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2.背景 共同育児、育児への父親の関与と家族のウェルビーイング

本書はイギリス政府平等局Government Equalities Officeの冊子「Shared care, father's involvement in care and family well-being outcomes」(2021.1),
文献レビュー
調査報告書作成者:社会政策学部、チョン・ヒジュン、
ケント大学社会政策・社会学・社会調査学部
の翻訳です。60ページほどの冊子なので、章ごとに記事にして公開していきます。本記事は第2章です。

はじめに

 近年、政策立案者や研究者は、男女間の育児の役割分担の改善に新たな関心を示している。その重要な理由の一つは、社会全体で男女間の賃金格差が過去10年間にわたって頑固に低迷していることである。2019年の「時間と収益の年次調査(ASHE)」のデータに基づくと、イギリスにおける男女の時間給の差は、全労働者では17.3%、フルタイムで働く男女の時間給を比較すると8.9%となっている。
 このような男女間の賃金格差が存在する理由は様々だが(例えば、Costa Dias et al. 2018を参照)、その代表的な原因は、男女間の育児の役割と責任の不平等な分担である。女性が労働市場で男性と競争できない原因は、「第2の仕事」のためであり、より具体的には、女性が家庭内での家事や育児の役割の大半を依然として担っており、期待されているからである(Hochschild and Machung, 1989)。その結果、多くの女性がパートタイムで働くことになったり、労働市場から完全に離れてしまっている(Chung and Van der Horst, 2018)。多くの場合、パートタイムに移行すると、低スキルで低賃金の職業に就くことになり(Connolly and Gregory, 2008)、給与やキャリアにペナルティが課せられる(Chung, 2020)。母親がフルタイムで働いていても、育児や家事の理由で長時間の残業をすることはできない。オフィスでの長時間労働は、昇進の可能性や給与水準の向上につながるコミットメントの表れと認識されている(Pannenberg, 2005;Francesconi, 2001)。したがって、男性が長時間働くことができることは、過去10年間、男女間賃金格差の縮小が進まないことを説明する最も重要な要因の一つであることに変わりはない(Cha and Weeden, 2014; Goldin, 2014)。
 このような男女間の育児の役割分担の不平等は、父親に比べて母親の生産性や仕事へのコミットメントに関する雇用者(および同僚)の認識を形成する役割を担っていることから、特に問題となっている(Budig and England, 2001; Hodges and Budig, 2010; Lewis and Humbert, 2010)。つまり、母親は職場での義務よりも家庭や育児の責任を優先するという社会的な期待があるため、母親が長時間(残業)働いても、男性と同程度の報酬は得られないのである(Lott and Chung, 2016)。

 母親と父親の間の育児の分担は、母親の雇用の必要性だけでなく、労働市場における男女不平等への取り組みにも関係している。イギリスでは、前の世代よりも育児に大きな役割を果たす父親が増えており(Craig et al., 2014、Gracia and Esping-Andersen, 2015)、最近のCOVID-19の流行はこの傾向をさらに強めている(Chung et al., 2020)。例えば、Dotti SaniとTreas(2016)は、11カ国のデータを調査し、父親が子どもと過ごす時間は、1965年には毎日わずか16分だったのが、2012年には1時間になり、約4倍に増加したことを示している。この増加は特に高学歴の父親に見られ、1日18分から74分に増え、低学歴の父親に比べて24分も多くなっている。さらに、COVID-19パンデミックの際には、学校などの保育施設が閉鎖されたため、父親がさらに積極的に育児に参加していることがわかった
(Carlson et al., 2020; Chung et al., 2020; Craig and Churchill, 2020)。

 調査によると、父親、特に若い世代やミレニアム世代の父親1は、より大きな役割を求めており、潜在的な副収入を犠牲にしてでも、より多くのことに関わりたいと考えている(Chung et al., 2020)。しかし、多くの者が、父親は稼ぎ手であり、母親は子どもの世話をするという社会的な期待に加えて(Scott and Clery, 2013; Taylor and Scott, 2018)、将来の自分のキャリアに悪影響を及ぼすことを恐れて、子どもにより多く関わることができないと感じている(Women and Equalities Select Committee, 2018; Chung, 2020)。柔軟性のある労働者、特に労働時間を短縮する労働者に対する烙印(Chung, 2020; Williams et al, 2013; Coltrane et al, 2013)が広まっていることを考慮すると、父親の労働時間が母親と同等になるまで短縮しない限り、父親の育児への関与を深める機会はやや限定的である。

 一方で、母親が有給の仕事に従事するかどうかの判断は、社会レベルのジェンダー規範に大きく影響される。特に、母親のフルタイム労働が子どもや家族のウェルビーイングに与える影響については注意を要する。2012年にイギリス社会的態度調査が実施した、イギリスにおけるウェルビーイングと家族ケアの取決めに関する世論調査では、国民の4分の1以上が、母親が働くと就学前の子どもが苦しむと考えており、女性がフルタイムの仕事に就くと家族の生活が損なわれると考えていることが明らかになった(Scott and Clery, 2013)。さらに、2017年の時点でも、国民の4分の3が、就学前の子どもの母親は家にいるかパートタイムで働くべきだと考えているが、これは1989年に90%の国民のコンセンサスを示唆していた数字に比べれば改善されている(Taylor and Scott, 2018)。全ての要因が考慮された上で母親の(フルタイムの)就労は子どもの発達に無視できるほどの影響しか与えないことや、他の要因を考慮した上で、実際には、就労している母親は子どもとより多くの質の高い時間を過ごし、結果として子どものアウトカムが向上することを示す多くの証拠があるにもかかわらず、この信念は根強く残っている(Zickら、2001)。さらにまた、最近の研究では、働く母親が成人した子どものアウトカムに長期的に良い影響を与えることが示されている。例えば、働いている母親の娘は、職に就き、監督的役割を担い、より高い収入を得ている可能性が高くなる(McGinn et al., 2019)。

 潜在的に、誰が子どもの世話をするべきかについての一般の認識を変える方法は、母親と父親が育児に対してどれだけの責任を負うべきかと併せて、父親の育児の役割への参加とそのアウトカムを取り巻く社会的信念を変えることである。

 この文献レビューの目的は、父性と母性の育児、育児の分担、その後の子どもと親のウェルビーイングへの影響、親の関係の安定性と満足度に関する主要な経験的知見をまとめることである。また、既存のエビデンスを一般の方々に伝えるために、イギリスでの研究を中心に、世界各国の文献をレビューしている。先に進む前に、まず「育児」とは何か、「育児の分担」とは何か、その定義の違いは何か、そして「父親の育児への関与」とは何かを定義する必要がある。

育児とは何か?-定義とカテゴリー

 本セクションでは、文献に記載されている育児の定義の違いを検証する。ここでは、特に異性の夫婦家庭における父親の貢献度と分担を検討する際には、異なるタイプの育児を区別することが重要であると主張する。
 育児は幾つかの異なる方法で特徴づけられる(Craig, 2006; Craig and Mullan, 2011; Craig and Powell, 2011; Craig and Powell, 2012)。
 まず、提供される育児の種類を区別することができる。日常的または身体的育児とは、定期的に行われるもので、食事や掃除、通常の就寝時の活動、子どもを学校に連れて行くことなど、子どもの世話をする上での身体的な側面を含むものと定義できる。非日常的な育児、または豊かさをもたらす/教育的な育児とは、子どもに本を読んであげたり、お話をしてあげたりするなど、会話や遊びを中心とした活動に関するものである。これらの活動は、例えば子どもの入浴や食事などとは異なり、定期的なスケジュールに縛られないという点で、非日常的なものと考えられる。これらの育児は、教育目的で子どもの経験を増やすものであるため、豊かさをもたらす/教育的育児とみなされる。
 第二に、育児はその提供方法によって区別することができる。主な活動または単独の活動として提供される場合と、副次的な活動または別の活動と同時並行して行う活動として提供される場合(例えば、家事や有給の仕事などの他の活動を行いながら育児を行う場合)がある。
 最後に、この研究の目的にとって重要なことに、誰と一緒に育児をするかによって、単独育児と一方の親や親戚と一緒に行う育児に分類することができる。

 Craig and Mullan (2011)は、育児に費やした総時間を計算するだけでは、育児のジェンダー・ダイナミクスを理解するには不十分であると論じている。重要なことは、育児と男女平等の関係を理解するためには、それぞれの親が提供する育児のタイプにおける性差の影響を認識せねばならないことである。
 母親は育児を提供するだけでなく、子どもの日常的な育児や身体的な育児を担当することが多く、父親は非日常的な育児に参加することが多い(Craig, 2006; Craig and Mullan, 2011; Craig and Powell, 2011)。Craig and Mullan (2011) は、父親がより厳格な日常的な育児を分担することで、母親は仕事との両立で直面するプレッシャーから解放されると述べている。これは、このような育児が仕事のスケジュールと直接競合する可能性が高いことを考えると、特に当てはまる。例えば、学校の送り迎えの時間や夕食の時間は一般的に決まっているため、結果的に家族が要求する厳格なスケジュールと仕事のスケジュールに融通性が欠如していることが相俟って、女性が有給の仕事に就く可能性の大部分が制限されてしまう(Chung
and Van der Horst, 2018)。対照的に、子どもと遊んだり、子どもへの読み聞かせは、親のスケジュールに合わせることができ、親が有給の仕事に就くことに対する障壁はそれほど大きくないかもしれない。
 しかし、子どものアウトカムを考えると、重要なのはより充実した育児であるかもしれない。研究によると、父親の関わり方の違いが子どものアウトカムに対し明確に異なる影響を与えることがわかっており、より充実した育児がより良い影響を子どもと青年のアウトカムに与えることがわかっている(例:Cano et al., 2018; Offer, 2013; Twamley et al., 2013 ; Baxter and Smart, 2010)が、これについては後ほど検証する。

 同様に、Craig(2006)は、母親と一緒に提供される育児とは異なり、父親だけが提供する育児を測定することの重要性には3つの理由があると主張している。まず、母親と父親が共同で子どもの世話をする場合、必ず母親が主な責任を負い、父親は補助的な役割を果たすことになる。さらに、この場合、育児の計画や管理にかかる精神的負担は母親に偏っていると主張している(Walzer, 1996; Daminger, 2019も参照)。さらに、両親が一緒に育児をする場合、父親の育児の時間は母親の育児時間の代わりにはならず、別の仕事をするために母親を育児時間から解放するのには役立たない。母親も一緒にいる場合には、父親と子どもの間の時間や交流の質に影響を与える可能性があり、それが子どもや青年のアウトカムを積極的に形成すると指摘されている。最後に、子育ての時間が子どもに与える影響は、片方の親と過ごすか、両方の親と一緒に過ごすかによって異なる可能性を示唆する研究もある(Milkie et al.,2015年)。
 
 単独の活動としての育児の提供と、他の活動との並行作業、および/または二次的な活動としての育児の提供とを区別することは、子どもと親自身の潜在的なアウトカムに影響を与える。研究によると、複数の仕事を同時平行で行う際に、それが無給労働の場合、時間のプレッシャーと焦る気持ちの増加につながり(Craig and Brown、2017)、潜在的に健康状態の悪化とウェルビーイングのアウトカムの低下につながることが示されている(Ruppanner et al., 2019)。親、特に母親が育児の要求に対処するために行う柔軟な働き方が増えていることを考えると、育児を他の仕事と組み合わせる「汚染されたcontaminated」育児の時間が増えることが予想される(Sullivan and Smithson, 2007; Chung and Van der Lippe, 2020)。
 父親と母親が育児に費やす時間を調査するだけでなく、以下のセクションで調査した研究の多くは、父親の育児への関与を調査している。以下の文献レビューが示すように、育児における父親の役割を検討した文献は豊富で、特に別離した家族に関連して父親との接触を検討しているものが多い。また、特に子どものアウトカムを調査した研究では、子どもの年齢に応じて父親の特定の活動への関与を調査している。後述するように、これらの研究は主にコホート研究、つまり、特定の期間に生まれた子どもとその親のコホート(対象集団)を追跡する縦断的な調査に依存している。例えば、初期段階の活動には、授乳やおむつ交換、就寝前のルーティンへの関与があり、後期段階の関与には、子どもと一緒に遊んだり、読み聞かせをしたりすることが含まれる(Kroll et al., 2016; Twamley et al., 2013; Huerta et al., 2013)。
 次のセクションでは、既存の関連文献に記載されている父親が提供する様々なタイプの関与と育児を区別し、子どもと親のウェルビーイングの様々なポジティブなアウトカムを考える際に、どのようなタイプの関与と育児の提供が重要であるかを判断することを試みる。

本レポートの目的

 本レポートでは、共同育児が子どもや親のウェルビーイングに与えるアウトカムは勿論のこと、親の育児への関わり方に関する文献から得られた主要な知見の幾つかを概説する。具体的には、父親の育児への関与が、子どもの教育・学業成績、子どもの健康状態、情緒・社会性の発達にどのような影響を与えるのかを、父親の性別役割分担に対する考え方と合わせて検証する。また、母親の(フルタイムの)就業が、子どもの教育・学業達成度、その後のジェンダー役割意識は勿論のこと、職業・就業パターン、情緒・社会的発達にどのような影響を与えるのか、また、大人になってからの家事分担にどのような影響を与えるのかを検証する。最後に、介護や家事の分担が夫婦のウェルビーイングにどのような影響を与えるかに焦点を当てる。これには、夫婦の関係満足度や関係解消の可能性、個人のストレスや精神的健康、余暇や社会生活に関する満足度などへの影響が含まれる。ここでは、対象とする範囲が広いため、すべての既存研究の系統的なメタアナリシスを行うことはできない。そこで、父親の育児参加とその効果に関する既存の関連性について、より一般的な視点を得るために、既存のメタ分析・メタシンセシス研究の結果をまとめることに重点を置く。また、イギリスのデータ、特にミレニアム・コホート研究を用いた最近の縦断的研究の幾つかについて、より詳細な要約を提供することも目的としている。ミレニアム・コホート研究は、父親の関与を子どもや親の主要なアウトカムと合わせて検証することができる、最も広く利用されているデータセットの一つである。さらにまた、「オーストラリアで成長する」と呼ばれるオーストラリアの同様のデータを用いた最近の研究についても検証している。この研究は、その質の高さから、親が育児に費やす時間や親と子のアウトカムに関する問題をより詳細に調べることができる(詳細は別紙を参照)。

(了)

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