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【4/18】ディストピアの灯台守――ビレッジマンズストア、下北沢シャングリラ凱旋

ビレッジマンズストアが東京にやってくる。今年4月、その事実が一体どれ程のひとにとって希望の狼煙のように見えたことだろう。
長く暗い産道のような階段を上った先に出たフロアの壁は、月並みな言い方かもしれないが、まるで彼等を待ち構えていたかのように真っ赤なペンキで彩られていた。


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16時30分、開場。筆者はこの日、同じく彼等との邂逅を待ち焦がれていた友人と共に下北沢シャングリラへ赴いた。地下へと続くライブハウスの入口に集まっていた観客達が少しずつエレベータへ吸い込まれていく。
4月末。この時は件の感染症の患者数が少しずつではあるが減少してきている時期で、裏を返せば低止まりに陥り、袋小路に入ってしまっている感じが拭えない現状だった。ビレッジマンズストアにとっては1年以上ぶりのツアーのセミファイナルとなる公演だ。ファイナルは北海道、結果的に最後まで、振替や時間変更なども大幅に行われる事もなく完遂された訳だが、今現在の状況を思うと運が良かったとしか思えない。

(という訳でここでは、「コロナ禍でのほぼ満員のライブハウスでのライブの模様」という意味でも歴史的価値があるであろう本公演がどのように行われたのか、筆者が記憶している範囲のみとなってはしまうが、出来るだけ詳細に記録しておこうと思う。いつもより少々長くなってしまうが許せ)


観客がまず通されたのはロビーからフロアへと向かう階段ではなく、更に下の階にある駐輪場のような空間だった。我々はそこで、チケットに記された整理番号順に呼ばれるまで待機する事になる。これまでなら10人ずつぐらい一気に呼ばれ、バラバラと入場していくのが常だったが、最初はひとりずつ呼ばれ、開始時間が迫ってきてもせいぜい3人ずつの少人数で順番に入場する事になった。フロアへ上る階段の途中などで、密になってしまうのを避けるためだろう。

コンクリート打ちっぱなしの壁に、片隅でひっそりと身を縮める持ち主不明の自転車。同行の友人が小声でコソッと、「カイジの世界観だ」と囁く。

デスゲームに参加させられる事は当然ながらなく、自分達の番を迎えた僕達は専用フォームへ個人情報の入力を行い、返ってきた確認メールの画面をスタッフに提示する。階段を上った先のロビーでは入念な手指の消毒、検温、からのドリンク代回収。赤いギターピック型のドリンクチケットを片手で弄びながら時間を確認する。スマホの画面の時計表示は17時10分。開演予定時刻をとうに超えた時間だった。

フロア内には少し不安になる程の人数のオーディエンスが犇めいている。しかしこれまでのライブハウスと比べたら腕を少し広げても隣のひととはぶつかり合わないし、足元にはいわゆる「バミリ」ってやつが施されているし、何より最前列と舞台との間に空間が設けられていた。これまでだったなら演者が少し脚を伸ばせばこちらへ踏み込んでこられたはずの舞台とフロアの間の乖離は、まるで理想と現実の狭間の広さのようで少し淋しい。


しかし、開演予定時間から約20分が経過した頃、彼等が遂にその姿を現した時には、筆者の脳裡からそのような些末な物思いは木っ端微塵に吹き飛ばされていた。


古いロカビリーのSEをバックに登場したビレッジマンズストアは、その些か戯画的な真っ赤なスーツ姿だとか、音圧の強さだとか、そんな表層上の“濃さ”だけでは説明がつかない程に、濃密な空気を伴って下北沢の地下に存在していた。


爆撃機のようなドラム、渾然一体となりすぎてどっちがレフトだかライトだかも最早わからないツインギター、一際冷静だがおどろおどろしい程のベース。鼓膜を劈く音の勢いは勿論だがメンバーの存在感も規格外で、日常生活を送る中でまず使う機会などそうそうない台詞が開いたまま塞がらない口をついて飛び出す。「こいつら、タダモンじゃねえ」。

メンバーも認めるベビーフェイスの下手ギター岩原洋平、少年のような笑顔でドスの効いたビートを刻むドラム坂野充、いかにも紳士的そうなベーシスト・ジャックに好青年そうな最年少、上手ギターの荒金祐太朗。見た目には寧ろちょっとひとの好さそうな、威圧感など感じさせないひと達だ。しかしそこに佇んでいる限り彼等の存在感は「オーラがある」なんて常套句で言い表すには勿体ない程に、他を圧倒し他の追随を許さない。


ギターリフが印象的なイントロが繰り出される。2小節程進んだところで、オーディエンスの拍手が一層大きくなった。


現れたのだ。

舞台の中央に、そんな圧倒的な彼等の中でも一際、格段に、「タダモンじゃねえ」男が。


いっそ優雅な程の所作で躍り出る、真っ赤なスラックスに包まれた長い脚。獲物を捉える野生動物のような俊敏さでお立ち台に上がり、彼――フロントマン・水野ギイはまるでとっておきの必殺技の名でも叫ぶように言い放った。


「お前が1年間溜め込んできた退屈、鬱屈、全部ぶっ壊してぶっ飛ばしてやるぜ!!」



イントロが印象的な1曲目は『夢の中ではない』。彼等の代表曲にしてライブのキラーチューンとして愛されている楽曲だ。まるで、昨年1年間の間に幾度となく彼等が取り組んできたオンラインライブの中で、小さなPCの画面の向こうで展開され続けていた夢のような光景は全て現実のものなのだと、まざまざと突きつけられるような象徴的な選曲である。ゲインは最大にして緩急もばっちり、岩原は知性的な雰囲気と可愛らしい容姿を裏切るかのように何かをマイクに叫びながら満面の笑みでギターソロを奏で、坂野のビートは重心低く縁の下の力持ちを務めていたかと思いきや唐突に軽快に踊るように鳴る。その軽やかさを下支えするジャックのベースはどこまでもクールだが同時に暴れる気満々の気合いを感じるし、初っ端から水野に首っ玉を捉えられる荒金の品と勢いのあるギターと弾けるような笑顔にはこっちの頬まで緩んでしまう。

当然オーディエンスは声を出せないが、そんな些末な事に問題はなかった。この時我々は確実に叫んでいた。心の中で、声の限りに、身を絞るように叫び声を上げていた。いつも元気いっぱいの坂野の掛け声が何倍にも増幅され、大勢の歓声のように聞こえてくる。彼等の演奏はどこまでもオーディエンスを巻き込み、踊らせ、ヘッドバンギングを誘い、暴れさせ、かと思いきやその茶目っ気やアツさが一瞬にして身を潜め、乱暴に突き放し内臓を抉るような演奏を魅せたりもする。とかく感情が忙しい。『最後の住人』や『黙らせないで』などのソリッドで攻撃的な曲ではその絶妙なバランス感覚が顕著に現れていて、そしてその根源を成すのはやはり水野の歌と、一挙手一投足の所作の全てによるところが大きいだろう。

中でも白眉だったのが『トラップ』の時の彼だ。その歌声は一音目から地面を割り地殻の底から這い上がってくるかのような猛烈で濃厚なローを轟かせ、その所作はいっそエロティックなまでに好戦的だ。瞳の奥に銃口でも隠し持っているのかという眼光の鋭さでフロアを睨みつけ、お立ち台の上に上体を低くしたまま飛び乗り、真っ赤な照明にその手負いの獣のような黒い影を映えさせてヴィブラートの効いた威嚇咆哮をかます。水野ギイというひとは本当に、ロックバンドのフロントマンになるために生まれてきたようなひとだ、と思った。

筆者はフロア奥の段差上、下手壁側にいたのだが、彼が舞台の上に現れた瞬間、その佇まいの大きさに圧倒されて言葉を失ってしまった。舞台からかなり離れた場所にいても、その大きさがいやと言う程よくわかる。178cmの長身によるところも大きいかと思うが、きっとそのような物理的理由だけじゃない。彼はその歌声や容姿、所作のひとつひとつ全てがフェティッシュなまでに、“ロックバンドのフロントマン”として完成しているのだ。

爪の先まで神経の行き渡った唯一無二の所作、それがよく映える、長くすらりとした手脚。恵まれた体格にやや癇の強そうな白皙の美貌、そしてどんな爆音のバンドサウンドにも埋もれない、ボリュームと深みと色気を兼ね備えた超ド級のハスキーボイス。

それらのパフォーマーとしての彼を構成する全ての要素が絶妙なバランスの上に成り立ち、まるで幻想の中のロックミュージシャンのような姿を形成している。

彼は扇情的な仕草で小指からマイクを持ち直し、長い脚を誇示するかのようにステージから身を乗り出して歌う。たとえそれらが僕如きには想像もつかないようなたゆまぬ努力によって手に入れられたものであったとしても、その努力こそが彼の、ロックバンドのフロントマンとしての天賦の才だ。


そして水野の、フロントマンとしての天賦の才はMCでのワードセンスにも表れている。


「ここに来られたのはお前の気遣いと優しさのお陰だ、しかしどんなに気遣いや優しさがあっても、我慢はしなくていい。ここで全て出し切っていってくれ」


本編も中盤のMCで、汗まみれの前髪を掻き上げながら水野が口にした言葉だ。彼は今回のツアーのタイトルにも触れ、「“Happy”という言葉は元々そんなに好きではない」と言った。ツアータイトルが発表された時、筆者も正直少し驚いた。人生を呪い、世界を呪い、原因不明の焦燥感を抱きながらもそれをエンジン代わりにして突き進む名古屋発闇の暴走列車のようなバンドである。「Happy」なんて、彼等や筆者のような人間から見ても真反対の世界に、どでかい「Hollywood」の看板のように掲げられているような言葉だと思っていた。
水野は端正な横顔を苦そうに引き締め、「しかし、」と言葉を続ける。


「“Happy”という名前をライブツアーに冠してしまったからにはHappyでありたいし、お前をHappyにしてやらねばならない。これからの展望の話をさせてほしい」


いっそ気障な程の彼の言葉を合図に、この時披露されたのは、なんと新曲。7月に新譜がリリースされる事が発表されたのだ。何の予兆もなく告げられた嬉しいニュースに無言ながら拍手やジャンプで盛り上がるオーディエンス。タイトルすら告げられずに突然披露された、新譜に収録される予定らしい新曲は、ナイフのようなソリッドなギターと粛々とした低いボーカルが疾走感がありながらも静謐なイメージすら残すスピーディなロックで、ビレッジマンズストアの新境地が見られそうな印象だった。


水野ギイはいつも二人称が単数だ。「お前達」ではなく「お前」、「君達」ではなく「君」とオーディエンスに呼びかける。真摯な感情を伝える言葉が必ずしもそこに込めた感情と同じだけの重さを持って相手に伝わるとは限らないのが常だが、その点において水野ギイの言葉は真摯なだけでなく詩的であり、相応の質量を持ち、聴き手の情緒を揺さぶる強度を常に湛えている。それは作詞においても同様。この時は筆者も動転してしまって音や歌をなぞるだけでいっぱいいっぱいだったが、彼が手掛けたのであろう詞を読むのも今から楽しみだと思った。


いつものように二人称単数を用い、水野は「これからは永遠に離れません」と恋人にでも語りかけるように言う。彼は、今自分達が立っているライブハウスのステージを示し、「離れないというのは、お前にここに来て欲しいと言っているわけではなくてだな、」と続けた。


「来られない時はこんなところに来なくてもいい。しかし、来たい時に、来られる時にいつだってロックバンドがライブハウスでライブをやっているという、そんな日常を作る事がおれ達の役目だ。おれ達が、お前の目印になってやる」


そのまま流れるように演奏されたのは、昨年の緊急事態宣言下でのリリースとなったシングル曲『アダルト』。今年に入るまで、オンラインライブでしか披露されなかった楽曲だ。いつものコテコテの歌謡メロディや暴発のようなロックサウンドをイメージしているとびっくりする程流麗で構築的なメロディは、しかしライブで聴くと人間臭さと生々しさがより際立つ。サビでシンガロングのように全身全霊でコーラスをするふたりのギタリストが、演奏者の域を越えて代弁者のようだ。


曲は違ったかと思うが、途中岩原が言葉にならない声を張り上げながら演奏し、その間水野がこちらに背中を向け(フロントマンなのに!)、舞台の中央から端に除けた一幕も印象的だった。まるで“静”と“動”が逆転するようなこの瞬間、このギリギリのバランス感が彼等というバンドが纏う絶妙な空気を形成しているのではないかと思う。


『アダルト』の演奏の前か後か曲間か、普段は演劇の台詞のようによく通る声で懸命に言葉を紡ぐ水野が、幾分か小さな声で言うのが聞こえた。


「いつも有難う、いつもごめんな」


筆者はこの時言葉を失った。こんな美しいひとに「ごめんな」などと言わせてしまう現実を思わず恨んだ。

しかし--この時、僕達は一体誰を、一体何を恨めばよかったのだろう?


本編もクライマックスに差し掛かり、披露されたのはオンラインライブでも幾度も演奏された『サーチライト』。冒頭で殆どアカペラのようなコーラスが繰り返されるアレンジはまるで祈りのようで、筆者は昨年の、虚無のような夏を思い出していた。まるでお守りのように、何かの儀式であるかのようにあの曲を、あの一瞬を何度も何度も再生した。
薄暗がりに溢れる光の塊の中に突き上げられた拳。かなぐり捨てられる白いマラボー。「終わりを見せてね」と紡がれた天邪鬼な言葉の意味は「ずっといっしょにいてやるんだからね」なのだそうだ。

本編ラストには『PINK』、アンコールは『Love Me Fender』。依然として無言のオーディエンスはしかし、舞台の光に向かって手を伸ばす。ライブが始まった頃には久しぶりのライブに昂る感情をぶつけんばかりの拳だった手はこの時、光の向こうに投げ打たれた彼等の魂を掴もうとでもするかのように強く強く差し伸べられ、光の中に溶け出す幾つもの手の平はまるで、神事のように神々しかった。

幾つも伸ばされた手の向こう、けっして今までのように揉みくちゃになるでもない、リフトされるわけでもない、ダイビングするわけでもないしオーディエンスを足台にするわけでもない。舞台とフロアの間の物理的なディスタンスは残酷なまでに、決して縮まらない。しかしそこで岩原と坂野は叫びまくり、荒金はひっくり返り、ジャックはわざわざマイクスタンドを背後に避けて演奏し、そして水野は微笑みすら浮かべていた。

その表情は確かに恍惚、と言う文字が似合う表情だった。伸ばされた首筋を伝う汗、マイクのシールドをつまむ長い指、それでも尚、掠れもしない強靭な歌声。
昨年のあの日、あの時に画面の向こうで繰り広げられていたあの瞬間が、この時確かに、目の前にあった。



水野はライブ中に頻繁に「殺してくれ」「ぶっ壊してくれ」などと物騒な事を口走る。その攻撃的な所作や恵まれた容姿とはちぐはぐなマゾヒスティックなまでの叫びは、自身がバンドボーカルとして輝く瞬間を、いい曲が出来た時や脳汁が迸る時=「自分の不幸を噛み締めている時」「人生を憂いている時」などと言い表す思想に由来しているように思う。
彼は自身のブログで「私はタイミングにより物の価値が最上級になる瞬間を捉えるのが好きだ」「なにかが輝く瞬間を捉える」事が好きだ、と綴っている。ライブ中などにメンバーやオーディエンスが輝いている姿を見ていると、自分自身も少しだけ輝く、とも記している。同じ記事の中で「今すぐ水野ギイを殺せ」とも書いていた彼は、彼等が、そして僕達が放つ輝きで射抜かれ、刹那輝く瞬間を求めているのかもしれない。
あの時の菩薩のような微笑みは、刹那の“死に場所”を求める求道者の笑みだ。



世間、権力、大多数。圧倒的に「正しい」とされ小さな力では反論出来ないなにか、へのカウンターとして生まれたロックミュージックは元来、「攻め」の音楽だったはずだ。しかしそれは、この1年余りの間に、「守る」事を意味するようになった。

中田裕二は「自分が有名になれば椿屋四重奏の存在もより知ってもらえるようになる」と言い、ソロデビューから10年が経った今年、一夜の間だけ椿屋四重奏を再集結させた。
LACCO TOWERは、結成の地である群馬で開催される主催フェスを“家”と呼び、来場するオーディエンスを毎年「おかえり」と出迎える。
「地下セクシーアイドル」を名乗るベッド・インの益子寺かおりは先日ブログで、「誰かにとっては「どうでもいいもの」が誰かにとっては超大切で尊いモノなんだよ!」「会場側もお客さんも演者も、みんなで愛するエンターテインメイトの場を必死に守ってる」と切実な想いを綴った。


ライブの終演後、水野は自身のTwitterで「いつでも生活と特別の中にいます」と記している。


昨年も今年も、彼等の立つ場所はわかりやすい程あからさまに、「正しい」力によって何度も何度も奪われかけた。それ自体は決して許される事ではなく、しかし反面仕方がない部分もあり……しかし、奪われれば奪われる程に、まるで信仰のような存在意義が増していったように思うのは、筆者だけだろうか。聴き手である筆者が身を置くファンダムにおいても、それは最早単なる趣味ではなく、信仰に近いものになりつつある。これはあまりに皮肉な矛盾すぎる。

しかし一方で、当然なのかもしれないとも思う。何故ならここは、彼等にとっては勿論、僕達にとっても数少ない「輝く瞬間」を遂げられる場所だからだ。生きる場所であり、死に場所でもある。別に今に始まったわけではない。この世がこんな緩やかなディストピアになってしまう前から、そしてたとえディストピアになってしまったとしても、彼等は僕達の「目印」として--まるで灯台守のように、ここを守り続けるのだ。愚直に、ただただ真っ直ぐに。


アンコールが終わっても鳴り止まない拍手に応え、水野が再び姿を現してくれた。もうライブハウスの営業時間が終わってしまうから、ダブルアンコールは出来ないのだと、まだ汗で湿った身体のまま、まるで子供を諭すような優しい声で言う。ネクタイは外してしまっているのに、打ち捨てられたはずのマラボーをしっかり纏っている姿がとても彼らしかった。
終演後ふと足元に目をやると、立ち位置が最初に指定された「バミリ」から見事に20㎝ぐらいズレていた。壁際に立って隣り合っていた友人も、丁度同じ方向に同じぐらい移動していた。


ライブハウスを一歩出ると、世界がひどく静かに感じられた。砂嵐のような耳鳴りが、こんなに愛おしいのはいつぶりだろうか。
夜の下北沢へ友人と帰路に就くと、道中の酒場は嘘のように、悉く帳を下ろしていた。駅前では、路上ミュージシャンが声を張り上げながらギターを掻き鳴らしている。
改札の蛍光灯の下でゆっくりとまばたきをすると、瞼の裏に灯台守の残像が、真っ赤に焼き付けられているのが見えた。



■参考文献

水野ギイ様公式ブログ(ご本人があまり読んでほしくないとの事を仰っていたので読むのは自己責任で)

地下セクシーアイドル「ベッド・イン」お歌&おみ足担当益子寺かおり様ブログ(ビレッジマンズストアとも対バン経験のあるでらマブいナオン達なので是非あわせてチェックを)


■関連情報

クソデカ感情過去note

新譜が出るってよ!!!!


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