【BOOK INFORMATION】成長の「質」に着目

『The Quality of Growth in Africa』
米コロンビア大学政策対話イニシアティブ(IPD)と国際協力機構(JICA)研究所の共同研究の成果を記した『The Quality of Growth in Africa』が、今年8月に出版された。編著者は、2001年にノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ教授だ。同氏に、“最後のフロンティア”と呼ばれるアフリカの課題と同書のポイントを聞いた。
(聞き手:本誌編集部 福島 頸太郎)

 ※本記事は『月刊 国際開発ジャーナル2019年12月号』の掲載記事です。

コロンビア大学教授 ジョセフ・スティグリッツ氏

資源依存経済からの転換が急務

―JICA研究所とコロンビア大学IPDは、これまでも3冊の本を出版されていますね。
 共同研究は、「東アジアの経済成長はどのようにしてアフリカに適用できるのか」をテーマにしている。この視点から、これまでアフリカのガバナンスや産業政策などを研究し、その成果物として書籍を出版してきた。今回が4冊目の刊行物となる。
 今回の共同研究の背景にあるのは、「GDPはこの先も豊かさを計る経済指標として有益なのか」という疑問だ。現状、アフリカにはGDP成長率が高い国があるものの、その実、経済成長の恩恵は人々へ平等に行き渡っておらず、国内格差は拡大している。加えて、アフリカ全体の一人当たりGDPは近年減少しており、GDPが示す数値と実態が乖離しつつある。このような乖離が起こるのは、天然資源の輸出による収益がGDPを押し上げるという天然資源依存の経済構造が一部の国で続いていることが要因だ。
 そうした中で言えることは、「成長は量だけでなく、質も重要である」という点だ。つまりは「成長の果実をどう人々に分配するか」「成長は持続可能なものか」といった、公正な発展の実現に向けた経済構造の転換を考えていく必要がある。共同研究ではこうしたアフリカにおける「質の高い」成長に着目しており、それが新著の大きな特徴となっている。

カギは21億人の雇用創出

―「質の高い」成長を達成するには何が必要ですか。
 その前に、アフリカが成長するにあたって直面している課題を整理する必要がある。主に4つあり、一つ目は労働人口の増加だ。2100年までにアフリカの労働人口は21億人も増加すると見込まれている。彼らへの教育と雇用機会の創出が急務となっている。
 二つ目は、すでに述べたとおり天然資源に依存した経済構造だ。資源価格の下落に脆弱なこの経済構造から脱却するには、経済の多角化が必須となる。
 三つ目は気候変動だ。アフリカ諸国は温室効果ガスの主な排出国ではないが、サヘル地域の砂漠化や大型サイクロンの襲撃など、大きな影響を受けている。
 四つ目は生活インフラの欠如だ。都市への人口流入に伴って急速に都市化が進んでいるが、インフラ整備が全く追い付いていない。
 こうした課題が山積する中、「質の高い」成長を実現するにはまず、雇用の確保が必要だ。アフリカの労働人口の増加分をカバーできるだけの雇用を創出していく取り組みを進めていかなければならない。農業、製造業、サービス業といった幅広い産業を近代化し、経済の多角化も進めて天然資源に依存した経済構造からも脱却していく必要がある。
 だからといって、東アジアで成功した戦略をそのままアフリカに当てはめることはできない、という点には注意しなければならない。東アジアの発展は製造業の振興と製品の輸出で成し遂げられたが、現在の製造業はその頃と比べて生産技術が向上し、多くの労働力を割く必要性がなくなっている。ア
フリカで製造業を振興したとしても、それがもたらす雇用機会はアフリカの労働人口の伸びをカバーできる規模にはならない。例えば、中国における製造業の従事者は8,500万人だ。仮にアフリカに製造拠点を移したとしても21億人もの労働力は吸収できない。

農業の近代化も

―アフリカでは製造業ではなく、農業といった伝統的な産業の振興が必要なのでしょうか。
 新著でも、農業振興のための産業政策の必要性を指摘している。農業はアフリカ諸国において長年にわたり雇用機会を提供してきたほか、食糧の自給にもつながってきた。しかし、農業技術の近代化を怠っていたことから、今や食糧を輸入する国が増えている上、利益を求めて販売するにしても品質が不十分だ。食糧の自給自足を目指しつつ、輸出向けに付加価値のついた農産品も生産・販売できるよう、農業の近代化を推し進めるべきだ。
 すでにケニアは花卉(かき)栽培、南アフリカはオレンジの栽培で農業の近代化に成功するなど、先例はある。

―新著では気候変動や都市化の問題も取り上げられています。
 アフリカ諸国の多くは熱帯・亜熱帯地域に位置しており、気候変動の影響を多大に受けている。最近では大型サイクロンがモザンビークを襲い、甚大な被害が発生した。一方、気候変動は再生可能エネルギーに目を向ける契機ともなり得る。太陽光発電や水力発電のコストは劇的に下がってきており、再エネを活用した経済成長も十分実現可能性がある。
 急速な都市化もアフリカが直面する問題だ。地方から都市への人口流入により、2050年にはアフリカの都市人口は14億8,000万人に上ると見積もられており、居住環境の悪化が懸念されている。だが、こうした動きも経済成長のきっかけに成り得る。住居や上下水道などのインフラ整備で雇用が生み出され、発展につながるかもしれない。

日本は国際ルールの改訂と気候変動対策で主導的役割を

―アフリカにおける開発で日本に期待していることは。
 日本はすでにアフリカ諸国の発展に多大な貢献をしている。水、教育といった村レベルの取り組みから、政策の実施支援など国家レベルの取り組みまで包括的な支援を展開している。そうした中であえて期待する点を話すならば、成長の質を高めるための支援だ。具体的には貿易・投資に関する国際ルールの改訂だ。これは、アフリカの経済構造の転換を阻害する要因の一つになっている。
 貿易・投資に関する国際ルールには、世界貿易機関(WTO)が規定するルールなどがある。そうした中には、知的財産、紛争処理、投資などに関して米国などの先進国が自国企業の利益のために書いている協定も少なくない。これらの協定により、アフリカ諸国を含む途上国は農産品を輸出できなかったり、途上国への技術移転が制限されたりと、さまざまな不利益を被っている。アフリカ諸国は自国で対抗策を打ち出すことも可能であるが、報復を恐れて何もできていないのが実情だ。日本には、アフリカ諸国などの低所得国を代表し、彼らに配慮したルール改訂の必要性を訴えるなどの貢献を期待したい。
 このほか、気候変動への適応に向けた支援も進めてほしい。この問題はもともと、先進国による温室効果ガスの排出に端を発しており、先進国に大きな責任がある。日本には先進国の一員として、アフリカ諸国が気候変動に対応できるよう、資金と技術のさらなる提供をお願いしたい。


『The Quality of Growth in Africa』
ジョセフ・スティグリッツ他 編
Columbia University Press(コロンビア大学出版会)
75ドル


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本記事は国際開発ジャーナル2019年12月号に掲載されています

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