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ミックス雑記

ここでいう"ミックス"とは音楽制作における工程で、複数の録音素材をひとつの楽曲としてまとめる作業のことだ。本来ならこの作業はプロフェッショナルにまかせてしまえばいいことなのかもしれない。ロックバンドであれば、作詞作曲演奏までをメンバーが担当し、ミックスは専門のエンジニアに依頼するのが一般的だと思う。
俺はミックスを自分でやっているけれど、それは自分でできるからやっているのではなく、他人にまかせることができないからやっているに過ぎない。自分でやるにしてもスマートな方法はたくさんあるはずだけど、俺の場合は独学と呼ぶにはあまりにお粗末で徒労も多い。時間の無駄。神経衰弱の元凶。それでも他人にまかせられないのは、①費用の問題、②時間の問題(費用の問題)、③エンジニアとの意思疎通の問題などもあり、他人にまかせて不満が残るくらいなら失敗しても自分でやった方がいい、という結論に至っているのが現状だ。実際に、一度だけエンジニアに依頼してレコーディングしたことがあるけれど、あまり良い思い出になっていない。それはエンジニアの問題ではなく、自分の精神状況や未熟さによるものだったと思ってはいるけれど。

それに、なんだかんだいってミックスの作業は楽しいとも思う。作詞作曲演奏と同じくらいに自由度が高くて、いくらでも遊びがある。そんなおいしいところを他人にあげるなんてもったいない。そんな気持ちもあることはあるのだ。
ここ数年は毎年10曲程度のアルバムを制作し、自分でミックスして配信している。素人が試行錯誤して、プロフェッショナルだったら絶対にしないような選択によってできあがった完成品。そんなものが世の中にあってもいいんじゃないかなと思う。そんな能天気な気分を誇示し続けるのが性格的に難しいのだけど、他人がそれをやっていたら、「かっこいいな。うらやましいな」と思うような気もする。
そして2022年もまたひとつアルバムが完成した。10月はその最終工程で、度重なるミックスとセルフチェックによってかなり神経が衰弱した。そんななかでも唯一、友人・ズキスズキ(potekomuzin / zukisuzuki BGM)のフィードバックだけは命綱として頼りにさせてもらった。自分がどんなに気にしていることでも、他人からすればたいして違いのないことだったりする。「いいじゃん!問題ないよ!」と一言もらうだけで、煮詰まった脳がリセットされる。俺だって、友人になら同じように言えるはずなのだ。「かっこいいよ。間違ってても自分でやったほうがあなたらしくていいよ」って。それを常に自分にも言ってあげられたらいいんだけどな。

俺にとってミックスの技術と精神的な成長には強い関連があるように感じている。ミックスとは自分にとって何が大事かを見極めていく作業であり、作品を完成させることは自分の限界を受け止める経験だからだ。今回、新しいアルバムが完成して一息ついてみると、曲がりなりにも自分の成長を感じることができて嬉しかった。というか、完成させたあとに成長が始まったように感じた。
完成を目指して作業に没頭しているあいだは、すでに選択した方法を先鋭化していくことはできるが、発想を転換したり新しいシステムを取り入れることが難しい。そんな煮詰まり感のなかで何も成長していないように感じていたけれど、あらためて過去のプロジェクトを開いてみると、「え?いったい何を考えてるの…」と言葉を失うような記録が残っていた。未熟。だけどそれはそれでまた、いまは狙ってもできないことだったりして、距離さえあれば愛おしく感じることもある。
アルバムが完成した今。懲りずにまた自宅録音をしたりして、やっぱりこの時間が楽しいな、とあらためて感じられた。納期も完成も何もない、ただひたすらプロセスだけの毎日。来年はコンデンサーマイクを購入してみようかと考えているところだ。

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