詩:百景

あなたのことは
覚えていても
食事の時の
声は忘れてしまった

春の訪れは
流れていって
すりガラスに映った
切り絵のような
山の端が
夜に居場所を
与えている

かたつむりは
平和な戦車だと
あなたはいっていた
月の真っ只中に
取り残された
チーズのかけら
それをフォークで
刺すといいんだと
あなたはいっていた
鈴だよ、あれは
空を見上げると
りんりんと
なっていた
でも私は鈴ではないと思う
あれは穴だ
誰かが覗いて
いるんだ
真っ黄色な目で
私の生活を
みていやがるんだ
りんりん
の音は
鈴ではなかった
誰かが泣いている
音だった
テーブルクロスを
しいてみよう
白いクロスからは
たちまち景色が
広がって
海は溢れ
砂は湧き
太陽が零れる
私たちには
いつだってテーブルが
必要なんだ
それがなければ
どんな世界も生み出せないのだ
ほら、はやく
テーブルクロスを
しいてみよう
そしてリンゴを
そしていっぱいの水を
どうぞ、ご自由に
夢はいつも
急かしてくるものだ
夢はいつでも
遊び足りない
だから私たちは
眠くなる
さまざまなイメージが
吹雪のように
舞う
そして乱れる

コーヒー牛乳は
世紀末のドナルドダック
だろうか?
カンナビスは
絡みついた
君の半熟タイムマシーン
だろうか?
狂っていても
扇子の留め具は
タタール人の冷やし中華
だろうか?

こうやって夢は
私たちを
引き止め
掴み
揺さぶるんだ
あなたの夢
夢をこの大きなお皿に
似つかわしい
晴れた空そのものとして
渇いた火傷の後の
熱々ベーコンみたいな
牛乳ソテーを
特別に添えてあげます
やあ、と声をかけられた
ここは森だ
人はいない
とはいえ
いま、小さな
芽が
土から顔を
出した
その時の音が
やあ、という
声に似ていた
どうして
こんなに懐かしい
のだろう
私はこんな森
知らない
のに
アイスクリームを食べたい
あなたと

夜の新宿は
暑苦しかった
許せなかった

街は一つの絶叫だった
電気じかけの
巧妙な
いやらしさ
そのものだった

されど新宿
私の喉は鷲掴みだ
それどころか
新宿の太い指で
喉の奥は圧迫
されていた

はやくアイスクリームを
食べたい
あなたと
あなたとでなければならない

しかし、なぜ?
何食わぬ顔で歩く
あなた

転びそうな
心臓を抑えた
私は
あの凄まじい
ポッピンシャワーを
白目を剥いて
舐め尽くした
これがアイスクリーム
そして、これが新宿なのだ

あなたは笑う
「何を笑ってやがる」
ここは新宿だ
「笑われて当然だ」
みんな奴隷だ
「みんなイカサマだ」
お笑いなのだ
「私はお笑いの中」

あなたを胴上げしたい
それはもう
空高く
見えなくなるほど

そして、どこかの海に
ポッピンシャワーが
流れ着くまで
私は心を置いてきた
あなたの中に
だから早く
みつけてください
どこに置き忘れたか
もうわかりません
でもあなたなら
その居場所がわかるはず
よそからぶち込まれた
ものなのだから

知らないふりを
しないでください
早く
返してください
あなたには心当たりが
あるはずです
そう、そこです
ひんやりした胸の辺り
そこに私の心があるんです

跳んだり
跳ねたり
してみてください
ああ、ほら聞こえる
私の心が
リズムに乗っている
ちゃぽちゃぽ
と音
をたてている!

体の太いところ
空洞になっているところを
縦横無尽に
動いている
動脈の中では羽ばたいて
静脈の中では踊っている
ほら!ほら!
私の心を返してください
オムライスみたいな
休日を
過ごしてみたかった
なのにいつだって
酩酊、酩酊、酩酊で
猛獣から逃げている
時間だよ、それは
カチ、カチと
脈動する1秒は
小さな棘で
私の背中や、
おしり
もっと柔らかいところを
刺してくる

嫌なんだそれは
だから酒を飲む
酒は棘を抜いてくれる
時間がゆっくりになり
私の柔らかいところを
ちょっとは頑丈にしてくれるのだ

ああ、だけどオムライス
みたいには
なれやしない
いくら柔らかくなったって
無理なんだそれは

永遠さ
オムライスは
猛獣なんか
めもくれない
それくらい崇高なのさ
どこにも行けない私は
この街のいつも
どこかで
クラゲになっていた
ゆらゆらとゆれるだけで
抜け落ちた毛が
どこかへ飛んでいってしまう
ような
所在なさ
そのものだった
でもどこかに間違いなく
住んでいて
トイレに行ったり
テレビを見たり
しちゃってる
のぼせているんだ
私自身に
内蔵はことごとく
茹ってしまって
湯気がのぼっている
そうなってしまったら
もうまともじゃいられない
まともに立っていられない
緩慢だ
私は緩慢そのものだ
あなたのみる
熱湯のような
悲しい夢と比べ物にならない
トンボが飛んで
風鈴がなっても
あなたは苦しい熱に
うかされて
目もあかず
声も出せない
箱のような身体のなかに
ぐっと押し込まれている
どれだけ恐ろしいことだろう
どれだけ祈りを捧げたことだろう

祈りは祈りだけとなり
あなたの身体からも
抜け出てしまった
カエルが飛び出すように
祈りの言葉
呪いの言葉
だけが一人歩きして
その辺のおじさんに
コーラを奢ってもらってる
ああ、なんてふしだらな
希望!願い!日常!
世の中のあらゆる日常は
ふしだらだ!
匂いたつ不愉快そのものだ
車に轢かれた生々しい、アレダヨ!
アスファルトに沈んだ、アレサ!

あなたはそんな日常が
重く重く肩に降り掛かってくることに
もう耐えられない
だから手と手をぴたと合わせる
そんなことしかできない
なんて無様なんだろう
なんてかわいそうなんだろう

誰も知らないのだ
あなたは悲しみそのものに
なっていて
今まさに
そこに火がついて
大きな咳と共に
むせ返りながら
永遠の地獄の回転のなかで
死んでいくということを
私はその回転に手をかけて
何度も何度も手繰り寄せ
赦しを乞うのだ
一日を始めてしまって
ごめんなさい!
ゆるしてください!と
ねじ曲がり
歪んだ私
それ自身を
だれかに拾い集めてもらうのを
いまから永遠に
ここで!
まさにここで!
まっているんです!
色々な季節が
やってきて
私の心は
やぶれかぶれになっている
こんにちは、といって
春や夏が通り過ぎても
私はそれに気付けない
さようなら、といって
秋や冬がお辞儀をしても
手を振ることすらできない
新しい命が生まれても
冷たい水が頬をつたっても
何かが起きたとしか思えずに
ふと振り返ってあれは
「季節」だったのか
と頭をよぎるだけ

グローブの中に手があって
ヘルメットの中に脳があって
二重の靴下の中に足があって
5枚も重ねた洋服の中に体があって
さらにその奥の奥の
悠久のDNAの水底に
どうやら魂があるみたい

こんなだから、私は
季節にさわれない
流れ、溶けて、暴れて、叫んでるような
外の世界にさわれない
ミノムシみたいな私は
一番内側でミュートされていて
何もないことにされている

過去は存在しない。あるのは永遠に連続する
多様な今だけだ。私たちは過去があると思い
込んでいるが間違いだ。過去にはさわれない
からだ。だけど、私たちは何かを思い出す。
記憶はすなわち過去と呼ばれるに違いない。
徒競走で思い切り転んで膝を擦りむく。そし
て、再び立ち上がり駆けていく。これは誰か
の記憶だ。でもどうだろう。転んだ時、どん
な風が吹いていた?レーンでは何人が走って
いた?最初にキャッと悲鳴を上げたのはどの
おばさんだった?彼が転んだ時に学校の近く
を通り過ぎたタクシーのナンバーはどうだっ
た?彼はどれだけ喉が渇いていた?涙はどこ
で流した?こんな問いには答えられない。つ
まり、過去とは印象だ。思い込みなのだ。だ
から「今」も印象なのだ。未来もそうだ。全
てが最初から印象でできている。未来とは誇
大妄想だ。今、まさにこの瞬間、隣の人の胃
袋の中に何が入っているのか知ることはでき
ない。絶対に知りえずに、想像でしか補うこ
とのできない事柄を果たして「ある」と言え
るだろうか。私たちは説明不可能性に依拠し
ながら思い出を語り、なんとなく今を生きて
いる。そして、黙っていれば未来がやってく
ると思っている。
そんなの嘘だ!実は、過去も今も未来も存在
しないのだ。あるのは永遠に続く印象だけで、
それだけはせいぜい「今」と呼んでやっても
いいということなのだ。だから、時間は存在
しない。あるのはただ、時間という言葉だけ
だ。そして、その言葉を使用する私たち人間
はただの空間にぼんやりと突っ立っているだ
けなのだ。
なんというだらしなさ。時間という誇大妄想
にとらわれて右も左もわからずに口を開け、
何かをしゃべっている。そういう生き物だ!
私たちは。言葉の浮き輪を巻き付けて妄想の
海を漂うのが私たちだ。その海には波はない、
風も吹かない、ただ一切が凪なのだ。温かく
もなく冷たくもなく、深くもなく浅くもない
ただの妄想に浸されておかしくなって恋をす
るのがお決まりで、朝にも晩にも誰かのこと
で頭がいっぱいになっている。しかし、それ
も錯覚だ。私たちに朝はないし夜もない。何
かが変化しているだけなのだ。変化は常だ。
変化することがすなわち不変の真理である。
永遠に変化することに恐れをなして私たちは
時間という向精神薬を生み出した。恋ができ
るのもその薬物のおかげだ。薬物無くして子
孫の繁栄はなし得ない。他の生き物たちには
そんなもの必要ないのに、私たちには必要な
のだ。弱くて寂しい、哺乳類、それが人間。
いつまでも欲情できない時計仕掛けの猿もど
き、それが人間だ。
いつまでも、見上げていろ!
空がなくなるまで!

私の言葉の中に

人がすんで
いな


いい言葉
のかたわ
らに

だれかが
すんで
いる
そして、に

こり
している

ちょっと

ねの
くるし

なるいち
ぎょうを
めにす
るとき
そのひとこと
ひと


の影に
人の
かげ

みつけ
ること
ができ


そういうとき


かきての
ペン先

とけた
ひみつ
の住人


めー
じする

文字に隠れた




そのちい


視線を
私に向かっ

なげ

ける

そうい

とき、

そろし


もちがわ
いて
きて

ねが
とって
もくる
しくなっ
てくる

でも、
そういう文章

私は書きた
くって
しか
たがな

台風一過の灯台は
ロンドンみたいに
曇った海へ
光を投げた
闇と海は
遠いところで
密着し
ページになった
バウンドする
光の
軌跡は
カーテンの上を転がった
木星みたいに
まぜこぜの
ぶっ飛ぶ雲の
隙間には
きれいな丸い
余白があって
さっきの光が
ぴたりとはまり
とっても
黄色い
月になり
きれいな風が吹いていた
私はあなたを抱いていない
私はガレキを抱いていない
私は毛糸を抱いていない

私は夢を抱いている
赤く腫れた
二つの目
赤く熟れた
一つの唇は
一足早く朝になって

生まれながらの
冷たいアザは
東京湾の
クラゲになった
かわいく跳ねる
小さなバネは
二つの涙

水色の枕は
新たな海に
なりました

煙のように
細い髪は
あなたの耳を
素通りし

遠くに聞こえる
汽笛の音か
カモメの声に
なりました
私とあなたの
眠りと夢は
定規で引いた地平線
交わることのないままに
どうかそっと
涼しいお部屋で
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
卵のまま駆けつけて
あなたの前で生まれたい
そうすれば私の心から
漏れ出ていった
空を見つけることが
できるだろう

あらゆる内側に
釘付けされた
視線の先では

雨色
晴れ色
嵐色
風色
台風色

蜻蛉色
鳥色
飛行機色
凧色
雲色
星色
月色

なんかが
跳ねては消えた

世界に消毒されれば
溶けてしまう
眼球が破れれば
Gestaltを喪くしてしまう

あなたと空の
鼻先で
カーンと冴える
目醒めの中で
星の輪郭を
とらえたい
「再び身体は殻になる」
時計のような正確さで
預言が完遂される
その前に
春の苦味は
茎から溢れ
中心静脈を
駆け抜けた
体温は細い
道の半ばにて
多少の躊躇いを
眉間に寄せた
ついに撃ち落とされた
ネバネバは
バケツの中で、直立し
呼吸の中で
微かな音になっていた
空洞は
絶対的な存在感の
青写真であり
Tシャツに頭が
入らない
叩き込まれる
愛憎は
三角コーナーに
流れ着き
小さくとどまる
14歳は仕方なさの
始まりで
上顎に舌を
貼り付けて
到着するボートを
持ち上げる
届いたハガキの
角は痒いところに
突き刺さり
書かれた漢詩に
目が滑る
自動記述から
投げ込まれた
弾丸は
魔法瓶の中で
孵化をして
左手だけで生まれた
赤子がニャアと鳴き
快楽とだけ書かれた
2358ページの
電話帳を貪ると
女は目覚め
右手は
エレベーターの
9階を押したまま
立たされた中指の上で
あくまでも事務的に
狂ってしまう
地面に落ちた
瓦屋根の上で
枯れ葉の腕を
振り下ろす
水面に浮かんだ
人差し指は
午前1時の水曜日に
変化して
ポストが
赤くなるのを
眺めている
朝になるために
 夜を過ごし
絶望するために
 希望をつかみ
罵倒するために
 恋人をつくる
人類のコマーシャル
きっとそうでしょう?

電車は乗客たちの
心臓を揺らし
満たされた血液を
山へと運ぶ
沸騰する唾液を
垂らしながら
神経衰弱に
興じる
都会のネズミ
霧でできた
バンガローで
せいぜい頭を冷やせばいい
僕は啓示という啓示を
車輪にかけて
街中を引き摺り回す
明日閉店する文房具屋の
前に置き去りにされた
痩せた犬に
未来を食わせる
大きな夢を
川に流して
蛍が飛び立つのを
ワクワクしながら
ハンドルを切るのだ

蒸発する魂にアルコールを混ぜて
心が冷えるのを見つめながら
シュガーレスな
エイブルの電光を
みると、私もそこに
、駐車したくなる
車止めに座り
こんで、デカフェのような、
アスファルトに向かって
明日の天気をきいてみ
たくなる

雨を吸って、もう十分に、
育った雑誌が
水浸しのまま、
枯れ果てているの
を、見つめていると、
かすかな町の、光が
腸管、に
反射して、
シネマの呼び声が、バー
コード、の隙間から、聞こえてくる

タバコの灰が、海にポト、リとおちるなら、
官房長官の直感的な直腸癌は赤ん坊の感冒を簡単な棒にしてしまい

有名無実な犯罪者は散在する販売機の三叉路に占めるサントールになってしまう

歩き出した私の足は、
不安なピアノの旋律を奏で、
「信号無視」を演奏し、
帰り道は、箱に包まれて
トラックから転げ落ちる
私はそれを夜に宛てて、ポストに入れて、
コンビニエンスな明日に向かって
また帰ってこようと、
思っている
水中に忘れてしまった
耳は聞く
無数の足音を
音はゆっくり
沈んできては
カニたちの餌になっていた
礫になった形跡は
再び光に還っていく

景色になった
気持ち、感覚、思い出は
雲に紛れて
姿を隠す
雨は人々に
音を降らせて
心をずっと震わせる

君は歌い出す
突如道の真ん中で
波のように音をたて
星のように輝いて
地面の真上で咲き切るのだ

砂は歴史の
絵画になって
光と音をたっぷり吸って
君は枯れないように
ずっとその砂の奥の方まで
ゆっくり、ゆっくりと
根をはった

駆け出す馬は
花の香りを嗅ぐこともなく
荒い呼吸を撒き散らし
私を探している

野をこえて
川をこえて
山をこえて
ああ光のように
過ぎ去っていく

窓はいつも
涙に溢れて
形を変える
もう夢を見れない
私の眼は
水底に響く
蹄の音を見つめている

さあ馬よ
もう二度と失われない
私の感覚を
奪い去ってはくれないか

読み捨てられた雑誌の文字は
誰に読まれるべきだろう
ああ今日も風が吹いて
晴れたり降ったり、泣いたり笑ったり
消え去りそうな電話ボックスが
チラチラと雑誌を盗み見している
ジュラ紀から続く真っ黒な夜は
受話器に取り残された
さようならを昨日のことのように
感じている
星の手はページをめくっていくけれど
星は見られることに慣れていて
文字を読むことができなかった
酒気を帯びた私の夜は
ジメジメと湿った雑誌が
ひとりでにめくれていくのを
そのままにしている
スニーカーに履かれた
私の生活は
コロコロと音を立てて
季節の終わる合図になった

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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