無言の火花を散らすタチバナとナツキをそれぞれの保護者が急かす。
「――生きて帰れよ、ナツキ。俺はお前に恩をまだ返せてないからな」
『ヤマトくんこそ。彼は――マエシマ・ヒソカ元団長は、強いから』
『いちゃいちゃ禁止令ー!!』
『早く動け!』

 フラッシュバックじみた記憶の再生はそこで途切れる。機体内に響く種々の警報。タチバナが瞬時にダメージコントロールに専念する。脳内を駆け巡る様々な信号と薬物によりパニックを起こしかけていた俺の精神は即座に沈静化される。
 眼下から斬撃を〝飛ばして〟きたのはアルティメット・カブ、ミネルヴァ。
『ヤタガラス、まさか起動しているとはな』
 その配達員〈ポストリュード〉、マエシマ・ヒソカは意外でもなんでもなさそうに言った。
『それは、俺が造った、俺の機体だ。不罪通知〈アブセンシアン〉との戦いに必要なものであり、何処の馬の骨とも知らぬ輩が触れて良いものではない』
「動かせなかったからしまっておいた癖によく言うぜ。しかも不意討ちとは騎士様らしくもねえな」
『ふむ。大人しく渡すつもりはない、と』
「当たり前だろうが。お前の事情に俺たちを巻き込むな」
 喋って、一秒でも長く時間を稼ごうとする。片翼を捥がれ、出力は30%程低下したが重力制御も郵子力制御も未だ健在だ。周囲の空間の奥から質量を引き出し再生を――
『――愚か』
 その一言ともに、ミネルヴァの姿が消えた。俺は咄嗟にヤタガラスを急降下させる。
 キュオン。
 再び異音と共に、寸前までヤタガラスが占めていた空間を不可視の斬撃が通過した。いつの間にか頭上に移動していたミネルヴァが青いモノアイでこちらを見下ろす。その機械の視線から、今度こそ意外な驚きの成分を俺は見い出す。
『ヤタガラスの不正規配達員〈イレギュラー〉、名を聞こう』
「ヤマト・タケル。そして、配送機〈プレリュード〉タチバナ・カヅサ」
『ヤマト・タケルとタチバナ・カヅサ。貴様達をカンポ騎士団の討伐対象と認定する。以降、アルティメット・カブ『ヤタガラス』に対するIFFPC〈敵味方識別郵便番号〉の永久遮断を宣言する。命と機体、貰い受ける』
「IFFPC〈敵味方識別郵便番号〉の永久遮断を宣言する。上等だ。やってみろや」
 未だ出力が回復しないエンジンを動かし、俺は突進をしかけた!

 不気味なほど静まり返った空間を、ナツキとタグチは速足で通り抜ける。全てのポストが青くなり、それどころか淡く発光まで始めていた。活性化している。全ポストの管理者権限を持つ者――ヒソカが来ているに違いなかった。
「あれが郵政省であるか……ふむ。APOLLON本部と比べたら意外と大した事がないものだな」
『あまり巨大な建築物すぎてもミサイル等の格好の的ですので。帝都は主に地下にその主要機能を集中させていました』
「カンポ騎士団の本部も地下との事だが、降りられるのか?」
「私が最後に脱出した時に造った穴があるはずだから、多分大丈夫」
「――確かに壁に大穴が空いておるな」
 1200四半期前に、ここから強制的に去った時のことを思い出す――ローラ。モスクワで見たダーク・ガブリエル。やはり、彼女は……。
「ほれ、先を急ぐぞ。サガワーの小僧が恐らく上で戦っておるはずだ」
「……うん、そうだね。トライもやっとインカンから戻れるね」
『この姿にもそろそろ慣れてきていたのですが。ナツキと常に密着できますし、戻るのが少し惜しくなってきました』
「密着って……」
「――しっ。二人共静かにせよ。入り口付近に誰かが居るようだ」
『スキャンは不可能です。郵政省関連施設に対するスキャニング行為はハードウェアレベルの禁則事項なので、直接確かめるしかありません』
「危険――なんて言ってる場合じゃないね」
「うむ。突っ込むぞ」
 二人が走り出しだした、その時。静まり返っていた周囲から不意にヴゥンという重低音が湧き起こった。
「これは!?」
『走って下さい! ポストが増殖する時の成長音です!』
 果たして地上では何が起こっているのか、本来起こりえない青ポストが無限増殖を開始し、周囲の構造物をかつての大郵嘯のように飲み込んでいく! 道路が陥没し、穴の中から地下水と共にポストが吹き上がる!
「出し惜しみをしておる場合ではないな……!」
 タグチは懐から白い紙束を取り出すと、周囲に撒き散らし始める。ポスト成長抑制剤であるハガキだ! エピック級資源を無造作に消費しながら、駆ける駆ける駆け抜ける!
 背後ではまさに津波と化したポストが通りにあるビルを全てポストに沈めながら迫ってくるが、ハガキの周囲は成長が遅く、ナツキ達の遁走を助け、ぎりぎりのところで郵政省本庁舎ビルへと駆けこむことに成功した。
 ZGOOM……。入り口にポストが殺到し、完全に塞いでしまった。
 庁舎の中は淀んで冷えきっている。完全な闇の中、LEDライトで照らすと、埃と瓦礫の積もった床にそう遠くない前に人が通った痕跡があった。恐らくこれが追放された枢機卿派のクロネキアンたちのものだろう。
「警戒せよ」
 タグチが柱や瓦礫の壁を手早くクリアリングしていく少し後ろを、ナツキは付いて行くが、いきなり背後から肩を叩かれた。郵聖騎士としての反射が、悲鳴より先に身体を動かす。素早い後ろ回し蹴り。当たったが、倒した手応えがない。
 振り返り、目を凝らす。タグチが素早く駆け寄って隣で銃を構えた。銃身に取り付けられたライトが、そいつを照らしだす。
 ボロボロの法衣を纏った老爺。胸には王冠教〈クローネ〉のシンボルである二匹の黒猫が並んだ図像のペンダント。
「枢機卿、か?」
 タグチの呟きに、老爺が反応した。
「いいえ」
『「「――!?」」』
 タグチと、そしてナツキとトライは驚愕した。だがその驚きの理由にはそれぞれ微妙な差異が存在した。
 タグチは老爺から聞こえたのが、女性の物であることに純粋に意表を付かれた。
 トライは、その声が胸のペンダントから聞こえてくるを突き止め、そしてそのペンダントの空間情報密度の高さ――それはトライの現在の姿であるインカンに匹敵する――に驚いた。
 そしてナツキは。
 その女性の声の正体に即刻思い当たり、呼吸の仕方を忘れた。
 彼、いや彼女は……

「久しぶりね、ナツキ。そちらの彼は、初めまして。
 私はカンポ騎士団副団長上級郵聖騎士、ローラ・ヒルという者です。あ、騎士団はもうないのでしたね」

続く

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