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あなたを入れて9人

2021年12月2日(木) 晴れ
通り過ぎた路地の向こうに雪をかぶった富士山が見えた気がしたが、あれは幻だったのだろうか。木々の輪郭が彫刻されているような、真っ青な空だ。え、12月。もう。さっきまで川崎大師で、護摩を炊いていたような気分でいるのに。2021年に夏なんてあっただろうか。しかし、俺の手のひらにはアサガオのタネが五つ、確かに残されている。

友人。ズキスズキ。多摩川を越えた街の片隅で、今も音楽を作っていることだろう。「頑丈な壁に的を絞り、派手な音を響かせる。あともう一回」と彼は歌った。あともう一回。もう一回。その音がいまも、遠くから聞こえる気がする。日が暮れるまでずっと遊んでいる。そのことが俺にとっては静かな励みだ。

友人。中月ヘロン。彼のことは何も知らない。彼の名前もよくわかっていない。彼はギターを弾く。自分で曲を作って歌う。思い描いた大きさの城が完成するには時間がかかる。俺は観たことのないサーカスを思い出す。距離も時間も超えて懐かしい。遠く離れた土地で育って、いまはその気になれば歩いてでも会いに行ける。

友人。ハネダアカリ。彼女のどこが好きかと言ったら、俺の音楽を好きだと言ってくれることだ。なにかの間違いかもしれない。彼女の声は力があって、高く、遠く飛ぶ。空中から獲物をめがけて海の中に突き刺さっていく鳥。滑空のライン。歌声にそれと同じような軌道を感じる。その威力に対して小さな身体と小さな心。新しい歌が生まれるのを待っている。

友人。山本晃。友人と呼ぶには俺にとって、少しだけ大きい。大きいのは顔だけにしてほしいと思う。20代の終わり、俺は誰しもが通る海路のうえで難破しかけていた。そんなときに彼と出会って、「いつか楽になるよ」と俺は言われた。その言葉を信じた。普段は下品なことばかり言っているくせに。音楽にだけは照れ隠しできない。

自分のアルバム「34」完成にあたって、友人8名からコメントもらった。中月ヘロンを除く7名は去年のアルバム「Broken Flowers」にコメントをもらったのと同じメンバーだ。まるで一年単位で交換日記を受け渡すみたいに、来年も再来年もコメントをもらえたらいいなと妄想している。人数は増えたり減ったりするかもしれないが。
おそらくこういったコメントはインフルエンサーと呼ばれるような、影響力・発言力のある人間に依頼することが多いのだと思う。ときには宣伝費として対価を支払って。でも、いまの俺にとしてはもっと身近な、原始的なつながりの力を借りたい。おおげさに言えばそれは資本主義への抵抗かもしれないし、素朴に言えば友達を大切にしたいということ。

いまの時点で4人のコメントをTwitter上で発表している。残りの4人も12月中に発表する予定なのでぜひ楽しみにしてほしい。でも、それらのコメントは、俺が受け取った時点でほとんどの役割を終えているのだと思う。発表するのは俺がコメントを依頼するための便宜にすぎない。
自分が作ったものに誰かがリアクションしてくれる。そのリアクションが俺には必要なのだ。友人はみんな、「良かった」って言ってくれると思うから、たった一言でも、3,000字でも、なんだって嬉しい。いくら自分の喜びのためだって言ったって、誰も聴いてくれなかったら寂しい。俺には少なくとも8人、最初に聴いてくれる友人がいる。そしてこの文章を読んでくれているあなたを入れて9人。

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